其の40 三学年の始まり
寮に戻ったわたしはアリシアに荷物を頼むと、早速恒例となっている休み明けの作業に入ります。
「久しぶり! 元気だったかい?」
「待ってたよ! 早速だけどよろしくね!」
先ずは自室に上がる前に食堂へと赴き魔力の供給をします。
当然ながら休みの間は供給していませんのでどんと吸われていきました。
「こんなもので宜しいでしょうか?」
「ありがとうね! 今年もよろしく!」
お礼にお菓子を頂き、次は戻って自室とレイの部屋の供給をしなければいけませんねと思っていたら「少々よろしいですか?」その途中で寮監であるデリアに捕まりました。
「……わたしは構いませんが、宜しいのですか?」
「今更ですよ。それに初日で私も辛いのです」
「わかりました……」
その後で寮監室の魔力を込め、最上階の自室目指して階段を上っていると各階で捕まり「ミリー、お願い出来る?」「あ! わたしのとこも!」結局自室に戻る前に他の部屋に寄っては魔力を込めていきました。「ありがと! これお礼のお土産!」部屋に戻る頃には抱えきれない程のお礼の品で一杯です。
……確かに、これでは殆どわたしの魔力でこの寮は稼働していますね……。
一旦荷物を片付けると、また一階の食堂に戻ります。
去年と同じく既に寮のみんなが食堂に集合していました。
「みんなー揃ってるー? 元気してたー? 今年で最後になるけど、一年間よろしくねー‼︎」
アリシアの開会宣言の元、各自が持ち寄った郷里のお土産などが広げられ宴会が始まりました。
この時ばかりはお酒が出ても寮監は見ないふり。それどころか一緒に騒いでいます。「さぁ、お食べ!」食堂からもご馳走が振る舞われ、厨房のみんなも出てきて寮内上げての大騒ぎ。
「ミリー久しぶり! 休み中大変だったみたいじゃない?」
「クレイン公爵家のマダリン嬢との件は聞いておりますよ」
早速マリーとツィスカに絡まれました。
「耳が速いですね」
「商人にとって、情報は命だからね!」
それにしてもそんなことまで知っているとは驚きです、大したことはありませんでしたよ。大袈裟です。と笑い飛ばすもマリーは首を横に振ります。
「そうでもないわよ。今ミリーが注目されてるのも、そのせいよ」
「え?」
「アリシアから、ミリセントが気にしてるので調べて欲しいと頼まれましたの」
驚いてアリシアを探すと、目が合った彼女は盃をかざしながらこちらに片目を瞑ってみせています。
「新しく入ってきた者達はアリシアと貴女の区別があまりついていない様ですが、去年からいる者達はちゃんとわかっています。あの騒動についてはみなさん概ね知っていると思っておいた方がよいですよ」
「貴族間の噂は速いのよ。ここのみんなも知ってるんじゃない?」
突然マリーが立ち上がると叫び出しました。
「ねーみんなー! 休み中のミリーの活躍って、知ってるー?」
すると方々から「あの上級貴族達を凹ました話し?」「知ってる知ってる!」「さすが我らのミリー!」「胸がスカッとしたわ!」「相変わらずちっさいのに凄いよねー」などといった声が上がってきました。
みんなが知っていることに驚きました。しかし一部聞き捨てならない台詞も混ざっています。後で誰がいったか探す必要がありますね。
そのまま話しを聞いていますと、その情報の不確定さに頭が痛くなってしまいました。
「ミリーがアリーやレイをけしかけて、生意気な上流貴族達を懲らしめたんでしょ?」
「え? わたしはミリーがまた怪しげな術具を使って、会場中を大混乱に陥れたって聞いたけど?」
「ミリーが上級貴族に襲われて大怪我したのを、アリー達が助けたんじゃなかったっけ? あら、そういえばミリー、元気にしてるわね? お久しぶり!」
見事に情報が錯綜しています。
「……マリー……」
「え? あたしは知らないよ? あたし達が聞いた話しだと、会場で眼鏡を壊されたミリーが怒って周りを睨み付けたら、普段威張り散らしている上級の奴らが震え上がってたってことだけど、違ってる?」
……概ね内容はそれで間違っていませんが……しかしこの伝わり方は一体なんなのでしょう……。
「まぁ、噂話しなんていい加減なものよ」
「人の噂も七十五日です。その内大人しくなるでしょう。今は諦めて下さい」
「……そうですか……」
