其の65 ミリセントの闘い
睨み付けてくる輩共をどうやって懲らしめるべきかと考えていましたら、脇からアリシアが出てこようとしましたのでそれを手で制します。
「アリシアが出るまでもありませんよ」
「そう? 大丈夫?」
「わたしの心配なんかよりも、腰を抜かしているご亭主を起こして差し上げて下さいませ」
「危なくなったらすぐにいってね!」
座り込んでいる酒屋の店主をアリシアが急いで起こすと、そのまま肩を貸してわたしから離れて行こうとしたのですが、一旦止まってもらい質問します。
「そういえばご亭主。この暴れている者達はどの様な方なのですか?」
聞けば、最近来る様になった隣国の商隊の者らしく、酒癖が悪くて困り者達なのだそうです。
……そうですか。今後もお付き合いのある方々なのですね……。
でしたら少しやり方を考えなければいけません。威圧して気絶させるだけでは駄目ですね。二度とここらで悪さをさせない様、その心と身体に刻み込ませてあげましょう。
「アリシア。学園では必要がありませんでしたから、貴女方にはお見せたことが御座いませんでしたね。丁度良い機会です。わたしの得物をお見せ致しましょう」
徐に服の下に手を入れると、腰からぶら下げている一本鞭を取り出し、それを解くと今にも掴みかかりそうな輩共に向けて振るい「パシッ」と一つ鳴らしてから一括します。
「領内に於いて無法な行為はわたしが許しません! 僭越ながら領主に代わり教育して差し上げましょう!」
輩共が驚いて一瞬躊躇する中、周りからヤジが飛んできました。
「出たー! 嬢ちゃんのムチー!」
「女王さまのムチだー!」
「あ〜あ、アイツらもかわいそーに……」
「オーイ! オマエら、謝るなら今のうちだぞー!」
……全く……この酔っぱらい共は面白がって……。
眼鏡に手をやりながら周りを見渡し、騒いでいる者を大人しくさせると、そのまま輩共に向き直します。
「大人しくなさいますか? それともいい歳して、痛い目を見なければわかりませんか?」
そんなつもりはなかったのですがそれを挑発行為と見做されてしまい、「オマエが痛い目みろやー!」血の気の多い一人が突然殴りかかってきました。
……やれやれ……仕方がありませんね。
軽く鞭を一振り。
振りかぶって来た者に先端が少し触れた途端。
「ギャアー‼︎」
雄叫びを上げて痙攣しながらのたうち周り出しました。
「えっ! えー⁉︎ ミリー……ナニそのムチ……。ふつーじゃないでしょ!」
アリシアが輩共と一緒に驚いていますがもちろんその通り。これもある種の術具になります。
魔物の皮を使って編み上げ、握る所には術式を刻んだ魔石が仕込んであります。魔力を込めれば刃も通さぬ硬度となり、また触れた者の魔力に干渉して、その内側から激痛を流す仕様になっています。
稀に獣や魔獣の中にも、わたしと対峙していて恐怖の余り自暴自棄になって向かってくるものもいますのでその対策です。
ですから余程のことがなければ危なくて人になんて向けません。
今わたしの鞭を食らって倒れた者は、痛みに耐えかね失禁までしています。
「オ、オメエ! ナニしやがった!」
「だからいったではありませんか。教育です」
「ナニぬかしてやがる! このチビがー!」
「やっちまえ‼︎」
「ふぅ……聞き分けのない者どもですね」
輩共はわたしを警戒してか、少し離れると、睨み付けながら手に刃物を持つ者、魔法が使えるのか、得意顔で呪文を唱え出す者が現れます。
「何の魔法か存じませんが、そんなもの、わたしには通用しませんよ」
それが例えどんなに強い魔法であってもわたしには関係ありません。
鞭に魔力を込め一振り。
当人に当てずとも構いません。その場で「パシッ」と一つ打てば、辺りにはわたしの魔力が広がります。
「アァッ! ナニしやがったー!」
わたしの魔力を浴びたものですから、折角寄ってきた精霊も恐れをなして一目散に逃げ出します。
輩共は荒事に慣れているのか、魔法が不発に終わったと知ると、みな手に刃物や得物を持ち躊躇なく襲い掛かってきました。
しかし所詮は人です。獣や魔物に比べてしまうとわたしには遅く感じます。
鞭に少しでも触れさえすれば魔力は伝わります。その場を動くことなく何度か軽く振るうと、すぐにもその場に立っていられた輩共は一人もいなくなりました。
その様子を得意げになって見回すのでしたが、直ぐにも後悔の念に駆られました。
……しまった! これは外でやるべきでしたね……。
倒れ嘔吐する者、失禁脱糞汚物を垂れ流す者などが床の上を這いずり回り、辺りは見るも無残な鼻を摘まなければならない惨状と化してしまいました。
後片付けまでやり終えて、初めて仕事は完了です。
「……アリシア。申し訳御座いませんが、水魔法で彼らごと床を洗い流してくれませんか?」
「う、うん!」
わたしの失態の尻拭いをお願いします。。
店主に謝ると動ける者は一旦店内の外に避難させ、わたしが倒した者以外も一緒に外へ流し出しました。
「いつまでも寝てるのですか! 起きなさい!」
外に出ると倒れている者達を叩き起こし、店内に戻して片付けに清掃をさせるのですが、上手く身体を動かせずにいて、未だ起き上がれない者達もいました。先程わたしに襲い掛かって来た輩共です。
「ふぅ……。あれしきのことで情けない。まぁ良いでしょう。貴方方にはお話しがあります。そこに座りなさい。違います。正座です!」
よたよたとしながらもわたしのいい付けを聞き、みんな大人しく座るのかと思いましたが一人だけ、「なんだと⁉︎ このガキャ……」不遜な態度で睨み付けて来る者がいました。
……よく覚えていませんが、先程一番初めにのした方でしょうか?
