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其の45 書庫

「……これはまた、物凄い量ですね……」

 

 勢い臨んで研究施設の書庫に来たものの、その物量に圧倒されました。


(どうじゃ、千年に渡る歴史の積み重ねじゃ。すごかろう?)


 アンナの戯言も耳に入らず、ただ唖然としてしまいます。


 そこは書庫というにはおこがましく、建物一棟を丸ごと占有しており、最早図書館といっても差し支えない量ですが「術具自体も収容れています。中には危険な物もありますからお気をつけ下さい」更に司書の方までいて、入室時に注意を受けました。


「手荷物はこちらにお願いします。それとコレを」


 重要な古い資料もあるということで白い手袋を渡されましたが、これには俄然期待値が上がって来ました。






「ではアリシアはこの辺りを探して下さい。わたしは下の階に行きますので」


 例の状態保存の魔術に関しては使用されていた時期はそう古くはなく、地下二階の辺りにあるそうです。司書の方が教えてくれました。


「状態保存の魔術ですか? 状態維持とか状況停止とか状態遅延とかについてはこの辺りですね」


 思った程に種類がある様です。


 ……頑張って探して下さいませ。


「それと貴女の仰る古の魔術に関しましては、かなり古い部類になりますので、未整理書庫になるかと思われます」


 閉架書庫に該当するらしく、立入制限があることから司書の方同伴で最下層へと向かいました。


 ……ご足労をおかけ致します。







「今明かりをつけますね」


 そこは史学の講義行われる一番大きな教室の倍以上もありそうな広い部屋に大量の木箱が積まれていました。室内は明かりが灯っても奥の方は薄暗く、空調は整っているという話しですが、カビ臭い臭いに思わず顔を顰めてしまいました。


 早速部屋に入るべく足を踏み入れようとすると「あ、入る前に注意事項が御座います」司書の方に止められます。


「赤い札が付いている物は、危険な術具が入っていますのでお気をつけ下さい」


 古い術具ばかりだから、動かすのには大量の魔力が必要になるし、そもそも今も動くかわからないが、一応念の為といわれました。


 ……気を付けます。


「しかし、ここにある物は随分と古そうですけど、どの位昔からあるのでしょうか?」

「ここが設立される以前からの物が殆どですから、正確なことはわかりませんね」


 比較的新しい物でも軽く百年以上は経っているのだそうです。


「最近では史学のハイディ先生が、熱心にここへ来ては一つ一つ資料の年代の確認をしていますので助かっています。こちらなんかは五百年程前の物みたいですね。しかし何せこの量です。全て把握出来るまで、一体何年掛かるのか見当もつきません」


 ……あぁ、例のお渡しした年代測定術具が活躍しているみたいですね。お役に立てている様で何よりです。


「ただ、先生は制作された時期を中心に研究なされているらしく、その中身につきましてはあまりご関心がない様子です」


 魔術だけが描かれた物よりも、制作された古い術具にばかり興味を示して測定に勤しんでいるとのことです。


「貴女が見たいと仰る物はだいたいこの辺りでしょうか」


 示された箇所は、ゆうに部屋の半分以上を占める木箱の山でした。


「こ、これ全てですか?」

「主に革や木片、またはそれを描き写した古い術式の類ですよね」

「これが全て未整理や未確認なのですか?」

「そもそも古い魔術は人気がありませんので……」


 今更研究する者は殆どいないのだとか。


「ここに興味を示す貴女の様な方は珍しいのですよ」

「そうですか……」


 ……来年以降、わたしが本格的に研究員になれば、ここの整理が捗ると喜んでいらっしゃいますが、これを全て確認終わるまでに、わたしは幾つになっているのでしょう……。

 

 しかしここで嘆いていても何も始まりません。

 司書の方にも手伝ってもらい、適当な箱から確認していきます。






「ざっと見た所、どうやらこの箱は火に関する魔術が中心ですね」

「あら? 失礼ながらそのお歳で古語に詳しいのですね」

「恐れ入ります……」


 描かれている魔法陣について、律儀にもどの様な魔術なのか表記されている物もありましたが、大概は陣が描かれているだけの物でした。


(アンナさま、コレは何かわかりますか? わたしには大きな炎を生成する術式に見えますが……)

(うむ。手前にあるその術式と併せて大きな火焔を生成し放出する魔術じゃな。戦ではよく使っておった)

(それはまたなんとも物騒な魔術ですね……)


