其の52 長距離対応無線機
再開した研究では魔力波を遠方まで飛ばすことなのですが、結果的に電離層の確認は間に合いませんでしたので、魔力層を使うことにしました。
「せっかくイオノゾンデっぽいのがあるのに……」
などとアリシアがいっていましたが、これは魔力層の測定装置の術具です。そのなんとかという物の詳しい仕組みを聞けば、これを元に作ることも出来なくはなさそうでしたが完成までに一体時間と資金がどれ程掛かるのか……。完全に目的を見失っています。即座に却下しました。
「大人しく魔力層を再度確認して、それを使いましょう」
そういえば魔工学の責任者であったカスパーに頼み、各所に確認を取ってもらったところ、壊さなければその術具を持ち出しても構わないとのことでした。そもそもそんな物が在ったことも、みなさんよく知らなかった様です。
「しかし先生方、これは動くのでしょうか?」
クラウディア筆頭に、魔力層の測定装置術具を見ながら生徒みんなが首を捻っています。
「確かにだいぶ古い物ですよね……」
使われている魔石は当然魔物産の魔石です。術具の型番らしきものは辛うじて読めましたが術具の名前自体は掠れていて読めません。しかし昔に作られた物だからこそ頑丈でした。簡単な整備で稼働し無事測定が叶います。
「ミリセント達が調べてきてくれたデーターとは些か乖離がありますね」
「昔よりも随分と下の方まで降りてきているみたいですよ」
先人達の作った術具は我々の研究と似ており、魔石を通して魔力を照射し戻ってくることで測定する物でしたが、簡単な術式で魔力の波を弄ることで魔力層の到達までの距離しか観測できず、そこからその先までの厚までもは観測することは出来ません。しかし何故この様な物を作ったのかは知りませんが助かりました。お陰で時間と金銭の節約になります。
その結果「想定していた電離層よりもだいぶ低い位置にありますが、魔力波を反射させるのには問題ないでしょう」これでアリシアがいう所の「長距離対応無線機」の製作に取り掛かれます。
「まず、周波数を確認するために、このイオノゾンデもどきを元に測定器を作りましょう!」
わたしは今ある術具で良いではないですか、時間と予算の無駄です。といったのですが、生徒達が「是非に!」とアリシア側に立ってしまいました。
……まぁ、大きくて重いから、運ぶのが大変ですからね。
古い術具ですので、魔力を大量に使うことはわたしがいることで問題の解決になるのですが、運ぶのに男手二人掛かりでも大変そうでした。
「今の鉱物魔石で作り直せば、もっと小型で消費魔力も少なくなるし、周波数の確認も出来る。作り直すだけだから時間は掛からない」
そこまでいうのならばと作らせてみたものの、確かにわたしでも持ち運べる大きさになり、製作時間もそう掛からなかったのですが……。
「アリシア……」
「てへ」
追加予算の申請が必要になってしまいました。
「タレス、これをカスパー先生及び各所に。アラクスル、これは貴方のお国へ。お二人とも、なるべく早く処理して下さいね」
『はい!』
聞き分けの良い生徒ばかりで助かりますが、これはそう何度も使える手ではありません。このままアリシアの好き勝手させると大変です。これは早々に終わらせなければいけませんね。
「遠方まで飛ばすにしても、予めその距離を決めておきましょう」
このまま放っておくとキリがありません。
アラクスルに尋ねます。
「貴方は、どの程度の交信範囲であれば満足ですか?」
目下この研究を進めているのは彼、正確にはその背後にあるルトア王国の要望です。既に予算もだいぶ出してもらっていますから無下には出来ません。アリシアが何かいいたそうにしていますが無視です。
「そっ、そうですね……」
ルトア王国の王都とラミ王国の王都間で使用れきれば良いとのことでした。
確かにその距離を風魔法で声を送ることは厳しいです。アリシア程の才能が有れば可能ではありますが、ただし彼女の場合は魔力量が少ない為、一回でも送ればそこで魔力が尽きてしまうことでしょう。確かにその距離で交信出来るのであれば有意義な術具になります。
……ただ、ルトア王国とは我が国の間には通話術具の線が既に引かれていますから、あまり意味がない様にも思えますけどね。早くうちの領にも引いてもらいたいものです。
「アリシア、聞きましたね? その範囲内で収めますよ」
不満そうにしていることから、もっと遠くまでと考えていた様ですね。危なかったです。
「後、出来ましたら据え置きではなく持ち運べると有難いのですが……」
「何ですって?」
わたしが振り向くと目を逸らされてしまいました。
……優しくしているとつけあがってきますね……。
アリシアに視線をやると軽く頷きました。どうやら原状の技術的には問題なさそうです。ならば仕方がありませんか。
「わかりました。ではこれを」
「なんでしょう?」
「もちろん追加の予算申請ですよ」
ニコリと笑い掛けますと、軽く震えながらそれを恭しく受け取りました。
……なんでしょう? 流石にそろそろあちらの国の予算も厳しいのでしょうか?
