其の38 再度
レイからアリシアの懇親会での状況を聞いていたホルデは、またこめかみを抑えてしまいました。
既にその件については散々叱った後なのでしょう。違うことで注意し始めます。
「貴女はそもそもの魔力量が不足しています。今はミリセントの魔力を纏っていますから気が付きにくいとは思いますが……」
それでは他者の影響を受けやすいばかりか、いずれ魔法も満足に使えなくなる。総量を増やす努力をしろとのお叱りを受けています。
……わたしはアンナさまが勝手にやっていますが、そもそもどうすれば総量を増やせるのでしょう?
「アリシアは学園が始まるまでの間、レニーと特訓です」
要は魔力を沢山使い、回復させることで徐々に総量を増やすしかないのだそうです。
「どうせ学園ではミリセントに便りっぱなしで、あまり魔力を使わずに過ごしているのでしょう?」
図星をいい当てられ気まずそうにしています。見ればレニーも渋い顔をしていますが、彼は魔法が苦手なのでしょうか?
……お養父さまには申し訳御座いませんが、アリシアは自業自得です。頑張って下さいませ。
それから暫くの間、アリシアはレニーと特訓の毎日でした。
今日の様に、たまにレイもやって来て一緒に混ざっていますが、そうなると概ね剣術の稽古中心になってしまいます。
今も結局三人で掛かり稽古になってしましましたが、そんなことで大丈夫なのでしょうか? あ、ホルデに見つかりました。叱られていますね。渋々魔法と剣を合わせた稽古に戻りました。……しかし相変わらずアリシアの魔法は見事ですね。魔法と剣を組み合わせることで多彩な攻撃をしています。一方レイは魔法を組み合わせるのに苦戦していますね。素人目でも苦手そうなのがよくわかります。しかし中でもお養父さまはやはり別格ですね。苦手そうにしていましたがそんなことはありません。引退したとはいえその腕前は落ちていないのでしょう。赤子の手をひねるが如く二人をあしらっています。流石です。惚れ惚れしますよ。
庭先で行われている特訓に暫し見入っていたのですが「ミリセント、どこを見ているのですか? 課題は終わりましたか?」戻って来たホルデに叱られてしまいました。
アリシアには特訓の日々を強いられても、わたしは怪我のこともありますから毎日のんびりと自堕落な生活が出来るかと思っていましたが、そうは問屋が卸しませんでした。
「貴女は礼儀作法の講義を取っていますよね?」
その問いには苦笑いして明言を避けるしかありませんでした。
「ふぅ……やはり貴女もお茶だけして帰る口ですか……」
ホルデの頃も同じ様な者が多かったらしいです。致し方ありませんよね。
「丁度良い機会です。休み中に私が教育致しましょう」
圧のあるその笑顔には逆らえません。大人しく頷くしかありませんでした。
しかしわたし一人でそんなつまらないことをやるのも嫌なので「淑女教育でしたら、アリシアも一緒にやっては如何ですか?」巻き込もうとしたのですが「人には向き不向きがあるのです」と、あの時は遠い目をしていました。既に試みて失敗していた様です。
……ですが、「互いに足りない所は補い合えばよい」だなんて、お養母さままでわたしとアリシアを同一視してやしませんかね?
そんな訳でして、ただ今淑女教育真っ最中なのですが、二学年も終わったのに補講とは……。
淑女の教育になりますので、てっきり立ち振る舞いや言葉遣いなどの訓練をやるものだとばかり思っていたのですが、予想に反して多くは座学でした。
「覚えなければいけないことが多いのですね……」
「当然です。歴代の王位にあった者はいざ知らず、現在の王族、公爵、子爵……」
……もう正直、お腹いっぱいです……。
「それに合わせて各貴族の関係性、更に教との関連ですか……」
「普通の者には必要ないかも知れませんが、貴女方には必須項目でしょう」
確かにアリシアを養女にした程ですから、教に対して思うところがあるのでしょうが、それにしても執拗です。
「人前では憚りますが、今の王制には思う所が御座いますのでね……」
思いの外、国政に食い込んでいる模様です。
(アンナさま、この現状について何か思うことは御座いませんか?)
