其の58 下山
今はまだ陽は高いですが、山中ですし時期的にも陽が落ちるのは早いです。暗くなってからの山歩きは避けたいですね。
「では帰りますよ」
魔力層の確認作業は一先ずこれで終わりです。終わりにしましょう。キリがありません。
未だ一人納得をしていない顔のアリシアを急かして下山を始めました。
帰りは寄り道して採取をすることもなく、弟妹達は仲良く歌を唄いながら並んで歩いています。
暫く歩いていると、突然一番下の妹ミスティが黙って止まりました。
「どうしたのですか?」
「……みりねぇ……なんかしらないオトがする……」
その言葉にみな静かになり、他の弟妹達も耳を澄ませます。
「……知らない獣の足音ね……」
「コッチにきてない?……」
「……うん。それにたくさんだ……」
わたしも耳を澄ませます。
「木々が折れる音……地面から響く振動からして……これは大型の獣が複数近くにいますね……」
「えぇっ! ミリーどうするの?」
アリシアは全く気が付かなかった様でしたが、弟妹達も頷いているのを見て慌てふためき、弓矢の準備をしようとしていますが、一旦それを止めさせて暫し考え込みます。
……さて、どうしますか……。
通常、獣は人を避けます。不意に縄張りにでも入ったら別ですが、この道は先程通ったばかりです。偶発的な獣避けも兼ねて弟妹達は大声で歌っていました。それなのに近づいて来るということは問題があります。
現在地は山の中腹程。風魔法の得意な子も居ますし、アリシアに無理をさせれば他の者も飛んで、走るよりも速く下山できるかもしれませんが、しかしそうするとその獣を引き連れてしまい、麓にいる者や家畜達に迷惑を掛けてしまう恐れがあります。そもそも逃げおおせるのかもわかりません。危険な賭けです。ならばやることは一つですね。
気が付けば、みんながどうするのかと心配そうにわたしを見ています。
わたしは周りを見渡しながら静かに伝えました。
「これは状況的に危険と判断しました。あれは早急に駆除しましょう」
それを聞き、弟妹達は素直に頷いたのですが、アリシアはとても驚いていました。
「え? え? 駆除? 闘うの? こんな小さい子達がいるんだから、逃げた方が……」
いつものアリシアでしたら率先して飛び出しそうなものですが、意外にも普通の人っぽいことをいい出し軽く面を食らいました。弟妹達を思いやってくれるその優しさは有難いのですが、現状でそれは下策です。
「例え逃げおおせたとしても、アレを引き連れて麓に下りる訳にはいきません。どうも通常の獣ではなさそうです」
わたしと弟妹達は同じ意見の様で、共に真面目な顔で頷いています。
一人「えぇ!」と驚いて青い顔になっているアリシアでしたが「な、ならせめて子供達だけでも……」隔離するか先に逃そうと提案してきましたが、それは直ぐに却下しました。
「例え土魔法で防御して救援を待つにしても、魔力が切れればおしまいです。日が暮れて仕舞えば救援は明日になるでしょう。とてもそこまで魔力が保つとは思えません」
魔力量の乏しいアリシアが下を向いてしまいます。
「それにどんな獣かもわかりません。足が速くて、我々が飛んで逃げている内に追いつかれでもしたらどうしますか?」
いくら風魔法を使えるとはいえ子供の魔力です。速度はそう出ません。
「とはいえ、事前に連絡は必要ですね」
アリシアに頼み、ウチの父宛に風魔法で言葉を届けてもらいます。
「状況をしっかり伝えて下さい。駆除中に向こうから連絡をもらうと、厄介なことになる場合もありますからね」
「救援を呼ぶのね!」
「違います」
伝えてもらう文言はこうでした。
───ミリセント以下、山中にて正体不明の獣と遭遇。これから対処に掛かります。続報まで連絡無用。念のため、撃ち漏らしもあるかも知れませんから麓に人を集めて警戒していて下さい。
アリシアに連絡を任せると弟妹達に向かいました。
「整列! 領主一族の責任の下、これから正体不明の獣の確認、及び撃退に入ります。気を引き締めなさい!」
『はい!』
「アリシアもです。有事の際なのですから、わたしのいうことはちゃんと聞く様に」
「ハッ!」
「偵察ならアタシが行くわよ! 危ないじゃない!」
思いやってくれて有難いのですが貴女には無理でしょう。適材適所というのがあるのですよ。
「アリシアでは身体が大き過ぎますし、山中の移動に慣れていませんよね? 木に登り枝を折って相手に気が付かれたらどうします? 小さなあの子が適しているのですよ」
先ずは相手を知らなければなりません。斥候には風魔法が得意で身軽なミスティを送り込みます。
「良いですか? 気が付かれてはもともこもありませんが、急いで確認し連絡を下さい」
ミスティは頷くと、すぐにも近場の木を器用に駆け登り、そのま木々の間を滑る様に進んであっという間に姿が見えなくなりました。
「さ、こちらも急いで準備しますよ」
「土魔法で陣地を築く?」
アリシアがやる気満々ですが違います。
「正体不明の相手ですからね、それは得策とはいえません。こちらから攻めます」
アリシアは驚いていますが常識です。闘いは後手に回れば不利になるのですから。
