其の41 三学年目の魔工学講義
魔工学の講義室は講義棟の一階部分半分程を使用しています。また最奥にあるのは実験中の被害を考えてなのですが、袋小路になっているのでこれでは中にいる者の退避経路は考えられていないと思います。
他の講義室に比べて倍以上を占有しているため、たまによその者から「あそこは人が少ない癖に……」と文句を言われることもしばしば。しかし必要な機材や出来上がった物も小さな物とは限りませんから、少人数といえどこれでも手狭なのです。
「それにしても今日の講義棟はヤケに静かではないですか?」
「ホントホント。途中通ったクラスも、上の階からも人の気配がないよねー?」
魔工学に限らず、今日から全ての講義が開始されます。
不思議に思いながらアリシアと共に講義室に着くと「えっ⁉︎」ここだけは人で溢れていました。
思わずアリシアと顔を見合わせると、慌てて人混みをかき分け室内に入り、知っている顔を探します。
「カスパー先生ー! これは一体何事ですか?」
「おぉ、ミリセントにアリシア。久しぶりじゃの。早速で悪いが捌くのを手伝っておくれ」
聞けばこの室内から溢れている人だかりは、今年度の履修予定の二学年生だということです。
「なんでまたこんなにいるのですか?」
昨年末、講義全体で優秀者を輩出したのと、最近の研究結果を見て希望者が殺到。予想だにしない人気の講義になっていました。
そして従来ですと下級貴族子女ばかりの講義でしたが、今年はなんと上級貴族の子女達までいるらしく、更には王室案件絡みになっているとのことで「ほれ、あそこにおられるのは第五王子になるぞ」粗相のないようにとのことでした。昨年色々とやらかしていますからお目付役なのでしょうか。
大変そうにしているカスパーでしたが、嬉しそうな顔になっているのを見て、わたしも少し嬉しい気持ちになりお手伝いを頑張る気になりました。アリシアと共に奮闘します。
しかしいくらわたし達が頑張った所でたかが知れています。捌くのにも限界があり既に色々な面で許容量を超えてしまっていました。
「この場で人数を絞るおつもりですか? 流石に講義室に入り切りませんよ? 選定基準は如何致しましょう」
「それがのぉ……」
色々と思惑が絡んでいるため、一先ずここにいる全員を履修させる必要があるのだそうです。そのため魔工学の講義室自体を広げてしまうのだと、とんでもないことをいい出しました。
「ほれ、新しい建物が立っとったじゃろ?」
「えっ? あそこに移るのですか?」
わざわざ新たに建物を建設してしまったのかと驚いたのと同時に、新築の建物に入れることに喜んでいたのですが「いやいや、他の講義がそちらに移り、我々はこの棟全てを使うのだ」とのことでした。
……少々残念ですが、機材等の移動も大変ですから致し方ありませんね。ですがこの人数を収容してもなお作業場の確保が出来そうです。
これは研究が捗ると良い方に捉えることにしました。
わたし達が休みの間に教師達の間では既に話しは済んでいたため、みな忙しそうにはしていますが大きな混乱もなくテキパキと人を捌いていきます。
しかしこの調子では当分自分達の研究どころではなさそうだとも思いながらも、後で待ったがかかる前に、早めに今年の研究項目をカスパーに申告をするべく声を掛けるのでしたが「それなんじゃが……」詳しくは後で話すからと、目を逸らされてそのまま逃げられてしまいました。
……嫌な予感がしますね……。
「あー、これだけの人数となると一纏めでの対応が出来ん。班ごとに分けるので、先程渡した書面を確認し、各自記載のある教室へ移動する様に」
カスパーの号令の元、教師達も含めみんなが移動します。しかしわたしとアリシアに書類は渡されていません。
「ミリセントとアリシアはこっちに来ておくれ」
先輩方が卒業した今、三学年はわたしとアリシアだけです。更に二人とも既に履修は済んでいます。その為他の教師達に混じり、二学年の指導をしろとのお達しがありました。
