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其の46 隣国からの留学生

「失礼、そういえば名乗ってなかったね。アラクスラ・ゾルタン・ルトアだ。気軽にアラクと呼んでくれて構わないよ」


 予想通りの大物でした。彼は隣国ルトア王国の王族ですね。

 

 ここラミ王国の南方に隣接するルトア王国とは、昔はそれこそ色々とありましたが、現在は仲が良いというか同盟国の一つとなります。

 我が国は魔工学等の産業が盛んなのに対し、ルトア王国は軍事が盛んで、ルトア王国がその武力で持って近隣諸国に睨みを効かせているお陰で、我が国は軍事には力を割かず産業に力を入れられているのです。

 代わりに彼の国の社会的基盤施設は我が国が執り行っていたりとか、術具製作の権利の優遇、文化の浸透……色々と持ちつ持たれつというよりも複雑に絡み合った関係になっています。


(アンナさま、こんな感じでしたよね?)

(ワシが知っとった頃のアソコは、ただの蛮族共の集まりみたいなものじゃったがな。ルトアの坊主には手を焼かされたわ。今は生意気にも一端の国になっとるそうじゃが、ホルデから習ったことと概ね間違ってはおらんぞ。この坊主はアラクスラといったか? なら確か第三王子じゃたか……。そういや今や我が国との関係は重要な国になっておるそうだな。加えて今は我が国と砂糖の生産調整で少々揉めとるとかいっておったぞ。ほれ、お主の領地で栽培しとる……)


 勉強のさせ過ぎで余計な知識まで入っていますが、アンナに覚えさせておいて正解でした。


 そうなると彼は下手な上級貴族よりも重要人物ですね。ならば粗相のない様に対応しなければなりません。


「初めましてアラクスラ・ゾルタン・ルトアさま。ミリセント・ノアと申します」


 精一杯の笑顔を作り、カーテシーをしながら挨拶をして相手の様子を伺ったのですが、わたしのことは一瞥しただけで、クラウディアに向かい「こやつはなんだ?」と相手にされません。


「この方は、アリシア嬢と共に学園の最上級生でありながら、教鞭を取っておられる方だ」


 失礼のない様に、と少し慌てながら答えるも「フンッ!」と鼻を鳴らして嘲笑っています。


「ハハッ! こんなのが学園の教師なのか? 名門の名も落ちたものだな」


 ……失礼な態度ですがこの見た目では仕方ありませんね。我慢我慢……。


「若輩者になりますが、どうぞ宜しくお願い致します」


 更に笑顔を深めて丁寧に挨拶をしましたが、わたしとは目を合わせることはせず、頭越しに笑顔で語り掛けます。


「貴女はそのお美しい見た目にも関わらず多彩なんだそうだね。魔法や剣の腕前がとても素晴らしいのだと聞いているよ。僕もね、この春から二学年としてここの学園に通ってるんだが、どこの講義に行っても貴女の噂は聞くがその姿を一向に見なくて探していたんだ。なのでこうしてわざわざ来たんだが、この機会に是非ともお近づきになりたいものだ。どうだい? こんなカビ臭いとこサッサと出て、これからその腕前を見せてくれないかい? 是非とも一手ご教授願いたいものだね」


 何故アリシアがここに居ることを知ったのかと思いましたが、どうせクラウディアが嬉しそうに話していて口を滑らせたのでしょう。その慌て振りを見ればわかります。


「アラク……よさないか」

「なんだい? グレイ。別に手を出してやいないじゃないか」


 どうもグレイラットも手を焼かしている様子です。果敢にもわたし達の前で立ちはだかり、一応は守ってはくれていますがジリジリと距離を詰められています。仕方がありませんね。ならばここは年長者が対処してあげましょう。


「グレイラット。彼は今現在、学園の学生で間違いありませんね?」

「ミ、ミリセント先生……」


 彼は私に振り向くと気まずそうな顔をしながらも頷いて見せました。

 王族として、もう少し毅然とした態度を取っていてもらいたいものですが、今はそれは置いておきましょう。これで彼から承認を得ました。ならばやることは一つです。容赦はしません。


「アリシア、ここは学園の外ですが、彼は学生、わたし達は教師です。やるべきことは分かっていますね?」


 わたしの目を見て彼女はコクリと頷きました。


 ───蒙昧な輩に分からせてあげなさい!


