其の42 学生教師誕生
「初めまして。わたくしはアリシアと申します。見ての通り貴方方と同じくまだ学園生の身になりますが、既にこの講義において履修が済んでおります。そのため現状での教師不足に鑑み、若輩者ながら教鞭を取らせて頂く次第です。こちらにいる彼女ミリセントと共に貴方方の班の担当です。どうぞよろしく」
普段の言動とは全く異なる教師然とした悠然な態度のアリシアを見て、思わずため息が漏れます。
……やれば出来るじゃないですか……。
少しばかり考え方を改めてあげましょう。
教師役を仰せつかった時「アタシ、キョーショクも取っていたから任せて!」と何やらいつもの訳の分からぬことをいっていましたが、妙に自信ありげでしたし、歳下相手ですから多少失敗した所で問題もないでしょう。などと少々不安ながらも挨拶を任せたのですが、正直ここまでやれるとは驚きを隠せません。この変わり様は一体なんなのでしょう? 貴女、本当にアリシアですか?
しかしそれ以上に二学年生の顔ぶれに驚かされています。
魔工学の講義は、通常二人ないし三人の班に対して一人の教師が着くのですが、わたし達に課せられたのは三人組の班になります。二人で担当させるのはまだ半人前だからでしょうか。事前に「こ奴らはお前達の方が適任じゃろう」と名前だけ書かれた資料を渡すと、すぐさまカスパーは「よろしく!」と目の前から去って行ったことについて、もう少し警戒心を持っていればよかったです。
……これはどう考えても押し付けられましたね……。
カスパー以下、魔工学の教師達の爵位はそう高くはありません。ですからこの者達を受け持ちたくないのも当然でしょう。ですがわたしだって男爵家の子女ですよ? 一体どういうつもりなのでしょうかね。
心の中でカスパーに対して恨み言を言いつつ、先程のやり取りを思い出していました。
「では一人一人自己紹介をお願いします」
わたし達の挨拶が終わると生徒たちの番です。アリシアに促され端から順に立ち上がります。
まず初めは金髪碧眼の明らかに育ちの良さそうな青年でした。
「グレイラット・アグナル・ラミと申します。この場では一生徒になりますので、どうぞグレイラットとお呼び下さい」
……あぁ、彼が噂の第五王子ですね。
お目付役であろう点以外にも要注意人物であると頭に刻みました。
彼は王族にも関わらず、わたし達に向けて丁寧なお辞儀をすると席に着きました。
「タレス・クレインです。姉がお世話になりました。わたしのこともよろしくお願い致します」
……うわ……やはりマダリンの弟ですよね……ある程度は予想はしていましたけども来てしまいましたか……ですがここは魔工学ですよ? こんな所に来ても宜しいのですか?
流石に姉と同じ髪型ではありませんが、姉と同じ金の髪色で少し波がかっています。そのクリッとした緑色の目は、腹に一物がありそうな姉とは違い明るく純真そう見えますが、その見た目で騙されてはいけないでしょう。姉と同じく癖のある人物かもしれません。
警戒しつつ次の者に視線を移します。
「ナイディック・ブレンダです。よろしくお願い致します」
やっと普通の子が来たと内心喜んだのですが、その大人しそうな彼を見ながら暫し考え込んでしまいました。
……その苗字には聞き覚えがある様な……それにあの黒みがかった灰色の髪……どこかでお会いしましたか?
するとアリシアが、そっと自分の分の資料を渡してくれたのでそれを見ると、そこには注意書きで「教 青藍寮 ベス 弟」と書かれていました。
───結局みんな要注意人物じゃないですか!
嫌な予感どころか面倒事が起こるのが確定した瞬間でした。
しかしいくら文句を言いたくてもこの場にカスパーはいません。諦めて講義を開始します。
「今講義は一年を通して研究を行い、わたくし共がそれを手助けすることになります。貴方方は既に課題を決めていらっしゃいますか? 特になければわたくし共に相談をして下さい」
わたしとアリシアはやりたいことが初めからありましたので、二学年で専門課程に入ると直ぐに制作へ入りましたが、話によると卒業された先輩方はこの時点ではまだ何も決まっておらず、教師と相談して決めたのだそうです。
「特になければ、わたし達が今年研究する予定の術具作成にお手伝い頂き、その結果を成果とすることも可能ですよ」
むしろそれが願ったりなのです。
表も裏も研究がありますから、面倒な指導は避けておきたいのが本音です。
……ただでさえ、ここにいる面子は要注意人物ばかりですからね。
流石に裏の研究の手伝いはさせられませんが、表のデンワでしたら大丈夫でしょう。みなそれぞれ含みのある者達ですが、ここの講義に来るくらいですから二学年といえどもそれなりに下地は出来ているはずです。後程先輩方の応援もありますし、サッサと終わらせてしまいましょう。裏の研究に着手する時間がりません。アレは魔法陣の改良に手間取りそうですからね。研究施設の書庫に何か手掛かりがあれば良いのですが……。
そんなことを考えながら、どうやって誘導するか彼等の発言を待っていると「先生方、こちらをご確認頂けますか?」第五王子ことグレイラットが封書を渡してきました。
それをアリシアが受け取ると一瞥しただけでわたしに渡しました。面倒なことはすぐにわたしに回すのはいつものことですから、やれやれと思いながら受け取ったのですが、その封蝋の印璽を見て目を剥き、すぐ様アリシアを睨むのでしたが既に顔を背けられています。
……わかった上でわたしに渡しましたね!
それはホルデの詰め込み教育がなくても一目でわかりました。しかし正確さを求めるためにも一応アンナに訪ねましょう。
(……これって……)
(あぁ、ワシの頃とは変わっとるが、間違いなく王家の紋じゃな。お主にいわれとるからちゃんと覚えておるぞ)
(ですよね……)
グレイラットが渡してきたことからも容易に想像が出来きました。
覚悟を決めて封蝋を弾くと中の手紙を読みます。しかし早速序文で頭が痛くなり続きを読む気が失せました。
「これを読む者に告げる。今、其方の周りにいる者以外には他言無用なり。これは王命である」
このまま破り捨てたい気持ちを抑え込み、頑張って続きを読みます。
内容は残留魔素解析写出術具を新たに作れとの命令でした。しかも極秘にとのことです。そしてこの二学年の三人はみな関係者なのだと書かれていました。
……お目付役がグレイラットさまだけでなく全員でしたか……。
なんとも勝手ですが裏切られた気持ちになりました。
……しかし王子さまはわかりますが、他のお二人は何故?
色々と疑問に思いながらも嫌々続きを読むと、前回作った物と全く同じ物ではなく追加の機能を要求されていたり、作業場の指定やら何やらが細かく記載され、更に頭が痛くなりました。
……まぁ王命ですから、やれといわれれば拒否することは出来ませんか……。
ならばせめてここに書かれていることを拡大解釈し、最大限に利用してサッサと終わらせることしましょう。
そうと決めれば開いていた紙を閉じて封書に戻すと、早速取り掛かります。
「グレイラット、拝見致しました。これによるとお三方は、身分の関係なくわたし達の手足となり励め。と書いてあります。こちらもそのつもりで指導致しますよ」
そういって三人を見渡すと、グレイラットとナイディックは今一状況を理解出来ていないらしく不思議そうな顔をしていましたが、クレスだけは青い顔になってしまいました。恐らく姉から何か吹き込まれたのでしょう。失礼しちゃいますね。




