其の44 納品
前回はハイディに急かされて稼働実験もしないままに実践投入してしまいましたが、今回は時間的な余裕もありますし、何よりも納品をする物ですからしっかりと確認作業を行います。
「では実験をしましょう」
今後のことを鑑み、今回魔力を込めるのはわたしではなくクラウディア一人に担当させました。
「……これまた随分と魔力を持っていかれますね……」
製作段階で自身も携わっていたことからも、その使用魔力量がわかるはずですから、普段魔力を込めることの少ない王子では嫌がるかと思いましたが、意外にも素直に従っています。
自分の魔力で動く所を見たいのだと殊勝なことをいっていますが、結果として魔力を込め終わるのに三日を要しました。
……どうです? わたしの苦労がわかりましたか?
その間、わたしとアリシアはゆっくりと術具の最終確認をし、タレスとナイディックには適当な実験対象物を用意してもらいました。
「それが、これですか?」
この残魔術具は、その対象物が浴びた魔力の魔素を増幅させて、その時その場所の場面を写し出す物になりますので、定期的に極端な魔力を浴びていた物の方がその結果を反映させやすいのですが、彼等が選んで持ってきた物は一冊の本でした。
「はい。これは我が家に伝わる聖典になります。お祈りをする際には必ずこれを目の前に置いて行いますので、適当な物になるかと思いまして」
確かに祈る際には魔力を放出していますから状況的にも適していますし、それにこの術具に収められる物の大きさも限られていますので、適当な品には違いないのでしょうが、またしても本です。そして写し出される場面もおおよそ予想がつき、わたしとアリシアはあまり乗り気ではありませんでしたが、二人から「是非これを!」と進められれば断る理由はありません。
「ではやってみますか……」
これは稼働実験ですが、三人に操作を覚えさせる目的でもありますので、アリシアと共に見守る中、三人に操作を任せます。
『あ! 見えてきました!』
表示されている箇所を見ると指定している時期は数年程前です。どうやら慎重に確認しているのでしょう。いきなり最大限の昔にまでは飛ばさなかった様です。
三人が食い入る様に写出板に向かう中、わたしもアリシアに抱えてもらい覗き込みます。
「どれどれ……」
わたしの時とは異なり、写出板は青い魔力で満たされていましたが、写し出された画像は数年前でも不鮮明です。しかしよく見れば熱心に祈っている様な数人の姿らしき者が確認出来ました。
「……これとこれはわたしの両親でしょうか?……それならば隣にいるのはわたしやその兄妹達でしょうね……」
「ナイディックのご両親とは面識がありますが、これでは顔の判別がつきませんよ」
タレスが目を細めながら首を傾げています。
「ミリセント先生、これは失敗ではありませんか?」
「いえ。術具の動作自体に問題はありません。あまり鮮明でないのは調整の問題と、その時付着しているの魔素の量が少ないことと、後は出力の元となった魔力の質ですかね」
三人に変わりわたしとアリシアで計器を弄り、その場面を再度調整して出力させると、先程とは些かましになり顔の判別くらいは出来る様になりました。
「どうですか?」
「なるほど、さすがアリシア先生ですね」
「精進します!」
……クラウディア、ナイディック、わたしの名前が入っていませんよ?
少々カチンときたからではありませんが、術具の精度を確認するために「では、前回作った物同様、遜色がなく出来ているか再度確認作業に入りますね」徐に術具を停止させるとクラウディアが込めた魔石を取り外します。
「え? 一体、どうされるのですか?」
驚いたクラウディアが訝しげな視線を投げてきましたが、それを無視して手を動かし続けます。
「予備の魔石にわたしの魔力を込めて、同じ時期を写し出し再度確認をしてみましょう」
……大人気ないとは思いますが、わたしの魔力を見せ付けてやりますよ!
