其の39 三年目の学園
三学年になり、わたし達にとって最後の学園生活が始まりました。
まだ講義は始まりませんが、何かと準備があるため学園に戻っています。
「あら? 建物が一つ増えてやしませんか?」
「そーみたいね。休み中に建てたのかな?」
「生徒数が増えたのでしょうか?」
「ねー」
久々の学園はよく見ると色々と様変わりしていました。
園内で見られる顔ぶれも些か変わっています。毎年三分の一程が入れ替わるので当然なのですが。
「……しかし、どうもみなさんの視線が気になりますね……」
「そう?」
アリシアは以前からその美貌と言動でみんなの注目の的です。
二人でいるとよく周りの視線を感じていましたが、その視線はわたしの頭を通り越しアリシアに向けられていました。しかし今受けている視線はアリシアだけでなく、いやむしろもっと下、わたしに対しての視線を強く感じるのです。これはなんとも居心地が悪いですね。
「わたしの恰好がおかしいとかありますか?」
「そう? いつもと同じだよ? そんなことよりさ、今年は何作る?」
「そうですね。如何いたしましょう」
……アリシアに尋ねたわたしが悪かったです。後でレイにでも確認して頂きましょう。
わたし達は既に二学年で魔工学の優秀者をとっているため、履修は済んでいるといっても過言ではありません。そのためアリシアはてっきり他の講義を選択するのものかと思っていましたが、今年も魔工学の講義を専門にやる様子です。もちろんわたしもはなからやるつもりでしたが。
「でね、ミリーのそのメガネ、状態保存の魔法成功したでしょ?」
「そうですね。一応半分は成功といった所でしょうか……」
修理から戻って来ると早速例の状態保存の魔法を掛けたのですが、そこで問題が二つ程起こりました。
「しまった! これでは眼鏡が畳めません!」
一つ目は当たり前なのですが、眼鏡のツルが稼働しなくなってしまいました。
しかしこれは予想出来る範囲で、普段は常に掛けっぱなしですし、例えその辺りに置きっぱなしにしていても不慮の事故で壊れる心配がありませんから、これについては問題はないのですが、もう一つ目が問題でした。
「……ねぇミリー、これってスっごく魔力が吸われない?」
わたしの眼鏡を摘んでアリシアが怖がっています。
「あー、この魔術は結構な魔力を消費するのですよね」
オババが革の塊に魔術を施した際には、魔力の消費を抑えるか、効率を良くする魔術も一緒に掛けていたのかもしれません。それを後から掛けたのか、それともそれを施した陣が塊の中に仕舞ってあるのかはわかりませんが、以前見た通りの魔法陣をそのまま用いると、例の革の塊よりも結構な魔力を消費してしまうのでした。
「こんなの掛けて、大丈夫なの?」
「確かに常に吸われていきますが、わたしにとってこれ位でしたら問題ありませんよ?」
「こんなのアタシががかけたらスグ倒れちゃう!」
アリシアが「こんなのもはや呪いの術具!」と放り出した物を「どれどれ……」興味深げに見ていたレニーとホルデがその眼鏡に触れましたが、共に「むぅ……これを掛けているには一、ニ刻が限界かな……」とのことでした。普通の人にkの眼鏡の常用は厳しい様子です。
状態を維持出来るのです。とても便利そうな魔術だと思いましたが、ここまで効率が悪いとなると、今や忘れられた魔術である理由もわかります。全く実用的ではありません。それと同時に古の魔術の偉大さも痛感した結果となりました。
「でね、アレを応用しようかと思うのよね」
「といわれますと、俗に『留めおく箱の術具』という物ですか?」
わたしもこの魔術を知った時、真っ先に思い付いた物があります。それは「状態を維持出来るのであれば、足の早い食品などの保存に向くのでは?」流石に生きている物に対しての影響は分かりませんから怖くて試しませんが、食べ物などの保存には向いていると思いました。しかし……。
(それは既にあるぞ?)