 何せ彼女の実年齢はわたしよりも遥かに上なのです。ここで小生意気な若造を嗜めることなぞ造作もないでしょう。いかなる叱咤罵詈雑言を浴びせるのでしょうかと期待して見ていましたが……。


 ……ん?


 彼女はニコリと笑いながら黙って徐に右手を伸ばすと、アラクスラの顎に掌を優しく添えました。


「アナタ、一手教授願いたいと申しておりましたね?」


 そしてその言葉を言い終わるのと同時に彼女の右手が素早く動くと、アラクスラはその場に音を立てて崩れ落ちてしまいました。


「ア、アリシア! 何をしたのですかー!」


 グレイラットは声も出せずに目を大きく見開いて、倒れた彼とアリシアを見比べています。

 

 そんな中、アリシアは涼しい顔で得意げにしていました。


「何って、教師らしく、物分かりの悪い生徒にわからせただけですよ?」


 時にその様な者は味方に害を及ぼす存在でしかないので、対処方法の一つとして行動不能にさせるために、脳を揺らして気絶させて黙らせるのはよく使う手だと、養父から教わったのだといっていますが、貴女はいつから騎士になったのですか? ここは戦場ではないのですよ?


「それにこの方は、武を重んじるルトア国の方ですよね? これしきのこと躱せないとは、鍛錬が足りていないのではないですか?」


 冷ややかに笑うアリシアを見て、わたしはアンナの笑い声が響く頭を抱えてしまい、グレイラットは乾いた笑いをしながら立ちすくむしかありませんでした。


 ……いい気味ですが、やり過ぎですよ……。


 


 

 幸い軽い脳震盪でしたので意識もありましたから、アラクスラのことはグレイラットに任せ、わたしとアリシアは書庫を後にしました。


「おかしな者に捕まってしまいましたね……」

「ねー。おかげで調べおわんなかったよー」

「これはまた日を改める必要がありますね」

「そういやミリーの方はどうだったの? 見つかった?」

「いえ、あの物量では一朝一夕にはとてもとても……」


 こまめに通ったとしても年単位になってしまうのではと思え、うんざりしてきました。


「そっかー。でもしばらくはココに来るのヤメとこーか」

「そうですね。またあの者と鉢合わせたくありませんし」

「しゃーない。明日からは例の表の研究進めていこー!」

「そうですね。ほとぼりが冷めた頃、またここに来ましょう」


 今日は明日に備えてそのまま寮に帰りました。





 さて、早速今日からわたしとアリシアの研究に取り掛かる予定なのですが、三階の講義室は封鎖中ですので、いつもの一階端の部屋がわたし達に割り当てられました。そこへ向かうと意気揚々と部屋の扉を開けたのですが、中を見て少し驚いてしまいました。


「お三方共、何故いらっしゃるのですか?」

「何故と申されましても、我々は魔工学の講義生ですから当然ではありませんか」


 昨日のことなどおくびにも出さずにグレイラットが笑っています。


 三人は例の術具製作の為だけの、仮初めの履修かと思っていましたが、これはまだ監視が続いているのでしょうか? それとも本気で魔工学をやるつもりなのでしょうか?


 訝しげながら三人を見渡しますが、みな目を逸らしたりすることもなく、自然体でわたし達を見つめています。これには思わずため息を吐いてしまいました。その真意についてはわかりませんが、やる気だけは伝わってきました。ならば付き合うしかありませんね。


「ではみなさん。何かやりたい研究がございますか? なければ以前お話しした通り、わたし達の研究をお手伝いなさいますか?」


 三人は既に相談済みだったのでしょう。互いに確認し合うことなくタレスが一歩前に出て「先生方の研究をお手伝いしたく存じます」そう告げると、他の二人も共に頷きました。


 ……仕方がありません。しばらくは表の研究に精を出しましょう。


 アリシアと顔を見合わせると、彼女が一歩前に出ます。


「それでは、他の者達よりも少々出遅れてしまっていますが、本日から魔工学の講義を開始致します。皆さん頑張って下さいませ」

『はい! よろしくお願い致します!』

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