願わくは新入生達にまで噂が広がっていないことを望みます。そして少しでも怖がられない様、優しい先輩でいなければと心に決めた次第です。
さて、明日から講義が開始しますが、始まる前に決めておかねばならないことがあります。
「例の状態固定術式の応用については、色々と物議を醸しそうですから秘密裏に進めることにして、折を見てわたしがカスパー先生に相談してみます。それで表の研究は如何致しましょう?」
「それなんだけどね、電話ってあるじゃない?」
「……デンワ……ですか? アリシア、貴女の悪い癖ですよ。こちらの言葉に直して下さい」
アリシアの口から知らない単語が出てくるのはもう慣れました。また以前の知識なのでしょう。
「ゴメンゴメン。え〜っと、音声通話送受信術具だっけ? アレのこと」
「俗に通話具といわれる物ですね」
音声通話送受信術具とは、離れた場所どうしを線で繋ぎ、片側で喋った声の振動を変換し魔力でもう一方に送り、再度変換して音声に変えることにより、遠方であってもあたかも側で話しているかの様に聞こえる術具になります。
便利ではありますが、各々の場所に線を引く必要があり費用が嵩むため限られた場所にしか置いてありません。学園や各寮、裕福なアリシアの家などにはありましたが、わたしの実家にはありませんでした。そもそも郷里にはその線自体が来ていません。
「それの改良でしょうか?」
かつては今よりも使用者は少なく、各場所に繋ぐのをその都度人が行っていたと聞きますが、今は交換術具が発明されており人力は不必要になっています。これ以上どう改良するつもりなのでしょう? 音声だけでなく映像も送るつもりでしょうか?
「ん〜それもいいんだけど……」
違いました。
「今の電話って、……あ、ゴメンゴメン」
「……もうそれで構いませんよ」
「で、それって有線じゃない? 電話を無線でやろうと思うの。便利そうでしょ?」
「まぁ……目星は悪くないのですが……」
そもそも音声通話送受信術具がそこまで普及していない理由には、割り当てられる番号の加入権が高かったり、線を引くのが大変だったりしますが、相互通話が出来なくとも、風魔法を使えば音声を相手に届けられるため、そこまで必要性がないというのもあります。
「それは知っているけど、ミリーみたく魔法が使えない人もいる訳じゃない?」
その様な者は周りで使える者に頼むのが一般的です。またそれが商売になっていたりもしています。
「それにさ、風魔法だってカンベキじゃないでしょ?」
風魔法で音声を届けられる距離は使用者の魔力に依存します。また精霊に嫌われている者相手に声は送れません。
……わたしの兄弟の中にも風魔法を使える者はいますが、王都まではとてもとても……。
久しく会えていない郷里の家族のことを思い出し、妙に物悲しくなってしまいました。
「でも術具だったら誰でも使えるわ!」
それを聞いただけでなんだかとても良い物に思えてきました。
「ふむ。そのデンワとやら、なんだか面白そうじゃないですか」
「フフフ、電話じゃないけどね。もうそれでいいや」
「王都にいながら郷里の家族と話すことが出来るだなんて、夢の様ですね!」
「それはさすがにすぐにはムリかな?」
「そうなのですか?」
わたしが明らかにガッカリした顔を見て、珍しく困った顔をしています。
「だってね、まずはカンタンな信号の送受信から始めないと。音声を載せられるのはその後よ」
彼女がかつていた世界では、その技術の方が有線での通話よりも先に出てきていたらしいのです。
「信号だけですと意味がありませんよ」
「そうでもないわよ? 短いのと長いの、いわゆるトン・ツーの二進だけでも送れると、事前に符号表を用意しておけばケッコー意思の疎通は出来るのものよ?」
「……本当ですか?」
「ホントホント!」
アリシアのホント! は今一不安がありその発言に信用性は欠けるのですが「まずはこの世界に電離層が有るかどうかの確認が必要よね……代わりに魔力層でもあるのかしら?」などとブツブツいいながら、珍しく真剣な顔付きで考え込んでいますので、少しは信用してあげましょう。
「明日の朝までにまとめ上げる必要がありますが、あまり夜更かしをせぬよう。わたしは先に寝ますよ」
夢中になっているアリシアには何をいっても無駄なのは分かっていますが一言注意し、わたしは先に就寝させてもらいました。




