其の59 駆除
アリシアの風魔法で運んでもらってわたしは崖の側に降り立ち、そのまま待っていると、程なくして獣達が姿を表しました。
……ん? アレですかね? ……見たことのない獣ですね……。
この山は幼少の頃から慣れ親しんでいる場所です。大概の獣は知っているのですが、あんなモノは記憶にありません。
確かに熊の様で四本の足で移動していますが、それよりも体躯はだいぶ大きく顔付きも違います。目も嫌な感じに澱んでいますし、あれは明らかに魔獣の類でしょう。こんなモノのが麓に降りでもしたら大惨事です。尚更この場で仕留めなければいけないと決意しました。
向こうもわたしに気が付くと、一斉に駆けってきます。それに合わせてわたしは崖の方へと走りました。
わたしなんかより獣の方が足も速く、ある程度の所まで走ると追いつかれる前に、懐から昼間に採取して残っていた蛇の魔石を取り出すし魔力を込めて後方に投げ付けます。
「パン!」
癇癪玉が破裂した様な乾いた音が山に反射しました。
脅かすだけで十分。
崖の上ですので道は狭くなっています。走っている最中に先頭の一頭がそれに驚いて一瞬でも止まると、後続は足止めを食らいます。中程では獣同士がぶつかり合い、多少の混乱が起きていることでしょう。しかしそれ以上に最後尾は今大変なことになっているはずです。
「グゥ? グォッ!……ドサ……」
「ガ……ギァッー!」
直ぐにも獣の悲痛な叫び声や、倒れ込む地響きが聞こえてきました。
ここからは見えませんが音や叫び声から察するに、恐らく年長のメイとベルト辺りが、ミンダとビックスの風魔法で崖から滑空し、協力し合いながら飛び回って山刀で一頭ずつなます切りにしているのでしょう。ヒンヤリした空気も漂って来ますから水魔法も使っているみたいですね。
……よしよし。ちゃんと火の魔法は使っていない様ですね。偉いですよ。しかしお二人とも、返り血で服を汚さないで下さいね。帰ったらわたしが母に叱られてしまいます。
その間わたしは少し距離を置いて様子を見ているだけでしたが、異変に気が付いた残りの熊もどきの内の二頭が後方へ走り出し、前列の二頭がわたしへと向かって来る姿が見えます。
……ふぅ〜ん。この期に及んでもわたしに向かって来るとは、やはりこの辺りの獣ではありませんね……。
腹の下に力を込め、向かって来る熊もどきを睨みつけようとした、その時でした。
「ミリー! あぶなーい‼」
驚いて声のした方を見上げてみると、上から大岩が降ってきました。
慌ててその場から逃げるのでしたが、その時にチラリとアリシアの姿も見えましたので、恐らく彼女が土魔法で作った物を落としてきたのでしょう。
大岩はわたしに当たることはありませんでしたが、轟音と共に崖の一部を破壊し、熊もどきの一頭を巻き込んで崖の下へと落ちました。残ったもう一頭はアリシアを見上げて威嚇しています。
───こ、これは不味いです!
これでは計画が破綻してしまいます。
焦りながら声を張り上げました。
「アリシア! わたしやこの子達のことは構わないで下さい! 貴女は今すぐ崖の下に降りて、今落ちた獣の確認を! 決して逃してはいけません! 生きていたら土魔法で今度は槍を作り、とどめを刺して下さい!」
わたしの声が届いている筈なのですが、アリシアは狼狽し動けないでいました。いや、むしろわたしの前に飛び出しそうな顔をしています。
……これは誤算でした……。
彼女とはそれなりに長い付き合いになりますから、すぐにもわたしのいうことを聞いて動いてくれるものだとばかり思っていたのですが、わたしの身を案じ過ぎているせいか、逆に動けなくなっています。弟妹達の様にはいきません。
こっちに来てはいけません! と叫んでいると、その状況を察してくれたのか、突然ミスティが崖の上に姿を現すとアリシアに近づき耳打ちしました。するとすぐに「わ、わかった!」わたしの所へは降りず、そのまま崖の下へと降りてくれました。
……ふぅ……ミスティ、よくやりました。後で褒めてあげましょう。
既に動いている熊もどきは目の前にいる一頭のみ。しかしそれもすぐ絶叫と共に倒れ伏します。
……取り敢えず終わりましたかね?
