其の47 新人
三人のやる気には少々驚きましたが、早速行動を開始しようとした所でアリシアに「ねえ、ちゃんと許可って降りてるの?」コソッと耳元で囁かれました。
……すっかり忘れてました……。
魔工学の責任者であるカスパーに、今回行う研究の申請書を出してはいますが、その返答をまだもらっていません。
前回の製作に忙しくしていたのもありましたが、特に問題のある研究ではないのですんなり審査が通るものと思い込み忘れていたのです。
「タレス、少々宜しいですか?」
彼にカスパーの所に行ってもらい、まだ承認が降りていなければその場で許可をもぎ取って来る様に頼もうとしたのですが、丁度そこへ「あ〜ここの班はみんな揃ってるかな?」いつものボサボサの頭を掻きながらカスパーが部屋に入って来ました。
「カスパー先生、丁度良かったです。今度の研究の件で……」
「あぁ、ミリセント。あのデンワか? アレは特に問題は無いぞ。ただあそこに書いてあった額の予算配分は少し難しいがの」
「ありがとう存じます。ですが、講義の予算は増えているから問題はないのでは? それに昨年の調理器具の術具で、その使用料が入って来ているはずでしょう?」
了承を得られたのには良かったのですが、予算は潤沢にあり、金銭に関しては気にせず研究が出来るかと思っていましたので、先に釘を刺されて拍子抜けしてしまいました。
「あぁ、アレが入ってくるのは早くとも来年じゃな。それに今年は予算が増えても人も増えたからのぉ……」
金銭状況が悪いのは相変わらずの様子です。
「あぁ……それも含めて、生徒を一人紹介したい。是非ともこの班に入りたいという者がおってな。丁度研究の区切りも良かろう」
ついこの前までは王立案件の術具製作でしたから下手な者は入れられません。その為今の時期まで待たせていたのでしょうか?
普段ですと講義途中で抜けていく者は幾人もいても、途中から入って来る者なぞ聞いたことがありません。それだけ魔工学の講義は簡単なものではないのですから。
「どの様な方なのでしょう?」
「今連れて来ておる」
カスパーが一旦外に出てその者を呼ぶと、共に姿を現したのは、相変わらずのニヤけた顔をしたアラクスラでした。
「あ〜、彼は隣国からの留学生でな、二学年になる。この講義に入れる様頼まれたんじゃが、名前は……」
「ただのアラクで結構です。両先生方、諸先輩方、よろしくお引き回しをお願いします」
思わずアリシアと共にグレイラットに向きましたが、彼は大袈裟に首を振って知らないと言っています。タレスやナイディックは彼のことを見て目を見開き驚いていますので、彼がここへやって来ることは知らないまでも彼の正体は知っているのでしょう。
……アリシアにあそこまでされて、なおここに来る勇気は認めますけれどもね……。
「カスパー先生?」
眼に力を込め語尾を強めて彼に向くと、目を逸らされてしまいました。
「ま、まぁ色々と横槍が入っとるのは事実じゃが、お主達にも悪い話しじゃないぞ?」
「どういう意味ですか?」
「それは僕から話しをしましょう」
アラクスルが割って入って来ました。
「貴女方の研究申請書を拝見しましたが、これは我が国としてもとても有意義な研究ですね。これは是非とも同盟国同士研究をするべき案件かと。予算につきましても我が国から不足分を補填できますよ」
金で釣るとは卑怯な! とも思いましたが、先立つ物がなければ何も出来ません。それ以上にカスパーが必死に頼み込む視線を向けてきています。これはさぞ教師達やその上等の関係で色々とあったのでしょう。ご愁傷さまです。そんな目を見ては無下には出来ません。彼には色々とお世話になっていることですし。
「アリシア……」
彼女の方を向くと、わたしを見て何も言わずコクリと頷きます。判断を委ねられました。
……仕方がありませんか……。
大いに引っ掛かりますが、アリシアが構わないのであればわたしも構いません。
「ふぅ……。カスパー先生、わかりました。彼のことは我が班で引き受けます。予算の件につきましては、再度書類をお渡し致しますので、最優先で処理して下さいませ」
「わかった。ありがとう。頼んだぞ」
それだけ言うと、カスパーは逃げる様に退出していきました。
「さて……」
生徒達四人を見回すとアラクスルで視線を止めます。
「アラクスル……」
「アラクで構いません」
「アラクスル、貴方が例え何者であってもこの場では関係ありません。ここは学園で、貴方は生徒、わたしとアリシアは教師になります。他の三人と同様に扱いますが宜しいですね?」
「はい。ご随意になさって下さい」
軽薄そうなのは変わりませんが、先日とは打って変わって素直です。恐らくグレイラットに何か吹き込まれたのでしょう。
「では、ここは魔工学の講義です。基本二学年は教師の元で研究を行いますが、他の三人はわたし達教師の研究を共に行うことになっています。貴方はいかが致しますか?」
「もちろんその研究にご一緒させて下さい」
……まぁわかってはいましたが一応聞いておかねばなりませんからね。
「わかりました。では、先程『我が国にとっても有意義な研究』だと仰っていましたが、貴方が思われる程派手な研究ではありませんよ? むしろ地味で成果の出難い研究になりますけれども、宜しいのですか?」
「僕はそうは思いませんよ。魔法を使わずに遠方と意思の疎通が出来るだなんて、我が国ではとても重要な物になります」
「そうなのですか?」
「えぇ」
頭の中のアンナがコソッと教えてくれたことによると、昔から変わっていなければ、ルトア王国は魔法を使える者の方が少ないのだそうです。なので身体を鍛えて蛮勇を振るうお国柄だとか。
「僕は珍しく魔法が得意な部類ですが、そんな者は珍しいのですよ」
「そうでしたか。魔法以外に何か得意なものは御座いますか?」
「剣術ですね!」
───この講義では必要ありません!
お見合いの釣書を紹介している訳ではありませんよ。
得意そうに腕を振るうアラクスルの姿を眉を顰めながらジッと見ていると、彼でなくグレイラットの方が慌てて口を挟みました。
「お、おい、アラク、違う。そうじゃない! この講義に関することだ。何かないのか?」
「ん〜そうですね。いざ戦場に向かった際、自分の武具の修理が出来ないと困りますので、鉄の扱い方は散々教え込まれましたが親方には筋が良いと褒められましたよ。そんなものでもよろしいですか? 正直、魔工学に関してはうちの国ではあまり発展していないものでして、僕もサッパリです」
……ハハハー、と呑気そうに笑っていますが、それで何故ここに来たのですか? まぁそれは聞かずともわかりますが……。
しかし鉄が扱えるなら好都合です。精々こき使わせてもらいましょう。
「成程、わかりました。では貴方には主に術具の外装を製作して頂くことにしましょう。さ、みなさん、余計な時間を使ってしまいました。早速始めますよ!」
それから其々の役割を決めると早速製作に取り掛かりました。




