其の70 アラクスルの立場
「アラクスル様。こちらが今回の報告書、及びそれに伴う指令書になります」
「ご苦労。下がって良い」
「ハッ」
ラミ王国内に於ける我が国、ルトア王国の協力者である彼から受け取った紙は二通。一つは現在ラミ王国内、正確にはこの学園内で目立った動きについて書かれている報告書になり、もう一通はその上がってきた報告を踏まえ精査した上での我が国からの指令書となる。
「どれ……」
初めに報告書から確認する。
内容は相変わらず既知のモノばかりだ。
その内容の殆どが、どこの家と家が婚姻関係を結ぶだとか、教や内政の派閥についてなどが書かれてあり、いつも通りのつまらない内容に辟易しながら眺めていたのだったが、その中の一つの記述に目が止まった。
……魔工学か……。
我がルトア王国とラミ王国は現在同盟関係にあるが、実質我が国が属国のようなものだ。
皇子であるわたしが留学生という名の人質として送られていることからもそれがよくわかる。
それもこれも我が国は魔法が使えない者が多く、術具製作にも遅れを取っている。ラミ王国の魔工学によって社会的基盤を掴まれているが故だ。近隣諸国で最強といわれる軍事国家でありながら情けない。
明かりに上下水道、通信基盤……術具の恩恵は計り知れない。民の生活に根付いている物は全てラミ王国頼り。これについては近い将来是正せねばならぬ長年我が国が抱える大きな問題だとわたしは思っている。
常々父である国王に進言しているのだったが、その都度周りの家臣達から「まだお若いですから御理解できないのかと存じますが、実際のところ、我が国が彼方の国を守ってあげているのですよ。その見返りとして当然のこと。術具なんてものは彼方の国に任せておけば良いのです。そんなことよりも特訓を……」その都度あしらわれ相手にされないでいた。
……嫌なことを思い出してしまったな……。
苦笑いしながら続きを読むと、それは驚きと共にわたしを笑顔にさせた。
「なにぃ? 魔法を介さずに、魔力のみで使用出来る無線で行う通信術具だと?」
思わず驚き声が出てしまった。魔工学の講義にて研究申請が出ているらしい。
しかしそんなことは風魔法でこと足りる連絡手段であるから、魔法を行使出来る者が多いラミ王国にとっては必要がない研究に思える。しかしこれは我が国にとってとても興味深く重要だ。
……これさえあれば……。
戦略の幅が多いに広がる。
戦場に於いて情報は身体を巡る血の様なものだ。滞ってしまったり、誤ったものが広がると壊滅の危機も招く。
現在、数少ない風魔法を使える者を師団・連団毎に数人ずつ置いてはいるが、指令は基本的に上意下達。実際現場にいる末端からの情報が得難いのが問題だ。しかしこれが可能となれば、状況に即して柔軟な対応が取れる軍隊になれる。これは我が国の国力の底上げとなるだろう。その有用性は計り知れない。
そうとなれば指令書は当然この術具について書かれているのだろう。
急いで中を見ると予想通りであった。その術具を完成させ、我が国に必ずもたらす様書いてある。更にわたし自身もその講義に参加し、製作者の一員に加われ、その為の予算も計上してある。とも。
……まぁ、当然だろうな。
是が非でもこの術具を奪取したいらしい。最悪わたし自身で同じ物を製作出来る様になれとのことだろう。ここまでは予想通りだった。しかし読み進めていく内に少し驚かされた。
「その製作者を我が国に引き込めだと?」
何も攫う必要はない。穏便に我が国に引き入れろとの旨が書いてある。
確かに術具製作には、この国にだいぶ遅れを取っているのが現状だ。この機会に研究者を増やし、自国ながらの術具の発展を目指そうというのだろうか。
……石頭共め……今更その有用性に気がついたか……。
わたしは兼ねてから術具の有用性を説いて来たが、その都度同じ様に周りからあしらわれていた。ここに来て自国にとって重要な術具が生まれるかも知れないことを目の当たりにして、考えを改めたのであろう。
