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其の49 研究の合間に

珍しく講義室の外で行った実験でしたがそれも無事終了し、それの片付けを終えて講義室に戻ると、アラクスルとグレイラットは一目散に闘技場に駆けって行きました。

 その後ろ姿を呆れながら見送ると「お二人は行かなくても宜しいのですか?」所在なさげにしているタレスとナイディックに向きます。


「わたしはあまり剣術は得意ではないのです。それよりもミリセント先生のお手伝いを致します!」


 ……タレス、相変わらず良い子ですね。


 最近ではあまり怖がらなくなってきています。


「お忙しいのでしたら、私もお手伝いを致しますよ」


 少々生意気な所は残っていますが、ナイディックも心を開いてくれる様になってきて、わたしのいうことも聞いてくれます。


「では、今から書庫に向かおうと思うのですが、調べ物を手伝って頂けますか?」

『はい』






 二人分の書類を用意して書庫に向かいました。


「ここへ来るのは初めてです!」


 タレスが少し興奮気味になっています。


「そうですね。重要な物も所蔵されていますので、基本的に研究職に就いている者以外は立ち入り禁止なのですよ」


 学生の身分では中々許可が降りにくいのですが、教師同伴であれば問題ありません。


 ……事前にそれを知っていたら、カスパー先生に交換条件として上げなかったのですけどもね……流石、あんな見た目でも老獪ですこと。


 少し恨み言を考えつつ書庫に着くと、案の定二人は中を見て驚いていました。

 そんな二人を微笑ましく見ながら、最近ではすっかり顔馴染みとなった司書の方々に挨拶をし、早速地下二階へと向かいます。


「ここで一体何を探すのですか?」

 

 ナイディックが物珍しそうに周りを見渡しています。


「以前アリシアが見つけた、魔力層について書かれている文献です」

「魔力層ですか?」

「そうです。空高く一面を覆っているとの話しですが、そこに到達するまでの距離とか厚みとか実際にどの様なものなのか調べたいのです。またその観測方法について書かれている文献もあれば尚よいのですが」


 三人で手分けして探すまでもなくすぐにそれは見つかったのですが、中を読んで三人とも頭を悩ませてしまいました。


「ミリセント先生、書かれた年代によってまちまちですね……」

「……そうですね、年代別に分けると徐々に距離が近くなったり層が厚くなっている様に思えますが……」

「不確かなもので特に利用価値のないモノだから、研究が進まなかったのでは?」


 ナイディックが魔力層について書かれている文献の小さな棚を指差しながら、沢山の研究文献が詰まっている他の棚に目をやります。


「この最後に書かれた文献から察するにそうとも考えられますね」


 最新の物でも数十年前以上前の記述です。測定術具残っていましたが、それもかなり古臭いものでした。その研究結果も隅の方へ追いやられています。今や研究する者がいないのでしょう。


「一先ずここにあるすべての文献を確認し、年代別に観測の変化を纏めましょう。幸い資料が少ないですから、そう時間は掛からないかと存じます」

『……はい……』


 二人とも明らかに面倒臭そうな顔になりましたが、渋々作業に取り掛かりました。


 ……研究は本来地味な作業ですよ。頑張って下さいませ。








 少ない文献といえども、全て確認し終わった頃には既に暮れ六つの鐘も鳴り終わっていました。書庫も閉館です。


「お二人共、お疲れ様でした」

「……本当に疲れました……」

「目がシバシバしますね」


 これしきのことで若いのにだらしがないとはいいません。わたしも流石に疲れました。しかしここで一言いっておかねばならないことがあります。


「今回の作業は確かに今の研究に関与するものなのですが、結果としては無駄になるかも知れません」


 観測値がバラバラでしたので、先人の研究結果ではあてにならない可能性がありますし、そもそも魔力層が必要ないかも知れません。アリシアがデンリソウとやらに拘っていましたし。


 それを聞いて二人は明らかに肩を落とします。


「なので、わたしが出来る可能な範囲で貴女方に今回のお礼をしたいと存じますが、何か欲しいものとか御座いますか?」


 わたしは研究職として、いくら頑張った所で徒労に終わることがあるのにも慣れてはいますが、この二人はまだ始めたばかりです。きついでしょう。しかしまだまだ研究は続きますので、こんな所で心を折られても困りますから、ここは一応教師として事前に対処しておきましょう。


「なんでも宜しいのでしょうか?」

「わたしが出来る範囲になりますが」


 ナイディックは考えんでいますが、タレスは直ぐに思い至った様です。


「では一度、柳緑寮の食堂に連れて行って下さい」

「うちの寮の食堂ですか?」


 確かに我が寮の食堂は有名ですが、タレスは公爵家の息子です。今いる寮の食堂も豪華なものでしょう。それに今や学園内にある食堂でも我が寮の食堂と同じ物が食べられる筈です。


「そんなもので宜しいのですか?」

「はい! お噂はかねがね聞いています。是非ともその本場で味わってみたいのです!」

「ならば私もそれでお願いします」


 ナイディックにまでいわれてしまっては断れません。それでお礼になるのならばと了承しました。


「なら、これから行きましょうか?」


 丁度夕食の時間です。二人ともお腹が空いていることでしょう。資料を講義室に戻したらそのまま行こうと提案をしたのですが、それを聞いて二人とも驚いてしまいました。


「宜しいのですか?」

「流石に今日直ぐには……」

 

 確かに二人が驚くのも無理はありません。通常、他寮には無関係な学生は入れないのです。

 事前に書類の提出が必要であったりと面倒な手続きを経てやっと入れるのですが、それに合わせて我が寮は女子寮。例え食堂だけといえどもおいそれと男子学生が入れる場所ではありません。


「食堂だけでしたら構わないと思いますよ?」


 疑心暗鬼な二人を引き連れ、講義室経由で寮に戻りました。






「デリア寮監殿、少々宜しいでしょうか?」

「なんですか? ミリセント嬢」


 門を潜ると直ぐにある寮監室に立ち寄ります。


「この二人、わたしの生徒になるのですが、今日ここの食堂で食事をしたいと言っていまして……」

「そうですか? その様な申請は出ておりませんね」


 素気無くそっぽを向かれてしまいました。


「あらそうですか? 確か提出済みですよ? もしかしたらその辺りに紛れているのではないでしょうか?」


 白々しく驚きながら、寮監室の魔石に視線をやり指を指し示します。それだけでデリアもわかってくれた様で、ため息を吐きつつも「二人ですか……」と首を振りました。


「では、このくらいでしょうか?」


 人差し指に合わせて中指も立てますがまだ首を振っています。次に薬指を立てると「あぁ、そういえばありましたね。紛れていた様です」ニコリと頷きました。


「ではそこのお二方、ここに記帳を」


 二人は不思議そうな顔をしながらもデリアに渡された帳面に自分の名前を書いています。


「では退出時にまたここに寄る様に」


 これで無事二人とも入寮の許可が降りました。


 呆然とする二人を引き連れ寮の中へと入りました。すると「先程のやり取りは一体……」早速タレスがしゃがみ込み、そっと耳元に語りかけてきます。


 当然賄賂です。三日分の魔石に魔力を込めるので手を打ってもらいました。しかしそんなことをいえる訳もありませんので「秘密です」とだけいって誤魔化します。ナイディックはなんとなくわかっている様子で「さすがですね……」とだけ呟き、珍しく誉めてくれました。


 ……あまり教育に良くない行為ですが、困ったことに少しだけ気分が良いものですね。

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