ともあれこれで着地地点が見えました。
「アリシア、それで測定の結果はどうでしたか?」
「それが思ったよりも減衰しないな様ですね。これなら大きなアンテナは必要無さそうです」
「それは良いことなのでしょうが……外のアレは一体どうするのですか?」
「てへ」
アリシアが「遠方とやり取りするにはとにかく大きなアンテナが必要!」と力説していましたので、アラクスル達に頑張ってもらい、物干し竿の様な細い金属の棒を組み合わせた塔の様な大きな建築物を作っています。結局講義室内には入らない為、直ぐ脇の敷地を借りて置いてあるのですが、その後の試験でこれは無駄に終わった様です。
「では、以前作っていたヤギアンテナ? ですか? こちらを採用するのでしょうか?」
空間に漂う魔力波を捕まえるのに使う重要な部品とのことで、最初に作った、鉄の棒で出来た骨組みの物になります。
これなら多少嵩張りますが持ち運べないこともありません。それに何より少ない材料で作れますし、外の物も幾らかは再利用出来そうです。経済的なのは大歓迎。
「違います。正確には八木・宇田アンテナですよ」
「名称はなんでも構いません。それでしたら問題ありませんよ」
「あー、それがですね……」
目を逸らされました。
その視線の先には、やり切った顔をしているアラクスル達生徒が。そしてその手にはお椀型をしている人抱え程の金属製の板があります。
「なんですか、あれは?」
「アレはパラボラといって指向性に優れたアンテナでね、どうも魔力波は電波とは異なりその周波数帯による減衰等が少なく、またスキップゾーン、いわゆる不感地帯を無視して到達する様だから……」
「ア〜リ〜シ〜ア〜」
その後も「ここの所は出力を上げる為に、魔物産の魔石を使いたいのですが、魔物産といえども、大きな物は値が張りますね……」と、算盤を弾きながらぼやいていましたら「なら、僕が一狩りしてきましょうか?」とアラクスルが、剣を掴んで今にも飛び出しそうになったのをみんなで説得するのが大変でした。
───お待ちなさい! ここは貴方の国ではないのですよ!
あの時は目を輝かせて一緒に行きたそうにするアリシアも抑えるのが大変でしたよ。
結局魔石の問題は、後日グレイラットが「ウチに余ってましたので、どうぞお使い下さい」と、まるで近所におかずのお裾分けをするかの様な気軽さで、大きな魔物産の魔石を幾つも抱えて持って来てくれたことで解決しました。もちろん遠慮なんてしません。喜んで受け取りましたよ。
……しかし、魔石は一度術式を描き込んでしまうと再利用は出来ません。最近では鉱物魔石が主流ですので、これは予備に保管されていた物でしょうが、こんな赤ん坊の頭ほどある大きな物は今でも高値で取り引きされています。それを惜しげもなく出してくるとは……流石王族ですね。
他にも魔力波の干渉問題で魔法講義の教師と揉めたり、「せっかくだからマイクとスピーカーの作成も……」「却下です。既存の物を流用します」などと度々アリシアの暴走を諌めたり、「アッ! まずい!」「みなさん、逃げて下さい! 魔法が使える者は土魔法で防御を!」魔力を込め過ぎて魔石が暴走して講義室が半壊したりと……紆余曲折がありましたが、秋口にはなんとか完成しました。
さて、後は実際に中・長距離での交信の確認を残すだけです。




