其の67 道中
しかし嘆いてばかりもいられません。
次はわたしがと張り切るのですが、「嬢ちゃんがやるのは勘弁してくれんか……」魔力で獣を威圧すると馬が驚いてしまうと御者に止められてしまいました。
「大丈夫、大丈夫! アタシが狩るから!」
「……お願い致します……」
アリシアのお陰で道中食糧に困ることはありませんでした。まさか山芋やキノコ、木の実の採取までやってのけるとは……。
しかし順調なのは良いことと割り切り「……食糧の確保はお願い致します……」「任せて!」アリシアに一任することにしました。
……これではわたし、いらない子ではないですか……。
そんな中、わたしの出番が回って来ました。
山中を進むこと半ばの夜半過ぎ、寝ている最中に突然頭の中のアンナから起こされました。
(ほら起きろ! 誰ぞ近くに潜んでる者がおるぞ!)
慌てて目を覚ますと、確かに獣ではなく人の気配を感じました。こんな場所でこんな時間に忍び寄って来る者なんて碌な者でないのは確かですね。
「……アリシア……」
焚火の光に晒さぬ様、暗闇にならさせる為に隣に眠るアリシアの目を軽く押さえながらそっと耳元で囁いて起こします。
「どうぞこの手は退かさずにこのまま大人しく聞いていて下さい。どうも賊らしき者が現れました。これから御者さんにもお伝えに行きますが、貴女は如何なさいますか?」
思った通り彼女はやる気でした。自分がやるのだと指を刺しながら頷いています。
「……わかりました。では、わたしが輩共をあぶり出しますので、その後に対処をお願い致します」
そのまま夜露除けの天蓋を出ると、御者の眠る所にまで忍び寄り、今度は騒がぬ様、彼の口を押えながら起こします。
「お静かに。不審者が現れました。こちらで対処致しますが、その際、貴方には馬が暴れぬ様対応をお願い致します」
彼も慣れているのか、深夜にいきなり叩き起こされたにも関わらず素直に頷きました。
御者が馬の所へと移動するのを確認した後、焚火の前に躍り出て周りを威圧しながら一括します。
「こんな夜更けになんですか! 大人しく姿を現しなさい!」
わたしが叫ぶのと同時に、矢を弾く弦音と共にアリシアが駆け寄る音が聞こえ、鈍い音がすると目の前に斬り落とされた矢が刺さりました。
……おっと! 問答無用ですね……。
「アリシア! 相手は野党です! 手加減無用! 面倒ごとを避ける為にも殺すのはなるべく控えて下さい! 深追もです!」
「オッケー!」
わたしの言葉が終わらない内に、彼女は暗闇の中へと滑り込んで行きました。
なるべく殺さぬ様付け加えたのは後の死体処理が面倒なのと、後々狙われない為です。ここでわたし達には叶わないと知ったならば、再度襲って来る様な愚行はしないでしょう。
月が出ているとはいえ山中です。
下手にわたしも参戦するよりもアリシア一人に任せた方が効率的でしょう。厄介そうな魔獣も従えていた様でしたが、先程わたしの威圧で情けない声を上げながら怯えて逃げ出していました。
予想通り、直ぐにも人気はなくなりアリシアが戻って来ます。
「怪我を負わすだけして逃したけど、ホントにアレでいーの?」
「構いません。どうせ奴等は山賊あたりの物取りでしょう。痛い目をみましたから再度襲ってくることはないかと。それよりあちらが問題です……」
わたしの威圧に巻き込まれた馬を抑えるのに御者が苦労していました。
……これでは明日から大人しくわたし達を引いてくれるのか心配です……。
しかし、わたしの予想通りにはなりませんでした。
翌日も馬は大人しくわたし達を引いてくれたので問題はなかったのですが、白昼堂々にわたし達の前へ不審な者が立ち塞がりました。
「……ふむ。お怪我をなさっている方もいらっしゃる所をお見受けするに、もしや貴方方は昨晩わたし達を襲った方々に相違ございませんか?」
昨晩襲って来た者よりも明らかに数が増えており、総勢二〜三十名程の者に囲まれました。どうやって従えているのかはわかりませんが、オオカミの様な魔獣まで側にいます。
一応、丁寧に尋ねたのは山賊にしては珍しく身なりの良い者が混じっていたからでもあります。最近は山賊家業も儲かるのでしょうか。困ったものですね。ここは我が家の領地と隣接している場所ではありませんが、これは早急に父へこのことを手紙に書いて送らなければいけませんね。
そんなわたしの問いに対し、彼等は無言で矢の雨を降らせてきました。
「アリシア!」
「もうやってるー!」
既に準備を終えていたアリシアの風魔法で矢を回避しましたが、彼等はそれに驚くことなく槍や剣を構えると無言で向かって来ました。
「ふぅ……。面倒ですから一掃して下さい。全力でどうぞ。倒れたら対処しますからお好きに」
「ホント? ヨーシッ!」
彼等にも事情がありますからと憂を残すべきではありませんでした。わたしが甘かったです。
しかし己の技量も分からず再度挑んで来るのであれば容赦はしません。可哀想ですがこれは自然の摂理。
後はアリシアに大規模な魔法を展開してもらい殲滅させましょう。魔力切れで倒れてもちゃんと回収してあげますから思う存分やって下さい。
そう伝えたつもりだったのですが……。
「アタシの刀の鯖にしてくれるー!」
……え⁉︎
思わず目を見開いて驚いてしまいました。
何を思ったのか、アリシアは徐に剣を抜くと、風魔法を纏っているのか物凄い速度で彼等に向かって行ってしまいました。
───お、お待ち下さい! 何をしているのですか! ここは腕試しの場ではないですよー!
慌ててわたしも鞭を手に取り後に続きます。
「ア〜リ〜シ〜ア〜!」
「……だって……いいっていったじゃん……」
「状況をしっかりと判断なさい! どの様な攻撃をして来るのかわからない相手に闇雲に突貫するとは何事ですか! あの場合は素早く全体に攻撃して、残った者を慎重に叩くのです!」
アリシアの暴走がありましたが、なんとか無事全て殲滅し、後顧の憂がない様全ての者の息の根も止め、アリシアに残りの魔力を搾り出させて土魔法で地中深く埋めました。これで獣対策も万全です。安全が確保されたのを確認出来ましたのでその場を後にし、後は馬車に揺られながらゆっくり説教の時間です。
「あの場にいたのはわたし達だけではないのですよ? 御者さんや馬もいるのですから。彼等がやられでもしたらどうします。この先は歩いて進むおつもりですか? ちゃんと考えて下さい! 興味がある方へと暴走するのは貴女の悪い癖です! 周りをよく見て確認し、的確な判断をしなければなりません! いつまで経っても貴女は……」
「でもほら、アレだけ動いても魔力切れを起こさなかったでしょ? ちゃんと無駄な魔力を使わなかったし、魔力量も増えてる。スゴイ! 修行の成果!」
「お黙りなさい! ちゃんと考えてから行動する様、常々いっているではないですか!」
御者は只ひたすら馬を走らせている為、周りにはわたしを止める者がおらず、数日に渡って説教は続きました。
「ほら! 安易に切り結んではいけません! 効率的に魔法を使いなさい! 周囲の確認!」
「ゴメ〜ン!」
まだ道中には残党らしき者が残っており追撃を受けましたが、その都度アリシアを叱りながら退治させていった為、次の宿場町に着くまでにはここいらの野党は全滅してしまったかも知れません。
……やっばり、平和が何よりですね……。




