其の43 残留魔素解析写出術具、再び
グレイラットは当然としても、他の二人にもこの封書の中身について知っているかと尋ねたところ、共に詳細までは知らないものの残魔術具作成の命を受けてこの場にいるとのことでした。
そうなると、後はこの場に於いて事情を知らない者はアリシアのみ。
三人には楽にしていてもらい、アリシアに封書の件を伝えます。
「……そんな訳でして、再度残魔術具を作成することとなりました。更に極秘裏にです」
「はぁー……なんかメンドーなことになってるねぇ……」
「そうですね。色々と指定も多く面倒極まりないですが王命です。拒否することは出来ません」
「しゃーない、やるかー。でもアレ作るには人手が必要よ? この子達とアタシ達じゃとても納期に間に合いそうにないけど、どうする?」
「それでしたら問題ありません。細かな所は他言無用となっていますが、術具製作自体に関しては前回製作に携わった者であれば使って構わないと書いてありました」
「最後の調整とかをアタシ達だけでやればいいってこと?」
「そうですね。それと追加の機能などですか」
「ヨシわかった! サッサと終わらせてアタシ達の研究時間を確保しよー!」
アリシアは話し合いが終わると「センセーモードにチェンジ!」などと相変わらずなおかしなことを叫ぶと真面目な顔つきに変わり、三人に向かいます。
「では皆さん。早速件の術具製作に入りますが、些か変更箇所がありますので、再度わたくし達が図面を書き上げるまでの間、各々やってもらうことがあります」
先ずは王命といえども予算の確保が必要です。魔工学の講義だけで立て替えるのは難しい金額になりますからね。
これはタレスが担当するそうで「そのためにここにいます」胸を叩いています。なんとも頼もしいことですね。流石内政の家系。是非ともガッツリお願いします。
大まかな予算案を書いた紙を渡し出かけてもらいました。
「次に人員の確保ですが……グレイラット、ここに書いてある者を明日から二月程の間確保しておいて下さい」
アリシアから紙を受け取るも「わたしがやるのですか……」と不満そうにしていましたので「当然です。貴方のお父さまの件ですからね。権力を行使してでも確保をお願い致します」と優しく微笑みながら頼んだところ顔を硬らせてしまいました。
……乙女の顔を見てその反応は失礼ではないでしょうか? それに仮にも王族でしたら、いついかなる時も悠然としていなければいけませんよ。
いくら貴族子女といえど、わたしに王族の威光は効きませんよ。むしろアンナの件がありますから煙たく思っているのですから。
「この件で、お三方のことは馬車馬の様にこき使って構わないと、書面にありましたよ?」
「そこまでは書いてないと存じますが……」
彼はアリシアに救いの目を向けましたが、彼女はただニコリと微笑み返すだけでした。
……アリシアも似た様なものですよ。残念でしたね。
鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていましたが、結局は渋々と部屋を出ていきます。
さて、わたしは立っている者は親でも使う主義ですから、例えそれがどんな者であろうとも遊んでいる人員は許せません。
「ナイディックは何か得意なものは御座いますか?」
「魔法はあまり得意としていませんが、手先は器用な方だと思います。そのためここに選出されました。お申し付け下さればいかようにも」
真摯に答える姿はよいのですが、わたしが問い掛けたのに対してアリシアに返答するのは如何なものかと思いますよ。まぁ些細なことです。気にしないことにしましょう。彼のことはアリシアに任せました。精々こき使って下さい。やることは沢山あるのです。
どうせ役には立たないと思っていた三人でしたが、いざ蓋を開けてみればなんとも中々頑張っています。
ナイディックは宣言通り手先が器用で、アリシアに付き従い狭い所の面倒な作業もこなしています。
「ナイディック、そこにコレを嵌めて……そうそう上手ですね」
「有難う存じます!」
……アリシアにベッタリなのが気になりますが……。
「グレイラット、この魔石にこの術式を書き込んでおきなさい」
「わかりました」
どうせ王子なんておぼっちゃまは、こんな泥臭い作業は手を出さずに側にいて見ているだけでしょうと思っていましたが、意外にも自ら進んで作業に挑んでいます。
魔法が得意でしたので魔石に術式を込める作業をさせていますが、これが案外楽しいらしく、額に汗しながら没頭しています。
……彼はもしかして、本当にこの道へ進みたいのでしょうかね?