突然のことで、わたしにやられたことがわからなかった様子です。
仕方がありませんねと、再び鞭を構え睨みつけました。
「どうやら貴方には教育が足りなかった様ですね」
しかし今度はいきなり魔力を込めて打ち込むことはしません。そのまま首の周りに鞭を巻き付け軽く魔力を流します。
「ナ、ナニしやがる!」
慌てて首にまとわりつく鞭を手で取ろうとしていますが、当然ビクともしません。
「教育です。わたしに逆らったらどうなるか、今一度身を持って知りなさい。周りの者もよく見ておく様に」
周りを見渡しながら笑顔でそういうと、そのまま徐々に魔力を流し込みます。
「えッ? ナッ⁉︎ ギ、ギャアー‼︎」
意識を失わさせない様、段階的に身体の内側から激痛を走らせます。白眼を剥きそうになると緩め、再度また込める。その繰り返しです。
暫くの間、悲痛な叫び声が続きました。
「じょ、嬢ちゃん! もう勘弁してやってくれ!」
「これは貴方方みなさんの教育になりますが、この方本人の教育でもあります。反省の色が見えない内は止めません。ほらこの方、何も仰らないではないですか?」
輩共の首領の様な者に懇願されましたが手は緩めません。
しかし存外この者は粘ります。その見かけに反して根性が据わっているのかと少し感心しましたが違いました。
「こいつぁ、首がしまってて声が出せないんだよぉ……」
……あら、これは失礼致しました……。
拘束を解くと、そのまま泡を吹いて倒れてしまいました。
「……アリシア。申し訳ないのですけれども……」
「オッケー!」
魔法で水を浴びさせて目を覚まさせます。
「どうですか? 身を持って知りましたか?」
怯えた目付きで何度も頷いています。
「宜しい。では貴方も彼等と一緒に並んで座りなさい。お話しがあります」
ようやく素直に従ってくれました。
「皆さん。なにもお酒を飲むなとはいいません。それに多少羽目を外すのも目を瞑りましょう。ただ、我が領内に於いて周りに迷惑を掛ける様な蛮行は許されません。あれをご覧なさい」
半壊してしまった酒場を指差します。半壊までとどめを刺したのはアリシアの魔法によるものですが、その責任は彼等にあるでしょう。そうわたしが決めました。
「この落とし前、どう付けるおつもりですか? ……ん? 聞こえませんね……。お返事!」
『はい!』
そのまま、夜番が終わってこの件を聞き付けて急いでやって来た父が来るまで説教は続きました。
「ミリセントが対応すると聞いて心配していたが、どうやら無事な様だな……」
父は輩共を見てホッとしています。
……可愛い娘の心配はないのですか?
わたし的にはまだいい足りなかったのですが、これ以上は必要ないと父に言われてしまい、後の始末は任せるとアリシアと共に家路につきました。
「それにしても、あんなえげつな……いや、スゴイ技ってどこで習ったの? お母さまとか?」
「いえ、自己流です」
本当はアンナから教わったのですが、わたしの中に居るのですからあながち嘘ではありません。そして術式を組み込んだのも彼女の案です。
「そもそも非力なわたしに剣やら弓は使えません。似合いもしませんしね。それに初代女王も鞭を使っていたとされていますので、淑女の嗜みとしては珍しいことではありませんよ?」
最も、彼女が使っていた物は、わたしの鞭なんか可愛いもので、棘が付いていたりと非常に殺傷能力の高い物だったそうですが。
「そうなの? なら、わたしも習ったほうがいいのかな?」
「貴女はあれだけ剣やら他の得物が使えるのですから必要ないと思いますよ」
「そうかー。でもちょっと興味あるなー。さわらしてもらっていい?」
「構いませんが……」
腰から外してアリシアに渡しながら注意事項を伝えます。
「握りの部分に魔石が入っていますから、そこに魔力を込めることで全体を硬くしたり魔力を放出したり出来るのですが……」
「へー。アレって、そーやってたんだー」
「あっ! お辞めなさい!」
「えっ⁉︎ ……ア……」
わたし専用の術具です。当然その魔力消費量も大きな物で、それに安易に魔力を込めたアリシアはそのまま魔力切れで膝をついてしまいました。
「お話しは最後まで聞きませんと……」
「ゴメン……」
その後、倒れたアリシアを担いで家まで戻るのが大変でした。
 