そのことについてはやぶさかではない。むしろわたしもそれを率先して行いたい。
「どら……製作者はどの様な者だ……」
確か報告書にはその者の記載もあった筈だ。すぐに確認してみると二名の名があった。何も三学年の女子生徒である。共に同じ寮で同じ部屋に住む者達であった。
「男爵家の子女か……」
これならば高待遇をチラつかせれば簡単に靡いてくれそうだとほくそ笑む。
その内一人は知らない名だった。
「ミリセント・リモ? ……誰だ?」
報告書に記載されている情報では、魔力量は多いが魔法が使えない小柄な女生徒で、他は特筆すべきことはないとあった。
「フン……」
鼻を鳴らしてすぐに次の者に移る。
「ん? こちらの名前は聞いたことがあるな……」
アリシア・カーティス嬢。
彼女の名前は時折周りの者達の口から上がっていた。何せ二学年で既に魔術の講義を含む二つの優秀者に選ばれていたのだから当然だ。しかし滅多にその姿を講義に見せないことでも有名であった。
……こんな所に顔を出していたのか……。
わたしも魔術・剣術の講義を共に履修しているが、同じく履修しているはずの彼女の姿を見たことがない。
以前、剣術の優秀者であったレイチェル嬢に彼女のことについて聞いてみた所、「魔法を含めた実践では、わたしは彼女にとても敵わない」とまでいわしめていた人物だ。確かあの者も同じ寮であった筈だ。ならば知人であろうから、謙遜しての言葉ではなく事実に近いのであろう。
そして中々の美人であると他学年の間でも有名であった。それどころか噂によると学園内の食事の向上にも一役買っているのだとか聞く。
……そうか……彼女か……。
才色兼備を絵に描いた様な女性。これは是非とも我が国に欲しい人材だ。
俄然やる気が出て来て報告書を更に読み進める。
「なんだ? グレイまでいるのか?」
特に魔工学に対して興味があるとは思えない彼の名を見つけて驚かされた。
彼とは同じ王族同士同学年として面識がある。末席とはいえ王族の者までもが魔工学を履修しているとなれば、この国に於ける魔工学の重要性を伺わさせられる。
「これは負けてられないな」
恐らく彼もアリシア嬢狙いなのであろう。彼女程の才能をこの国が放って置くはずもない。王命なのであろうか。
「よし!」
やることは決まった。まずは一度彼女の元へ行く。そして見極めてやろう。
そう決心すると二通の紙を暖炉の火に焚べて燃やした。
……一先ずその御尊顔とやらを拝ませてもらおうか……。
───あの報告書を書いたのは誰だー!
情報に間違いはない。問題は情報が抜けていることだ。
何が「特筆することが無い」だ。彼女、ミリセント・リモ嬢こそ重要人物ではないか!
確かにアリシア嬢は我が国にとって必要な人物であるのは間違いではないのだが、その彼女を従えている者こそミリセント・リモ嬢に他ならない。問題はアリシア嬢を囲い込むと彼女も一緒に着いて来そうなことだ。あの者を従えるのはわたしではとても無理だ。なんとか引き離せないものか……。
更にアリシア嬢は愚か、彼女の住む寮の者達までもみなが彼女の配下にあるといっても差し支えがない。
剣術の優秀者であったレイチェル嬢でさえもそうだ。彼女がわたしのことを斬れと命じれば、レイチェル嬢は笑顔を浮かべたまま躊躇なく即座に首を刎ねることであろう。
……考えるだけでも恐ろしい……あれは駄目だ。逆らうどころか関与してはならぬ危険人物。しかし本当にただの男爵令嬢なのか? 王族の落とし子だったりしないのか? ……更なる情報取集を求む。
しかし敢えて不利益を被らせたり逆らわなければ何かをしてくる訳ではない。道理をわきまえているし、決して暴君ではなかった。彼女が王位に近い者でなかったことは、わたし、いや我が国にとって幸いであったと思う。
しかし研究自体は順調に進んだ。
途中で打ち切られそうになった時は焦ったが、なんとか目的の性能まで引き上げられそうだ。良かった……。
……え? 更なる追加の予算ですか? はい! 喜んで!