(…………)
(また黙りですか。都合が悪いといつもそうですね)
(でもね、ミリーちゃん。彼女のことはしっかり聞いておいた方が良いわよ?)
自分のためなのだから、といわれても人には限界があります。こんな呪文のような人の名前の羅列を覚えるのは正に苦行。なので回避すべく対応策を講じます。
(イザベラさま、この教と貴族の関係図については覚えておいて頂けませんか?)
元々聖職にあった彼女の方が、わたしよりもすんなり頭に入ってきて適任でしょう。
(アンナさまには現在の貴族の関係について覚えて頂きましょう。懐かしいお名前もありますから、貴女さまでしたら容易いことですよね?)
二人が覚えることは即ちわたしが覚えることと一緒です。ズルではありません。効率化を目指した結果なのです。適材適所。
そしてわたしは(よろしくお願い致しますね)と、目を開けたまま眠りにつきます。アリシアの様に立ったままでは流石に無理ですが、座った状態でしたら最近出来る様になりました。ホルデのお蔭ですね。
ホルデの教育で覚えることは二人に任せます。毒の見分け方なんてわたしには必要ありませんし、煩わしい貴族間の問題なんて覚えておきたくありません。ですが流石に作法については自分でやらなくてはなりませんでした。
「……しかし、王族と上流貴族で対応の仕方が異なることは存じませんでした」
「礼儀作法の講義で習うはずですよ?」
藪蛇でした。流石礼儀作法で優秀者に選ばれた方は違いますね。かなり昔のことでしょうにしっかりと覚えています。
「ですが、わたし如きの身分で王族との会食の行儀作法までは覚える必要はないかと……」
「そんなことを仰っていますが、既に上流貴族との約束があるのを忘れたのですか? この流れでは今後何があるかわかりません。覚えておいて損はないでしょう」
「……畏まりました……」
実はわたしの状態を心配しているマダリンから、何度か二人っきりのお茶に招待をされているのです。
その都度「まだ体調が思わしくない」「傷跡が残っているのでまだ人前に出られる状態ではない」として躱しています。しかし実際は「貴方は食事を摂る事に関しては問題ありませんが、行儀は上流貴族相手に対し不足しています」ホルデに直接会うのを止められているのです。ですが流石にこのままずっと断り続ける訳にもいきませんので、学園が始まる前には赴かなくてはいけない状況なのでした。
「学園が始まる前にはひとかどの淑女に育て上げなければなりませんから時間がありませんよ。それとも休みの日にうちに来て修練なさいますか? 私はそれでも構いませんが」
「……鋭意努力致します……」
……遊びにはきたいですが、補講はこれ以上勘弁して下さい!
なんとかホルデの合格をもらい、学園が始まる前にマダリンとのお茶会に漕ぎ着けました。
「お久しぶりですね。随分と心配していたのですよ? お元気そうで何よりです」
「ご無沙汰をしております。その節はご迷惑をお掛けし大変申し訳御座いませんでした。またご丁寧なお見舞い、ありがとう存じます」
眼鏡にスッと手を伸ばし軽く上げました。
わたしの黒縁眼鏡は修理から戻って来ているのですが、今日は敢えて頂いた銀縁の眼鏡を掛けてきています。
「よくお似合いですね。しかしホントにあの時は驚きましたわ」
「お恥ずかしい所をお見せしました」
「いえ、とても凛々しくて素敵でしたよ」
「恐縮です」
果たして凛々しいがわたしに対して褒め言葉になるのかは少し疑問に思いましたが、ここは素直に好意として受け取っておきましょう。
「あの件で周りの貴女を見る目が随分と変わりましたもの」
「悪い意味でないと良いのですが……」
あの場は学園生の集まりです。
基本的に上級貴族ばかりの集まりですから直接絡むことはないと思うのですが、学園が始まるのを思うと気が重いです。不幸中の幸いはマダリンが卒業して学園を去る事ですね。
「そうそう。わたくしの弟が今度二学年に上がりますの。よろしくしてあげて下さいね」
有無を言わさぬその笑みに、張り付いた笑顔のまま無言で頷くしか出来ませんでした。
……これは嫌な予感しかしませんね……。




