其の50 柳緑の食堂にて
……正直にいいます。二人に良い格好をしたくって、安易に行動を起こしてしまいました。反省します……。
よく考えればわかることでした。失敗です。少なくとも時間帯をズラすべきでした。
食堂に入ると、当然ながら夕食の時間になりますから人で溢れていました。
わたし達が入った瞬間、大騒ぎになってしまったのです。
「キャー! ミリーが男連れでやって来たわよー!」
「しかも二人ー!」
「まぁ可愛らしい! そのタイの色は歳下ね?」
「大丈夫? 君達、騙されてない?」
二人を後ろに従えていなかったら、一目散で踵を返して逃げ出していたでしょう。
声を張り上げ、いくら彼等がわたしの教え子であるといっても誰も聞いてやしません。いや聞こえていても無視です。結果、あっという間に取り囲まれ揉みくちゃにされてしまいました。
───痛い! 苦しい! 暑いです!
なんとか人ごみを掻き分け空間を確保すると、お腹の底から声を搾り出します。
「いい加減になさい! そろそろ本気で怒りますよ!」
ピタリとみんなの動きが止まり、波が引く様に離れていきました。
「ふー、やれやれ……。彼女達には困ったものですね……」
手櫛で髪を整えながら二人の様子を伺います。
「お二人共、大丈夫でしたか?」
見たところ制服が破れたりとかは特に問題がなさそうでしたが、共に放心しきっています。
「さ、適当な席に着きましょう」
それを見なかったことにして周りを見回すのでしたが、殆どの席が埋まっています。
しかし「ココ、いいわよ」わたしの視線に気づいた者が席を譲ってくれました。
……あの娘、さっきわたしを羽交締めにしていた娘ですね。まぁ許しましょう。
お礼をいうと空いた席に二人を引っ張っていき座らせました。
暫くすると放心状態から戻ったタレスでしたが、今度は驚いた顔をになりわたしを見つめます。
「……なんかもう、色々とすごいですね……」
……上級貴族のお坊ちゃんには刺激が強すぎましたか……。
「申し訳御座いません。彼女達も悪気があった訳では無いのですよ」
少々はしゃぎすぎましたね。後でしっかり叱っときますと笑いましたが、不思議そうな顔をしています。何故でしょう?
「ミリセント先生、そうではないですよ……」
ナイディックもやっと回復しました。
「どういった意味でしょう?」
わからなければよいのだと素気無くいわれてしまいまた。
「そんな事よりも、この寮に入った時から感じていましたが、ここは随分と先生の影響が大きいのですね」
「確かに。姉から話しは聞いていましたが、これ程とは……」
二人して周りを見渡しながら驚いています。
「お恥ずかしいですね。ここの食堂は別ですが、みなさんよくサボって魔力の供給をわたしに押し付けるのですよ」
困ったものですね。と笑いましたが二人してそうじゃないと残念そうな顔をしています。先程から一体なんなのでしょうね?
小首を傾げていますと、「さぁどうぞ!」「これを食べに来たのでしょう?」「たくさんお食べ」寮友や食堂の方が次々と料理を運んで来てくれました。
「あら? みなさん有難う存じます」
本来自分で取りに行くのですが、みなさん気を利かせて持って来てくれました。
「ミリー、ここの食事をこの子達に食べさせたかったのでしょ?」
「コレとコレは新作だよ!」
「コッチは定番の人気料理! 是非食べてみて!」
更に今日は特別だと、お酒まで持ってくる者も現れる始末。
慌てて周りを確認すると、寮監であるデリアの姿を捉えましたが、わたしに向かって盃を掲げています。わかりました。今日は無礼講なのですね。ならばわたしも腹を据えましょう。
わたしが立ち上がると、近くの者から順にみんな静かになり腰をかがめ始めました。そうでないと背の小さいわたしは周りから見えませんからね。気を効かせてくれて感謝します。
静かになると、咳払いをして杯を掲げます。
「ではみなさん、前途ある若者に乾杯を!」
『カンパーイ!』
いつの間にか楽器を持ち出す者まで現れ、陽気な曲に合わせて歌ったり踊ったりする者も出て来ました。
突発的に始まった騒がしくも楽しい宴会の始まりです。
暫くするとアリシアもレイと共に帰って来て「ナニナニ? お祭り?」この様子を見て驚いていましたが、直ぐにもみんな輪に入ると散々騒いだ挙句、早々に端っこで潰れています。
……出張稽古、大変だった様ですね。お疲れ様でした。
わたしは呑み食いするのは好きですが騒ぐのはあまり好みません。