「え〜、それじゃ研究出来ないじゃん」
「そうですよ。それにわたし達はまだ一応学生の身分ですよ?」
「いやいや、ちゃんと研究する時間はあるぞ。ほれ、二学年を助手にすれば良かろう。それにその分の手当ても出すし、研究費も去年とは比べ物にならんから好きな研究が出来るぞ」
人が増えたことですから講義に割り当てられる費用が多くなるのは当然です。他の講義に文句は言わせません。それに指導分の手当てが貰えるのは有り難いことですが、手間が増えるのは勘弁願いたく思います。
黙ってカスパーを見つめていると、その目は泳いでいる様に見えました。これはまだ何か隠していることがありそうですね。
「なら、わたし達は自分達の研究をしつつ、二学年の一つの班を指導するだけで宜しいのですね? 再度確認致しますが、それだけしかやりませんよ?」
「……い、いや……もう少し手伝って欲しいんじゃが……」
今いる教師だけでは手が回らず王立の研究施設からも指導員が派遣されてくるそうですが、それでもまだ人手が足りないそうです。
「なのでお前達には、一学年の講義を頼みたい……」
「えーそんなめんどくさいのイヤー」
即座にアリシアが否定し、カスパーが困った顔になってしまいました。当然ですね。わたしも嫌です。
確かに何も知らない一学年の相手をするのと、ある程度の基礎が済んでいる二学年とは違います。ならばまだ学生であるわたし達の方が適任なのかも知れませんが、それではわたし達が損をするだけです。ならば……。
「では、交換条件を付けましょう」
「え?」
明らかに嫌そうな顔になりましたが気にしません。
「まず、わたし達に王立の研究施設にある書庫に入れる権利を下さい」
「ん? ……むぅ……」
考え込んでしまいました。
「えー、それってミリーだけメリットがあるやつじゃん」
アリシアが不満そうにしていますがそれは想定内。「アリシア……」しゃがんでもらうとそっと耳打ちをしました。
「……いいですか? 例の裏の研究である状態保存の魔術ですが、このままですと昨年の王室案件がありますので許可が出にくいと思うのですよ。ですが研究施設の書庫に同じ物の記載を見つけさえすれば、そこで知ったということに出来て研究自体は問題なく行えるかと……」
「そっか! ならオッケー!」
アリシアの承諾を得た今、後はカスパーに首を振らせるだけです。
「わたしは構いませんが、もしその書庫に入れませんと、また何か面倒な研究をしてしまうかも知れませんよ? これ以上はカスパー先生のお手を煩わせるのは心苦しいのですけれども……」
「……わかった。なんとかしよう……」
苦渋の顔付きになりながらも了承をしてもらいました。
……ご老体に鞭を打つ真似はしたくはありませんが、お互いの利益のためです。頑張って下さいね!
「それともう一つ」
「まだあるのか?」
「こちらはそう難しいことではありませんよ」
表の研究には、アリシア曰く金属の加工が必要になる過程が幾つか出てくるそうなのですが、正直わたし達はそれを苦手としています。二学年生の中に得意とする者がいるとも限りません。ならば確実な人手を今の内に確保しておきます。
「先輩方なのですが、今年から王立の研究施設にお勤めでも、まだ入ったばかりですから手が空いていますよね? お手伝い要員として呼ぶ許可を下さいませ」
「それだったら構わんぞ」
思った通り、まだ重要な研究には着手していない様子で、他の応援要員に併せて出向させるのは難しくないとのことです。ついでに教師の仕事も押し付ければ一石二鳥ですね。
「では、アリシア共々拝命いたします。あ、お忙しそうですから、今年度の研究につきましては後程書面にてお渡し致します。……快く快諾してくれることを願っております」
「……あまり心労と金の負担にならんやつにしておくれよ……」
なんともいえない渋い表情をする彼を見つめながら、満面の笑みで応えます。
「至極普通の研究ですよ」
「……どうだか……」
……失礼しちゃいますね。