残った弟妹達とアリシアに釘を刺しておきます。
「良いですね? わたしからも指示を出しますが、基本的には自分達が傷つくことなく、各々臨機応変に動きなさい。それといつもいっていることですが、山中ですから火の魔法はご法度です。地形を変える程の土魔法もなるべく控えなさい」
アリシア以外は素直に頷きました。
「コッチから攻めるって、一体どうやって……」
「それは情報が入り次第、これから決めます。いつでも動けるの様にしておいて下さい」
弟妹達が、わたしの前で微動だにせず整列しているのを見て、アリシアもその列に並びました。
程なくしてミスティから風魔法で一報が入ります。獣達に気が付かれない様、小声で簡単なものでした。
「……ろく。くま? のばい? へん。あとにちょう。なみ」
みんな耳を傾けています。
「え? コレ、なんていってるの?」
「数は六頭、熊に似てますが違うみたいですね。それに通常の熊の倍ほどあるみたいですよ。距離はここから約ニ町。現在の移動速度はゆっくり目、とのことでしょうか」
「はぁ……」
他の弟妹達も頷いていますから間違いはなさそうですが、これは予想以上に厄介そうです。そもそも大型の獣が群れているのはあまり聞きません。例えミスティの見間違えで熊であっても、親子でなければまず群れませんからこれは異常性が伺えます。
「え⁉︎ 二町? な、なら、200メートル位? すぐそこじゃない!」
アリシアが慌て土魔法の呪文を唱え始めました。
「お待ちなさい。何をするつもりですか?」
「なにって、ここに大きな穴を掘ろうかと……」
「そんなことしても飛び越えられたら意味がありませんし、そもそも地形を弄ると崖崩れが起きる心配もありますからおやめ下さい」
「そんな呑気なこといって……」
「落ち着いて下さい。土魔法でしたら、まだ槍みたく先を尖らせた物を突き出す方が良いですが……出来ますか?」
少し考えて、やったことはないが出来るはずだ。ただし一度に複数出すのには無理。時間が掛かるとのことでした。それに魔力も心配だとのことです。
弟妹達に聞いても同じ様なものでした。下から串刺しにして一網打尽にする案は却下です。それでは一頭ずつ倒す内に、他のモノに逃げられるか襲われてしまうでしょう。
「では、アリシアは手出し無用です。大人しくわたし達がやることを見ていて下さい。あ、それともわたしと一緒に囮をやりますか?」
それを聞き、目を大きく見開いて声もなく驚いてしまいましたが、冗談ですよといって軽く流します。それをみて弟妹達が笑っていました。
「おねーちゃん。だいじょーぶだよ」
「ボクたちにまかせて!」
「クマのデカイのでしょ? カンタンカンタン」
……みなさん頼もしいのは結構ですが、慢心はいけませんよ?
「先程気を引き締める様いいましたよね? もう忘れたのですか?」
ジロリと睨み付けると大人しくなりました。
「さ、みなさん時間がありません。相手は大型の獣複数。その際、この場に置いて駆除するのに適している場所やその仕留め方等、各々わかっていますね?」
『はい!』
「では出陣!」
わたしの号令の元、みんな素早く動き出しました。アリシアを除く、ですが。
「え? ええ⁉︎ コッチは冗談じゃないの? みんなドコ行ったの?」
「ここみたく開けた場所では、大型の獣相手ではわたし達には不利になりますからね。ここへつながる狭い崖の方へ行ったのでしょう。そこでしたら一頭一頭相手に出来ます。わたしがいわなくともあの子達はちゃんとわかっているのですよ。それに風下から近づく為、大回りで進む必要がありますから急いでいるのです」
そんなことを子供達だけでやらせるの? と騒いでいますが、大丈夫です。わたし達にもちゃんと仕事があります。
「さ、わたし達も行きましょう。風魔法でわたしを運んで下さい。アリシアがいてくれて助かりました。わたし一人でしたら、現場まで走って行かなければならないところでしたからね」
そう笑い掛けるとまた目を大きくして驚いています。
「……い、行くって、ドコに?」
「当然、あの子達がやり易い場所に誘導する為、崖の方ですよ。そこの手前で下ろして下さい」
今回は逆巻き狩りといいますか、わたし達を狙って襲って来る様ですのでわたしが囮になり、近くにある崖の方へと誘導します。
「じゃあ、その崖から下に落とすの?」
「そんな不確定なことはしませんよ。この場できっちり仕留めます」
崖に落とせば我々が逃げおおせることは出来らかも知れませんが、そのまま放っておいてはその後のことが心配です。
「えぇ⁉︎ 仕留めるって、だ、だいじょうぶなの?」
「まぁ何とかなるでしょう。あの子達はそんなにやわじゃありませんよ。さ、急ぎましょう。そうですね。貴女も一緒に囮をやりますか?」
再度誘っても、目を大きく見開き即座に首を振られて拒否されてしまいました。つれないですね。
……本当でしたら、余計なことをさせない為にも目が届く所にいて欲しかったのですが……仕方がありませんね。なら、何かあった時のためにあの子達の補助をしてもらいましょうか。