ですが一緒になって踊ったり歌ったりはしませんが、この雰囲気はとても好きです。
「ちょっと疲れました……」
みんなが楽しむ様子を見ながら食事をしていると、踊りに付き合わされていたタレスが席に戻って来ました。
「この寮はいつもこんな感じなのですか?」
それは呆れた顔というよりも羨ましそうです。
「流石にいつもではありませんよ。ほら、常に同じ顔ぶれですから、たまのお客が来るとついつい羽目を外してしまうです」
「しかし寮監殿や厨房の者達も一緒とは驚きました」
タレスが食堂の中央に視線をやりましたが、そこではデリアが美声を響かせています。
「そうですか? みな同じ場所に住む仲間ですからね、もう家族みたいなものですよ。楽しいことはみんなで分かち合いませんと」
「そうなのですか。とてもよい所ですね」
タレスの住む寮は上級貴族子女の集まりですから、寮の雰囲気はとても厳格で、とてもこの様に騒ぐことなどはまずあり得ないのだといっています。
「それにわたし達はもう最上級生ですからね。こんなことが出来るのも今年までです。悔いのない様、多少無理をしているのもありますね」
来年にはみんなもうここにはいません。
みなそれぞれの道に進むので、二度と会えない者もいることでしょう。それをわかっているからこそ、今という時を全力で楽しんでいるのだと思います。
「タレスも、うかうかとしているとアリシアに会う機会がどんどんなくなってしまいますよ」
「え?」
「あら? 貴方もアリシア狙いなのではないのですか?」
例の術具製作の為に集まった三人でしたが、アリシアのその美貌と才能に惚れ込み、製作が終わっても未だ魔工学の講義を履修し続けているのだとばかり思っていました。
「そうですね。グレイラック殿下やアラクはそうかも知れませんが……。ですが私には許嫁がおりますし、その様なことはありませんよ」
彼がチラリと横を向くと、そこには酔い潰れて机に突っ伏しているナイディックの姿が。お相手は彼の妹だそうです。
「そうでしたか。わたしの早とちりでしたね。これは失礼致しました」
「いえ……ですが、あながち間違いでもないのですけどね……」
その才能に目を付け、彼女を国に取り込むため、そう促す要員に選出されたことについては間違いがないそうです。
「殿下自身は純粋に彼女を求めている様子ですが……」
彼は継承権の順位がそう上でもない為、アリシアという伴侶を得ることで次代の王座を狙っている訳でもないのですが、アラクに関してはそうでもなさそうだともいっています。
「ですが、やはり上の方では、いくら同盟国とはいえ彼女を外に出しなくない方針ですね」
むしろ彼女を使い、アラクをこちらの国に取り込めないか。そうすれば同盟国間の力関係が優位に働くとまで考えているそうです。なお彼の継承権はかなり上の方らしいのです。
「……はぁ……これはまたなんとも面倒なことになっているのですね……」
恐らく、いやきっとアリシア本人はそんなことはつゆほども考えていないと思います。むしろそんなことを知ったら、ますます無法者の道に進むことでしょう。これはどちらに対しても黙っていた方が良さそうですね。
余計なことを知ってしまったと後悔し、話題を変えようと飲み物に口を付けていると、突然大きな声がしました。
「ダメれす! アリシアセンセーには、ゼヒともワレワレの上にたっていただかなければぁ!」
突然ナイディックが起きて叫びましたが、直ぐまた寝てしまいました。
「……なんですかコレは?」
「ハハ……。彼は常々、たとえ今は真っ白な髪をしていても、アリシア先生こそが、かつて活躍していたとされるアンナ女王様の生まれ変わりなのだと主張していまして……」
彼の中では、アリシアが聖女の如く崇拝されており、彼女こそが教の上に立つのが相応しく、そしてこの国を導いて欲しいのだとか。
わたしが明らかに嫌そうな目をしてナイディックを見ていると、それに気が付いたタレスが慌てて弁明します。
「い、いえ、アリシア先生の過去の件につきましては私どもも承知しておりますが、アレとは派閥が違います。野蛮な原理主義派とは全く違うのですよ」
……あぁ……タレスもそっち側でしたか……。
これは思った以上に国政と教はずぶずぶの関係の様です。
四人の生徒の中では、比較的好感触だったタレスに裏切られた気持ちになってしまいました。今後は彼の見方を変えてしまうかも知れませんね。