「ここの箱の物は全て、主に精霊を用いずに魔術だけで炎の魔法を行使する術式になるみたいですね」

「そうなのですか? 有難う存じます。ではその様に箱に表記して……では、次はこの箱を」

「承りました」


 この調子でどんどんと確認していきましたが、気が付けば一刻ニ刻も過ぎて八ツの鐘が鳴っても開けて確認出来た箱はいまだ数個。いかんせん数が多過ぎます。


「あ! もうこんな時間ですね。ここらで一旦休憩に致しましょうか?」

「そうですね、流石にわたくしも疲れました。受付も交代しなくては。では続きは後程……」


 二人とも夢中になってしまいましたが、鐘の音で切りよく切り上げ書架を後にします。


「それにしても量が多いのですね……」


 地下ばかり気にしていましたが、階段を上る途中、各階を見るとどこも荷物で一杯です。


「魔術から魔道具に移り代わったことで、その研究結果も収容していますからね」


 いずれこれでは新しい建物も必要になるだろうから、今からその確保に奔走しているのだと聞き、それは大変ですね、などといった会話をしながら階段を上っていましたが、外に出るついでにアリシアも回収して一緒に休憩しようと、一旦地下二階で司書の方と別れて彼女を探しいいきました。


 この階も地下と変わぬ広さで棚がひしめいており、人一人を探すのには苦労しそうでしたが、暫く歩き回ってやっとアリシアを見つけました。


「アリ……」


 書庫なので大きな声は出せません。小声で声を掛けようとしましたが、慌てて口を噤ぎます。


 ……殿方とお話し中ですね。


 相手も学園の制服を着ている所を見るに知り合いかもしれません。邪魔をしては悪いと踵を返そうとしたら「ミリー!」わたしを見つけて向こうからやって来てしまいました。


「お話し中だったのではないですか?」


 あの方は宜しいのでしょうか? と尋ねましたが、むしろ逃げ出す口実が出来たのだと、わたしの腕を取ると早足で階段に向かいます。


「一体、どうされたのですか?」

「ナンパよナンパ! 全くこんなとこで何考えんだか……」


 どうやら殿方に誘われていた様でした。


「以前は学園内でよくありましたが、最近では珍しいですね」


 アリシアはその美貌と気安い性格から、学年を問わずよく声を掛けられていたものでしたが、今ではその破天荒な性格が有名になり、声を掛けてくる者はめっきり減っています。


「ところでアリシア、あの方にはちゃんと断ったのですか?」

「当然! 知らないヒトだったから、珍しく猫を被って丁寧に対応したわよ」

「しっかりと伝わっていないのではないですか?」

「なんで?」

「ほら、まだ着いてきているみたいですよ」


 驚いたアリシアと共に背後を向くと、巻毛の栗色の髪を揺らしながら、ここらでは珍しい褐色の肌をした青年が満面の笑みを浮かべてこちらに向かって来ています。

 

 足音がしたのもありましたが、イザベラから教えてもらいました。こういう時は便利ですね。


 わたし達にとって彼は明らかに不審者ですが、ここで走り出すのは場所柄や淑女としては出来ません。 なるべく早足で階段に向かうのでしたが所詮は女の足。加えてわたしの足の短さです。


「ヤァ! やっと追いついた。キミってケッコー足が速いんだね」


 その高貴そうな見た目に反し、軽薄な男に先回りされて捕まってしまいました。


「どちら様ですか?」


 わたしがアリシアの前に立ち睨み付けたのですが「キミこそなんなの?」邪魔だよと相手にされません。それどころか「子供はここに入っちゃいけませんよー」と馬鹿にされる始末。


 明らかに高位貴族の子女でしょうが、そんなことは気にしません。頭に来て、どうやって懲らしめてやろうか考えていると「アラーク!」叫びながら階段を降りてくる者の姿がありました。

 驚いて声のした方を見てみれば、グレイラットが慌てた様子でわたし達に向かって走っています。


「大丈夫ですか? 彼に何かされませんでしたか?」


 すぐ様わたしの前、即ちアリシアを庇う様に彼との間に滑り込みます。

 

「なんだいグレイ。別に何もしやしないよ。そんなに血相変えてどうしたんだい?」


 二人は旧知の仲の様ですね。おどける彼に対してグレイラットが睨み付けます。

 

「君が書庫に入る書類を取り寄せたと聞いたから、もしやと思って急いで来たんだ」

「なんだい何かすると思ったのかい? 侵害だなぁ。僕はただ、噂のアリシア嬢を一目見たくて来ただけだよ」


 気障ったらしく片目を瞑っています。


「どなたなのですか?」


 胡散臭そうな視線を彼から離さずグレイラットに尋ねましたが、グレイラットはいつも通りわたしの問い掛けに対し、わたしの頭越しにアリシアに向かって答えます。


「アリシア先生、ご迷惑をお掛けし大変申し訳御座いませんでした。彼は隣国からの留学生なのです」


 ……ふーん、そうですか……。


 ですがグレイラットと親しげにしている者が、ただの留学生などではないですよね。

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