其の60 後始末
今後のアリシアの教育について考えを巡らせていましたが、弟妹達が驚いて一斉に彼女へ視線を移したことで、ここは学園ではないことと、まだやるべきことが残っていたことを思い出しました。
……そうでした! まだ全てが終わったわけではありません。お父さまへの報告もまだでしたね。
周りを見渡しながら叫びます。
「お前達! いつまでのんびりと座っているのですか! サッサと立ちなさい!」
整列をさせて、まだ魔力量に余裕のある者を申告させた所、ミスティが手を上げましたのでその他の者には解体作業を任せます。
「あの熊もどき、恐らく魔獣でしょうから食用には向きません。念の為毛皮もやめておきましょう。アリシアが崖に落としたあの一頭だけ、後でお父さまに確認させるのでそのままにしておきます。他のものは魔石だけ取り出して下さい。後程この場で処分します。ミスティはこちらへ。他の者は速やかに作業へ掛かりなさい。解散!」
痺れた足でヨタヨタと弟妹達に着いて行くアリシアを含み、みんなが急いで移動する中、残ったミスティに指示を出します。
「お父さまは今、麓にいるはずですからそう魔力は使わないと思いますが、少々伝えることが多くあります。大変でしたら分割して送っても構いません。キチンと漏らさず伝えて下さいね」
「はい!」
ミスティが父に連絡している間にわたしも解体現場に向かいます。するとアリシアが一頭の前で頭を抱えていました。
「どうされたのですか?」
「あの子たちに、この一頭を任されたんだけどね……。コレ、ナイフが入っていかないの……」
お腹の辺りに何度も刃を突き立てていますが、跳ね返されています。
「あぁ、恐らくコレは魔獣ですからね、普通にやっては切れませんよ。あの子達の様にやって下さい。貴女も多少は魔力が回復しましたよね?」
弟妹達の作業している現場に視線を移し、指で指し示します。みんな刃先を青白く光らせた刃物を持ち、順調に解体作業をこなしていました。
「え? アレってナニ?」
「火の魔法でも構わないのですが、火事の心配がありますから水の魔法を使っていますね。大量に魔力を使う必要はありません。刃に水魔法を纏わせ、高速に循環させるのです」
「ウォーターカッターみたいなものかな?」
「それが何かは知りませんが、魔獣は死んでも暫くは魔石がある限り魔力が残っていますから、こちらも魔力を介在させませんと普通の刃物では歯が立ちません」
「なるほど……こうかな? ───アッ、切れた!」
「コツを掴めば簡単でしょ? 貴女はそのままそちらから切り進んで下さい。わたしはこちら側から切りますから」
わたしが自分の刃物を取り出し、捌き始めるとアリシアの手が止まり驚きの声を上げました。
「え? ミリー、魔法使えたの?」
「貴女は何年わたしと一緒にいるのですか? もちろん使えませんよ」
今更です。使いたくとも使えないのは変わりません。
「コレはただ刃に魔力を込めて切っているだけですよ。魔石とは違って普通の刃物ですからね、ただ放出しているだけです」
「はぁ……コレはミリーにしかできない技だ……」
「こんなこと、やろうと思えば誰でも出来ますよ。魔力の無駄使いですからやらないだけです。ほら、ぼやぼやしていますとあの子達に負けますよ?」
周りを見れば、既に解体を終えて嬉しそうに、取り出した大きな魔石を頭の上に掲げている者の姿が見えます。
……あぁ……汚すなといいましたのに……。
全ての魔石を採取して一休みしていると、父達一向が現れました。
「あら、お父さま。随分と早かったのですね?」
「お疲れ、ミリセント。念の為、麓に人は置いて来たが、我々は先に山に入っていたんだ。先程ミスティからの連絡を受けて急いでやって来た。それで、例の魔獣はアレで全てかい?」
「はい。周りを確認をさせた所、近くに同個体はいない模様です」
解体済みのものと、形が残っているもは一箇所にまとめてあり、そこへアリシアと共に父を案内をして指示を仰ぎました。
「確認の為、一頭はそのまま残してありますが、いかが致しましょう?」
「そうだな。コレはこのまま下まで持って行こうか」
「え? コレもここで解体しなくていいの?」
アリシアが驚いていると、父が笑いました。
「ここらでは見ない魔獣だからね。持ち帰って色々と検証してみないと。こんなのが他にもいたら領民達が安心できないからね」
「そうなんですか……。でも、どうやって下まで持ってくのですか?」
「ミリセントがここに居たからね、予め一頭は残しておくだろうと思って既に準備はしてある」
流石に複数人で風魔法で運ぶにしても下山するまでに魔力が持ちません。こういった場合、やはり最後に頼りになるのは人力です。
父が手を振って叫ぶと、見知った近所の屈強な男達が四人、手に長い柱を持って現れました。
「お! ミリセント嬢ちゃん! 久しぶり!」
「みなさん、ご無沙汰しております」
「やー随分と大きく……なっておらんな」
「嬢ちゃんは相変わらずだな! 妹達の方がもうデカイんじゃないか?」
「お? ドコだ? ドコだ? オレには見えんぞ?」
わたしを茶化してワッハッハーと笑い合っています。
……こんなやり取りも久しぶりですね。
もちろんそのまま黙っているわたしではありません。
「……喧嘩を売ってらっしゃるのなら買わせて頂きますよ?」
眼鏡に手をやりながらニコリと笑い、睨み付けます。
「めっ、めそうもない!」
「じょ、じょうだんですって……」
「申し訳ございません!」
「だからオレはやめようといったんだー!」
……まぁ、今は許してあげましょう。これから頑張って頂くのですからね。
「では、軽口を叩いていないでサッサと仕事にかかって下さい」
『ヘイ!』
彼らはあっという間に木材を重ねると、そこに熊もどきを乗せて神輿の様に担ぎ、「で、ではお先に!」サッサと山を下りていきました。
「みんなスゴイけど、アレって大丈夫なの? 下までもつ?」
アリシアが彼等のことを心配していますが問題はないでしょう。
「大丈夫ではないですか? どうせお父さまが予備の担ぎ手を呼んでいるはずです」
父に振り向くと頷いていました。現在後発隊が上がって来ている最中とのことです。
「ハー……。ナニからナニまで準備万端なんだね……慣れてるんだー」
「まぁ、田舎ですからね。よくあることですよ」
「そうなのですか?」
わたしではなく父に向かって質問していますが、わたしのいうことを信用していないのでしょうかね?
