其の68 帰寮
本来の街道筋に出れば平和そのものでした。
野党どころか魔獣も出ず、アリシアはつまらなさそうにしていましたが贅沢な悩みです。
「そろそろ頭を切り替えませんと。ウチの実家ではなくて王都に戻るのですよ? 殺伐とした考えはお捨て下さい」
「ソーはいっても、アレこそアタシが求めていたモノなんだけどネー」
目を輝かせながらいうアリシアに対し、冷ややかな視線を送ります。
「学園でのわたし達の立場は、生徒でありながら教師でもあるのですよ。寮内では普段通りで構いませんが、学園に戻りましたら恥ずかしい態度だけはお辞め下さい」
「う、うん。わかった」
程なくして王都に入り、そのままの足で寮へと戻りました。
御者と別れて門を潜り寮に戻るや否や、自室に荷物を置く間もなくみんなに捕まってしまいました。
「やっ帰ってきたー!
「ミリー、首を長くして待ってたよー!」
「遅いから心配してたわ!」
……みなさん。そんなにわたし達のことを心配してくれていたのですか……。
少しうるっときたのですが直ぐにも涙が引っ込みました。
『早速だけど、魔力の供給をよろしく!』
……どうせそんなことだろうと思いましたよ……。
寮監室、調理場、各部屋へと順に寄っては魔力を込めていきます。
……これでは出掛けていた方が楽だったのではないでしょうか……。
そうはいってもこの屈託のない、気やすい付き合いは嫌いではありません。文句をいいながらも自然と顔は笑顔になってしまいます。やはりここはもう一つの我が家ですね。帰って来たという実感が湧いて来ました。
しかしその為、戻って来た当日は自室に戻るとそのまま寝台へと倒れ込んでしまうのでした。
翌日は学園の各所に戻った旨の報告をしてから魔工学の講義室へと向かいます。
「しかし随分と静かですね?」
「もうみんな研究が終わったのかな?」
そろそろ年末も近付いています。
普段ですとこの時期はどの講座も最後の追い込みで騒がしくしているはずですが、全く人の気配がありません。
「新しく出来た講義棟の方は賑やかなんじゃない?」
魔工学の講義室が入る棟は従来の講義棟で、今は魔工学の講義しか入っていません。最上階の三階は王室案件で封鎖されていますが、それでもわたし達以外にも研究している者がいる筈なので人気のないのは不思議な感じがします。
「アタシ達が出かけてる間に、もうみんな辞めちゃったとか?」
「あながちそうでないともいい切れませんね……」
魔工学はその研究結果が出難いものになりますから、早々に見切りを付けて辞めてしまう者も珍しくありません。二年を通してずっと在籍しているわたし達の方が珍しいのです。
「まぁ、他所のことは気にせずわたし達の研究を進めましょう。卒業後にアレの研究が出来るとも限らないのですからね」
「そうだねー。よし、急いで行こう!」
何も走らなくてもと思いましたが、アリシアについてわたしも急ぎ足で講義室に向かいました。
「……最近、誰も入っていなかった様ですね……」
「ホント。ホコリっぽい」
早速講義室の魔石に魔力を込めているのですが、ドンドンと吸われていきます。
「三号機も置きっぱなしですね」
整備の為に持って来た無線機の術具である一号機をその隣に置きながら三号機を見るのですが、そこに積もっている埃からも最近人の出入りが希薄なのがわかりました。
ここ一階の端にある部屋はわたし達の講義室になりますが、この講義には三人の生徒が王都に残っている筈なのにあまり活用していなかった様子です。
「まぁいいでしょう。王室案件程ではありませんが秘密の研究です。人気がないのは幸いですよ」
「そーだね。じゃ、何から手を付ける?」
「そうですね。ではまず初めは……」
アリシアと共に今後の計画を話していると、不意にどこかで小さく何かが破裂する様な音が聞こえ、直ぐにも建物全体が震え始めました。
「な、何事です!」
「え? 地震?」
「ジシン⁉︎ なんですかそれは!」
思わずアリシアと共に抱き合い、建物が大きく揺れて窓が鳴り、棚が軋むのを見て驚いていると、突然アリシアのわたしを掴む手に力が入りました。
「ミリー! あぶなーい!」
───えっ!
最後に聞こえたのは、アリシアの叫ぶ声と天井が崩れる大きな音でした。
真っ暗です。
気が付けば目は開けているとは思うのですが何も見えません。そして身動き一つ取れません。そもそも動こうにも体中に激痛が走り、しかも息苦しく、意識を保つのが大変です。
(アンナさま! イザベラさま! 今の状況が分かりますか!)
(先程いきなり天井が落ちて来て、お主が生き埋めになっとることしかわからん)
妙に冷静で第三者的な発言にイラっとしましたが、それでも状況を知れただけでも少し落ち着けました。助かります。
(えぇっ? どうしてそんなことに。あ! アリシア! アリシアはどうしていますか?)
(……直ぐそこ、ミリーちゃんの側にいるけどね……丁度、あなたを抱えている形になっているのだけど……)
そういわれて痛む身体に神経を集中させると、わたしの背中へと回るほのかに温かく柔らかい感触があるのに気が付きました。恐らくこれがアリシアの手なのでしょう。
「アリシア! アリシア! 聞こえますか!」
周りから何かがのし掛かってくる重みと息苦しさで満足に口を開けませんし、声を発する度に頭も響きますが、それに堪えながら精一杯に叫びます。
「……あ……ミリー……良かった……」
わたしの呼び掛けに対し耳元で囁く声が聞こえました。取り敢えずアリシアの存在を確認出来たことに一瞬安堵したのですが、それ以降アリシアの言葉は聞こえて来ず、背中に回っていた腕の温もりも段々と冷たく、そして硬くなって来ました。
「アリシア! アリシア……」
動かない身体を懸命に動かそうと身を捩りながら、何度もアリシアに呼びかけるのですが一向に返事は帰って来ません。
暫くすると無理をした為か限界が来ました。
息苦しさと鈍痛により意識を保っていることが出来ずにそのまま眠る様に意識が遠のきます。