(そうねぇ、聞いた事があるわね)
既に伝承が失われた魔術ですが、術具自体はまだ現存しているそうで、王族や一部高位貴族達は今も持っている者がいるそうです。
確かにそれらしい物は作ろうと思えば作れますが、小さな眼鏡に掛けた程度でこの魔力消費量です。それなりに大きな物となると、とてもじゃありませんがわたしの技術では実用に叶う物は作れません。
「それでしたら、現状では実現的ではありませんよ」
「ううん。それじゃなくってね、その状態保存の魔術なんだけど、どうやって状態を維持していると思う?」
アリシアにいわせると、初めはその物体に対して時を止めているのかと考えていたのだそうですが、それでは魔術を掛けた対象物を、その場に置いた状態から動かすことも叶わなくないはずなので、これは違うのでは? と思い、ならば異なる位相に対象物を置く事により、状態を維持するというよりも関与させなくしているのでは? と考えるに至ったのだそうです。
「ほらさ、魔法って精霊を使うでしょ? 精霊ってどこにでもいるけどどこにもいない存在じゃない? それを魔力でもってこっちの世界と繋げて魔法として具現化させてるんだから、それと似たようなものかな? って」
「なるほど。確かに精霊は魔力を用いなければそれに関与すること自体が出来ませんものね」
以前、魔法の講義でおかしな教師が手掴みで精霊を捕まえていたのを思い出しました。しかしあれはとてもじゃありませんがわたしには出来ない芸当でしたね。
「その眼鏡もそうだけど、あの革の塊も魔力を帯びた者が触った時にだけ、要するに対象物に対して魔力を放出した時にだけここに存在してるんじゃないのかなー?」
アリシア曰く、革の塊やこの眼鏡は、触っている時とただ置いてある時とでは少し見え方が違うそうです。わたしは寝る時以外常に身に付けていますからそんなことに気が付きませんでした。
「では、その過程を踏まえて、どうするおつもりなのですか?」
「そう! それでね、冒険者憧れのアイテムボックスを作ろうと思うの!」
まだ諦めていなかったのかと呆れましたが、敢えてそれには言及せずその不可思議な単語のことについて訪ねます。
「……それは、一体何なのですか?」
「それがあるとね、どんな物でもどこにでも、簡単に物を持ち運べるの!」
「……もう少し、詳しい説明を求めます……」
要は鞄とか袋といった物に、その本来の容量以上の物質や質量を無視して入れられる物である。という大体のことがわかりました。
「だからね、アイテムボックスって、物質を縮小したり転写したり変質させるのじゃなくって、こことは異なる位相空間に置いておくだけなんじゃないかなって思うの。だから状態も質量も無視して保管出来るんじゃないかなー? で、その魔術が位相空間に直接関与出来るものだとしたら、それが作れるかも知れないじゃない!」
「その過程が事実だとして、実際に入口となる物体の大きさ等の問題はありますが、方向性としては間違ってなく思われますね」
「でしょ? わかってくれた?」
確かに異なる階層に対象物を移動さているのであれば、いくらこちらから認識していたとしても、時間の経過も異なりますから質量や状態を無視して存在し続ける状態になるのかも知れません。
「しかし、現状わかっている術式ではとてもそれに応用出来ませんよ。仮にそれを改良出来たとしても一朝一夕にはとてもとても……」
或いは王立の書庫にはそれに役立つ記述が残っているかも知れませんが、今はこの眼鏡に掛けている術式の魔力消費を抑えることすら出来ていないのです。
「別に今年中に終わらなくてもいいんじゃない? もう履修は終わってるんだし」
「……まぁ、面白そうですから長期的な目で見た研究にするのは悪くありませんね」
「よし! じゃあ今年のテーマは決まりだね!」
「それは難しいかと。例の研究については他言無用となっていますから、こちらも抵触するおそれがありますよ? 建前としてもう一つ他の研究も並行して行いましょう」
歩きながら、何が良いかと互いに考えていましたが、冷静に考えてみると、もしもその「難でも簡単に持ち運べる術具」が出来上がったとしたら、盗難とか黒いことにも使えそうに思え、色々と問題が出てきそうな予感がしてきました。
……あの娘は本気で無法者の道に進むつもりなのでしょうかね?
アリシアの今後は別としても、一応は今年も魔工学の責任者かつわたし達の担当になるであろうカスパーに、それとなく相談することを忘れない様心に刻みつつ、わたし達は、ここだけは昨年と変わらない緑の傘で茂った門を潜り、もはや懐かしさすら感じる緑柳寮へ帰りました。