「そうだね、さすがにこんな魔獣はしょっちゅう出て来る訳じゃないが、厄介な獣は度々出るよ。ほら、君も先日一緒に倒したじゃないか」
あの時は山から降りて来たオオカミだったそうです。家畜が狙われていました。
「そうなんだー。ココって大変なトコなんですね。だからあんな子供までシッカリ訓練されてるんだ……」
暇を持て余して魔石を転がして遊んでいる弟妹達を見ながら、叶わないなぁ……と、ため息を吐いています。
「ん? あの子達のことかい? ……いやいや、アレは特別だ……ミリセントが、ね……」
「お父さま? わたしがどうかしましたか?」
「いやだってお前……自分が王都に行くからって、アレはやり過ぎだろ?」
「そうですか? アレではまだまだダメですね。今回の件で思い知りました。これはわたしが滞在中に再教育をしなければいけませんね」
わたしの決意を聞き、父とアリシアが共に顔を青くしています。どうされたのでしょうね?
「えぇ? アレでまだ力不足なの? あれ以上って、ミリーの指示を仰がずに自分で考えて行動しろってこと? それとも、もっと速く退治しろって?」
「いいえ、そんなことではありませんよ。それに今回あの子達だけで遭遇していたら、闘うことはせずに、すぐ麓に連絡してから大人しく下山していたことでしょう。そして父達が待ち構えている所まで誘導していたはずです。そう教育していますから。今回あの子達に駆除させたのは、わたしが王都に行っている間に訓練をさぼっていないかの確認です」
アリシアが目を見張って驚いていますが、父は呆れ返った顔をしています。先程から一体何なのでしょうかね? 気分が悪いですよ。
「再教育の必要性を感じたのは、先程のあの子達の闘い方です」
「え? 上から見てたけど、見事な連携で忍び寄って、一頭一頭確実に仕留めていたよ? あんなのアタシはもちろん、学園内でも出来る人はそうはいないよ?」
アリシアの目には素晴らしい闘い方に見えたそうですが、わたしはそうは思いません。首を振って否定します。
「敵に気付かれない様、風下から攻めるのは定石です。そこまでは良いでしょう。その後です。あの子達は山刀に魔法を施し、何度も切り付けていましたが、アレはダメです。どんな反撃を受けるかわからない状況なのですから、やるのでしたら一撃で仕留めなければいけません。それにあの場合は、まず身の安全を確保しなければいけませんから、初手から接近戦に持ち込むのは下策です。遠方から魔法を用いて仕留めるのが上策でしょう。しかし、そもそもあの子達は魔力が少ないのです。だからそれが出来ずにああいった闘い方になっただけです」
「……そんなこといっても……ミリーだって出来ないじゃん……アレで十分じゃないの……」
アリシアが弟妹達を庇って反論してきましたが、わたしが口を開くよりも先に、話しを聞いていて父が笑っていながら口を挟みました。
「ハハハ。ミリセントがいたから、あの子達も安心して近付いたんだろう。許してやりなさい」
「え?」
「そもそもこの子が、あの子達に仕留めさせたのも、自分がこの場にいたからだろうしね。いざとなったらこの程度の魔獣、この子一人でどうとでもなっただろうさ」
「えぇ? この魔獣より、ミリーの方が強いってコトですか?」
アリシアが熊もどきの死骸とわたしを見比べて目を白黒とさせています。
「そうだね。この子が本気を出せば、この程度の魔獣追い払うことは容易いし、その場で手も触れずに絶命させることも出来たはずさ」
あの子達の訓練相手にされてしまって可哀そうだが、これも仕方がないね。と父が話すのを聞き、アリシアがかつてない程目と口を大きく開けて唖然としてしまいました。
……お父さま、恥ずかしいですから、その辺りにしておいて下さいまし……。




