其の62 後始末からの帰宅
その後、穴は掘れませんでしたが穴を埋めました。
もちろんわたしは魔法を使えませんし、道具もありませんでしたから見ているだけでしたが。
「ミリセント、続きは家に帰ってからだ」
後発隊の兄達が姿を現したことで、一旦説教は終わりましたが、やって来た者達が羽交締めにされているわたしを見ても「また暴走したのか……」と呆れて見ているだけで、わたしの安否を尋ねる言葉は聞こえて来ませんでした。
……みんな冷たいですね……。
人手が増えたことで作業も手際良く進みます。
段々と陽も暮れて来ましたので、早く解体済みの熊もどきの処理をしなければいけません。このまま放置しておくと他の獣が死骸を荒らし、新たな魔獣を生み出してしまう恐れもありますからね。
「丁度、崖が崩れている場所があるから、そこの補修も兼ねて埋めてしまおう」
燃やすにしても山の中ですので類焼が危険なのと、数が多く炭にするまで時間が掛かり過ぎる為です。
父の指示の下、数人掛りで死骸をその場所に放り込むと、アリシアが作り出して崖下に落としたままにしていた大岩を砕いてから拾い上げ、その上に土にして被せます。仕上げに兄達が持って来た石灰岩を水魔法も使って混ぜて合わせて強度を高めました。
「ふぅ……これで良いかな?」
「しかし、父から連絡をもらってはいたが、まさかこんな所が崩れるとは……」
「あんな大岩、よくもまぁ魔法で作り出せたものだ……」
兄達の言葉を聞いて、横でアリシアが誇らしげにしていますが、別に貴女のことを誉めてはいないと思いますよ? あれは呆れているだけです。
ともあれこれで後始末も終わりました。後は戻るだけです。
父に、弟妹達を連れて先に戻る旨を伝えようと近づいたところ、他の者達と、戻ったら今回の騒動について緊急に会議をするといった会話を聞き、これで少なくとも今晩は説教を回避出来そうだと安堵していましたら、近くに居た兄のバリーとベローに代わる代わる頭を軽く叩かれました。
「ミリー、戻ったら母さんに報告だぞ」
「夕飯までに戻れるよう、戻ったらすぐ会いに行った方がいいな」
……まだ残ってましたか……
予想通り、母にこってりと絞られました。
「あなたがついていながらなんですか!」
擁護してくれるつもりで、心配して一緒に着いて来てくれたアリシアでしたが、続く言葉と目の前に突き出された物を見て予想外だったらしくとても驚いていました。
「血は落ちにくいんだから、注意しなさいといつもいってるでしょうに!」
「えぇ? そんなこと?」
思わずこぼれた言葉に母からジロリと睨まれ、アリシアは下を向いてしまいます。
……余計なことは言わない方が良いですよ。
ある意味、わたしが知っている者の中で一番怖い人なのです。しかしわたしは勇気を持って反論しました。
「お言葉ですがお母さま。あの子達が闘いへ赴く前に注意はしたのですが……その……魔石の回収中にやらかしてしまいまして……」
魔石を回収し終えた後、それを面白がって頭上に掲げていた旨を伝えると、ため息を吐いた後で「その件については、あの子達に後でしっかりと注意しておきます」と。
これで矛先が変わり、説教が終わると思い安堵したのですが、まだ終わっていませんでした。
「そもそも絶対に服を汚すな破くなとはいいません。そんな物よりも命の方が大切ですからね。しかし、今回仕事を増やしたのもありますが、そもそもあなたがあの子達の魔力管理を怠ったのが問題です。これはあの場で年長者であったあなたの責任ですよ。それはわかっていますよね?」
「……はい。申し訳御座いません……」
「え? そうなの?」
アリシアはわかっていませんでした。
母がまた嘆息しながらも丁寧に説明します。
「アリシアさん。集団戦闘時に於いて、部下の管理は責任者の仕事です。最近では平和になりましたから学園でもあまり教わらないことかも知れませんけどもね。ミリセント。あの子達、今日は魔力が底をつきそうだったと聞きましたよ。有事の際は何が起こるかわかりません。常に余力を残しておく様、いつも口を酸っぱくしていってますよね?」
「はい……」
「それと、衣服に付いた血はすぐに水で洗い流せばよく落ちます。その際、お湯だとダメですよ。血が固まってしまいますからね。水と風の魔法を組み合わせてその場ですぐに洗浄するのです。アリシアさん、知らないようでしたら覚えておいて損はありませんよ。それに……」
暫くの間、戦場での心構えや洗濯のことについての講釈を代わる代わる聞く羽目になってしまい、その間わたしは「……はい。仰る通りです……」としかいえないでいました。
あの時は魔石の回収を終えて、みんな魔力をほとんど使い切っていました。もちろん服を洗浄する余裕なんてありません。
父達がすぐに来てくれたことで、何かあった際の備えが出来たともいえますが、父はあの子達の様子を見ても何もしませんでした。有事に備えて無駄な魔力を消費することはせず、敢えてそのまま放置していたのでしょう。
……もっとも、父は母ほど服のことなど気にしませんが。
しかし今更ですが、もしも父達の到着が遅くなり、その間に何かあったとしたらと考えるとゾッとします。あの場所であれば、例え獣が襲ってこようともわたし一人で全て対処出来ると慢心していました。山の中は安全な街中ではありません。獣だけが脅威ではないのです。いつ何が起きても良い様に、常に警戒しておかなければいけませんでした。
あの時の最適解は、熊もどきの駆除が済んだ後、あの子達には周りを警戒させつつ待機、例え大変でも魔石の回収は魔法の使えないわたし一人でやればよかったのです。
今回、幼い者達を引き連れていながら管理を怠った、監督責任のあるわたしの失態でした。
「反省しましたか?」
「……はい」
「宜しい。では罰として、この服はあなたが洗いなさい」
「畏まりました……」
目の前に積まれた弟妹達の山の様な衣服を見てうんざりするのと同時に、自信の不甲斐なさに苛まれました。