「ミリセント先生、頼まれた部材をお持ち致しました」
「有難う存じます。そこに置いておいて下さい」
「はい!」
タレスは別に器用な訳でも魔法が得意でも有りませんでしたが、自ら雑用を買って出てくれていて、その持ち前の機転の良さも併せてみんなから重宝されています。本当にこれには大変助かりました。何せ今回秘匿性の為、余計な人員が使えませんし、講義棟の最上階である三階全てを使って製作しているのですが、そうなると部材の搬入だけでも一苦労。男手は幾つあっても足りません。
「疲れたら休んで下さいね」
「だ、大丈夫です!」
……別にそんなに怖がらなくても、とって食いやしませんよ。
そんな彼等の活躍と、教師・先輩方の奉仕のお陰で、予定よりも早く一月足らずで完成の目処が立ちました。
……さて、残りの作業はわたし達だけでやりますよ。みなさん、もうひと頑張りです!
わたしとアリシア、二学年の三人とで残りの作業をしているのですが、かねがね不思議に思っていたことがあり、この場で三人に向けて質問してみました。
「何故ここまで秘密裏に行う作業なのに、王立の研究所でそこの職員にやらせず、わざわざ学園の者を使うのでしょうね?」
グレイラットは苦笑いをするだけで何も言わず、ナイディックは不思議そうな顔をしていて、答えてくれたのはタレスでした。
「既に試みはしたものの、ダメだったのですよ」
前回の制作時の図面等や残骸は残っていたので、製作に携わっていたカスパーを中心に組み上げてはみたものの、どうしても正確に稼働するには至らなかったのだと。
……あぁ、あの時は突貫で作りましたから、書面に残していない所も幾つかありましたからね……。
それで成功例のあるわたし達にお鉢が回って来たということらしいのですが、しかし今考えれば、よくもまぁあれでちゃんと動いたものです。かなり無茶な工程で組み上げましたから。だから結局すぐに壊れてしまったのでしょうが。
「そのダメだった時の様子について、詳しいことは聞いていますか?」
「なんでも、写出の段階で躓いていたそうです」
……あぁ、きっと同じ者の魔力を使っていなかったのでしょうね。
魔力を動力にして増幅し写出する物になりますから、主要な箇所の魔力は均一化されていないといけません。ただそのことは仕様書にも残していました。しかしその魔力を一人で込めるのは大変なのです。現実的ではありません。わたしでさえ苦労しましたから、一人で全てを賄うなんてことはしなかったのでしょう。
……だとすると、これが完成しても稼働させる度にわたしが呼ばれるのでしょうか?
そんな面倒なことは勘弁です。他の手を考えましょう。
わたしと一緒に話しを聞いていたアリシアに向かいました。
「例の鉱物魔石の改良に着手してみませんか?」
無駄な出力を抑えられれば、少ない魔力でも可能です。研究時間に余裕がなくて放置されていた件ですが、今こそ進めるべきではないでしょうか。
「さすがに今からでは難しいですね。ただ魔力量の問題であれば、魔石をカートリッジ式にして付け替えることで、事前に同一人物の魔力を予め必要分貯められる様にして、またその間放出してしまう分を計算の上、余裕を持った設計にしてみましょうか。それならば今からても設計変更が可能です」
「それは良い考えですね。予算はありますから予備の魔石も作りましょうか」
「ではその方針でいきましょう」
わたしとアリシアのやり取りをタレスが見ていて「普段から、その場での仕様変更は多いのでしょうか?」と不思議そうな顔で聞いてきました。
「そうですね。概ねこの様なものです」
「良い案が浮かんだ場合は、そちらに優先されます」
「そうでしたか……」
だから前回は上手くいかなかったのですね。と納得した様子です。
そして今回の要望の一つにもこの件について書かれていました。
『製作者以外でも稼働出来る様に』
これに二学年の三人が含まれるのかはわかりませんが、彼等に操作を教え込む予定です。
今回王命の案件になりますから、何の目的で使用するのかなんて知りたくもありません。わたしは作るだけ。操作出来る者の中に王子がいれば問題ないでしょう。
「後は使用者の制限をかける必要がある様ですね」
これは造作もありません。物理的に鍵をつけましょう。念のため、鍵は二つなければ稼働しない様にしておきましたが、これはグレイラットからの申し出です。
「わたしとナイディックが責任持って預かります」
……王族と教が揃わないと稼働出来ないということですか。
益々きな臭く感じてきました。これはサッサと完成させて一行も早く納めた方が良さそうですね。