周りで動いているモノがいないのを確認すると、弟妹達を呼び集め怪我の有無を確認し、良い連携でしたと褒めた後、すぐに下に降りていったアリシアと落ちていった一頭の確認の為と、もう他に残っていないかの捜索隊の二班に分けて散開させました。
……あぁ……怪我をしていないのは良かったですが、返り血が……。これは雷が落ちますね……。
結局下に落ちた一頭はその時に絶命しており、ミンダとビックスが二人して風魔法で上に引き上げ済みです。それと残っている熊もどきも辺りには見当たらないようでした。これで一安心。後は説教の時間ですね。
アリシアは今、仁王立ちで構えるわたしの前で、整列している弟妹達を背にして小さくなっています。
「ア〜リ〜シ〜ア〜。わたしはいいつけを守る様、いいましたよね?」
「……だ、だって……」
「そうですね。確かに貴女の魔法は見事なものです。あんな熊もどきでしたら貴女一人でも全て仕留められたでしょう。しかしそれは後先や、周りの影響を考えなければ、の話しです。貴女はそもそも実践に慣れていません。先程も興奮してしまい、冷静に魔法を使えていないではないですか。何ですかあの大岩は。魔力の無駄使いです。あんな熊もどき二匹程度を潰すには大げさですし、大き過ぎて狙いが定まらなかったではないですか。あの場合、まだ土の槍を作って降らせた方がマシです」
あの時、慌ててアリシアを崖の下に行かせてしまいましたが、あれはわたしの失態です。彼女の魔力量を見誤っていました。
実は既にアリシアにはとどめを刺せる程の魔力は残っておらず、下に降りた頃にはもう魔力は殆ど残っていなかったそうです。上に戻ってくるのにもミンダとビックスに手助けしてもらいました。本当に何事もなくて良かったです。まだあの熊もどきが生きていたとしたら……考えるだけで震えがきます。
自身の未熟さを痛感し、己を戒める為にも思わず説教に熱が入ってしまいました。
「この子達は貴女より実力は劣りますが、自分の力量を知り、出来る役割を理解しています。そう教育しました。有事の際に協調を乱す者は時として周りに被害を被らせてしまいますからね。だから貴女を前線に立たせなかったのですよ。それに……」
弟妹達も一緒に睨み付けます。
「山を傷付ける様な魔法は使ってはいけないといいましたよね!」
「はい! 土魔法でチケイをいじると、ガケ崩れがおきるおそれがあります!」
「火の魔法で木がもえるとたいへん……」
「おみずは、おおすぎてもこまっちゃう!」
弟妹達が銘々元気良く答えていきます。
「……まぁ大体良いでしょう。木を一本伐採するのも計画的にやらなければいけません。自然は均衡、調和が大切なのです。山の恵みはみんなの物ですからね。その恩恵を受けてわたし達が生きていられるのですから。それを犯す者は許されません。ましてや貴方方は領主の子供。これはよくよく肝に銘じておかねばなりませんよ。わかっていますよね?」
『はい!』
アリシアまでもが一緒になって、真面目な顔で良い返事をしたものだから少し笑ってしまいました。
「ふふふ……。しかしアリシア、先程はよくすぐに動けましたね? ミスティに何といわれたのですか?」
わたしの顔を見ていい淀みましたが、目を逸らしながら答えてくれました。
「……え〜っとね……あの時、『あんなのより、みりねぇのほうが、つよくてこわいでしょ?』っていわれたの…」
それを聞き、弟妹達は笑い出しました。
「ホントホント! ミリねぇのがこわいよー!」
「ミリねぇに比べたら、さっきの獣なんかカワイイものよね?」
「ウチの中じゃ、一番弱いのに一番強いんだからサ!」
……まったく、この子達は……。
思わず顔が熱くなりました。
「え? どーゆーこと?」
───気にしないで下さい!
「みりねぇはね、マホーやケンとかはぜんぜんダメだけど、ウチの中ではイチバンつよいんだよ!」
ミスティの言葉にベルトとメイが山刀を振るってみせ、自分達よりも弱いのだと笑っています。
……確かにその通りですけどもね……。
わたしが黙っていると、みな口々にアレやコレやと好き勝手に喋り始め、アリシアまでもがその輪に入り、学園生活のことを面白おかしく弟妹達に話し始めました。
……わたしが弱いことは周知の事実ですから構いませんが、みなさん、そこまで悪様にいっても良いと思っているのですか?
「貴方達!」
『は、はい!』
たまりかねて一括すると、みな直立不動になり大人しくなりました。
「そこへ座りなさい! ……違いますよ、正座です!」
何故かアリシアまでもが神妙な顔になり、弟妹達の横に並んで座りました。
「まだまだ教育が足りなかった様ですね。わたしの不徳の致すところです。帰郷中に矯正しなければいけませんね」
アリシアまでも叱るつもりはありませんでしたが、丁度良い機会です。ついでにまとめて説教しましょう。
しばらくの間、みな神妙にしながらわたしの話しを聞いていたのですが、脱落者が出たたことで終わりにしてあげました。
……全く、これしきのことで情けない……。
一番初めに降参したのは「あ、足が痺れて……もうダメ……ギブアップ……」といいながら倒れたアリシアでした。
……この子も鍛え直す必要がありますね。