そんなことをする必要がないでしょう、といった目付きのクラウディアに、また時間が掛かるとぼやくナイディックを無視して、アリシアがほくそ笑み、タレスが慌てている中、サッサと魔力を込め終わると術具に装填して起動させました。
「どうです?」
写出する時期がそう離れていないこともあり、先程と同じ時期ですが前とは比べ物にならない程見事鮮明に映し出されました。画面が桃色なのはご愛嬌です。
「はぁ……使用者の魔力でこうも変わる物なのですね。素晴らしいです!」
……タレス、素直な良い子ですね。
それを見て驚いたクラウディアとナイディックは、思わずアリシアに振り向きます。
『先生! これは一体どういったことなのですか⁉︎』
「そうですね、人によって魔力の質は異なりますし、何よりクラウディアは数日に渡って魔石に魔力を込めましたよね? 人は一日も経てば多少の魔力の変化があるものです。不鮮明だったのはそれらが原因でしょう」
「そ、そうなのですか……」
クラウディアが明らかに肩を落としてガックリしています。自身の魔力に自信があったのでしょうか。残念でしたね。若い内に世の中の広さを知れたことを良かったのだと喜びましょう。
項垂れているクラウディアは放っておき、わたしの魔力のままナイディックとタレスに操作させると、今度は数年刻みで可能な限りの過去までの映像を写出させましたが、予想通り見えてきたのはそこにいる人物が変わっただけで、あまり変わり映えのしない光景でした。ともかくこれで実験は完了です。
「一先ず問題はなさそうですね。ではこの術具の鍵をお二人に渡して、この部屋の鍵をタレスに渡せば、納品は完了で宜しいでしょうか?」
わたしの促しに、クラウディアが差し出した書類を受け取ると、アリシアとわたしが署名をします。これで王命である術具を納め終わりました。後は知りません。好きに使って下さい。
……さ! 後はわたし達の研究ですよ!
これで面倒事から解放されたと思ったのですが、まだ終わっていませんでした。
「書類の提出に、わたし達が王城まで行く必要があるのですか?」
ここで、はいさようなら、という訳にはいきませんでした。
クラウディアに渡された書類は術具の納品書になりますが、わたし達が直に提出する必要があるのだといわれてしまいます。
「これは我々が鍵を受け取ったという書類になります。これと一緒に然るべき所に提出をお願い致します」
そんな面倒なこと、王子であるクラウディアが代わりにやってくれればよいのにとも思いましたが、王命に併せてかなりの金額が動いているため、責任者であるわたし達がやらなければいけないことなのだそうです。
杓子定規なお役所仕事は今に始まった訳ではありません。
諦めて提出に向かうことにしますが「どうせなら、その際に研究施設の書庫に入れる様、その書類も用意しておいて下さい」クラウディアに用事を頼みます。勿論わたしがいっても良い顔をされませんから、アリシアからお願いさせると「はい! 明日までに必ず!」二つ返事で了承しました。この期間で貴方達は随分と師弟の絆が深まりましたね。良いことです。
面倒事はサッサと終わらせるに限りますので、書庫へ行く前に先に書類の提出に向かったのですが、これが思った以上に面倒でした。
「この書類に署名をしたらあちらの窓口に提出して下さい。予算関係は下の階になり……」
方々の窓口をたらい回しにされ、やっと終わったと思ったら「受領しました」と一言だけで労いの言葉一つありませんでした。「こーいったのは、どこの世界も一緒だねー」とアリシアは笑っていますが、わたしは笑う気力もありません。これを体験すると無茶振りを通せるハイディの凄さがわかりました。あんな言動でもお偉いさんなのですね。
……カスパー先生も頑張って下さいね!
心の中で声援を送り終えると頭を切り替えましたが、次にやることを考えると思わず頬が緩んできます。アリシアが呆れた顔で見ていますが気にしません。何せこれで念願の研究施設の書庫に入れるのですから!
……待ってて下さいね! 絶対に探し出しますよ!




