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其の37 贈り物

 応接室に通されたクレイン家の使いの者は、年嵩のすらっとした気品のある男性でした。執事でしょうか?

 レニーとホルデ、わたしの三人で応対します。


「この度は我が当家で催された会にて、こちらに滞在されていらっしゃるミリセントお嬢様がお怪我をされてしまったとの事、大変申し訳御座いませんでした。当家のマダリンに代わりましてお詫びとお見舞いに参りました次第です。お加減は如何でしょうか? 状況によっては医者を手配する様、当主からも言付かっておりますゆえ……」


 わたしの体調を気遣いつつ長々とした謝罪の後に、公爵家からの書状だとか預かっている各家からのお見舞いだという品をいくつも置いていきます。


「それとミリセントお嬢様には、ご不便をお掛けしていることかと存じますので……」


 レニーの承諾を得ると、部屋にもう一人招き入れました。


「どの様なご要望も承らせて頂きます」


 彼は眼鏡を扱う商人でした。


 しかしまぁ昨日の今日です。その如才なさに、流石公爵家と舌を巻いてしまいますね。


 ……もしかして王室御用達だったりするのでしょうか?


 少しばかりドキドキしながら見ていると、彼は慣れた手つきで持って来た荷物の中身を机の上に並べ出しましたが、薄らぼんやりとでもよくわかる高価そうな眼鏡ばかりです。


 その間わたしはずっと座ったまま、目の前に起きている状況を絵空事のように眺めながら一言も発せないでいました。こんな畏まった謝罪を受けたことなんてありませんし、こんな高価な物を見たこともありません。先程から緊張し通しで困惑しています。


 どう対応すれば良いのか困ってホルデをチラリと見ると「謝罪の気持ちです。快く受け取りなさい」そっと耳打ちをされました。


 しかし、眼鏡がなくて不便なのはその通りなのですが、ここですぐ新しい物に飛びつくのも違うと思うのですよ。


 ……今までかけていた眼鏡は大事な物なのです……。


 父が無理をしてわたしのために用意してくれた物なのですから。


 昨日壊れてしまった眼鏡はレイに回収してもらい、今わたしの手の中にあります。思わずそれを握りしめ俯いてしまいました。


 すると不意に肩に手を置かれた感触があり、誰かと思いながら顔をあげて見れば、レニーが優しく微笑んでいるように見えます。


「ミリセント、それの修理はうちが待とう。新しくもらう物はそれまでの予備とすれば良い。なければ不便であろう?」


 わたしの気持ちを汲んでくれたのがわかり、思わず笑みがこぼれます。久しぶりに笑ったのではないでしょうか。


「君、済まないがこの件とは別件で、コレを直せないか?」


 拝見いたしますと、わたしから受け取った商人はそれを見て渋い顔をしている様です。無理もありません。落としただけでなくその後に踏まれて完全に壊れているのですから。素人目に見てもただの残骸にしか見えません。


 しかし彼はしばらくすると「……ほほぅ黒甲ですか。良い物ですね。べっ甲でしたら、少々お時間と手間賃が掛かりますが直せないことは御座いません」と言い切ります。


 それを聞き、レニーではなくホルデが答えました。


「構いません。ですがあまり時間が掛かっても困ります。この娘の学園が始まる前までに収めてもらうのが望ましいですね」

「畏まりました」


 ……お二人共、ありがとう存じます……。




 


「あら? 新しい眼鏡ね。今度は銀フレーム? それも似合うけど、やっぱりミリーにはあの黒縁の方がらしいよね!」


 やはりクレイン家の執事だった方達が退出すると、アリシアが入って来ました。

 わたしの顔を見て一応は誉めてくれて以前の方が似合うといわれ少し嬉しい気持ちになります。


 何せ眼鏡はわたしの顔の一部です。

 目が悪いので仕方がなくかけてはいますが、これもまたわたしの努力の結果だとして受け止めています。あの眼鏡とは半生を共に生きてきた仲ですからね。特別なのです。

 眼鏡が直って戻ってきたら、今度は例の状態保存の魔法をかけておこうと決心する次第です。


「それにしても見舞いの品がいっぱいだねー」


 確かに思いの外数がありました。早速アリシアと共に中身の確認をしていきましょう。


「こちらの一番大きな物はマダリン嬢からですね。流石です。中身は……これはまた高級そうなお菓子の詰め合わせですね。相変わらず如才ない方です。わたし好みですよ」

「あっ! 魔工学の先輩達からも連盟で来てるよ。あの場にいたんだ!」

「お三方とも壁際で大人しくしていましたよ。少しお話しもしました。どれどれ……中に一筆入っていますね。どうやらとてもご心配をお掛けした様です。彼等には後でお礼を認めなければいけませんね」


 全てのお見舞いの品を確認しましたが、どれもみな食べ物ばかりでした。みなさんわたしのことを熟知し過ぎです。しかしマダリンと先輩方以外のお見舞いの品については、その送り主の名前に覚えがありません。


「アリシア、この中にご存知の方はいらっしゃいますか?」

「あ〜みんな知ってる知ってる。この人達って、みんなあの場にいた人達よ。コレとコレを送って来たのは、ミリーに睨まれて顔を青くして震え上がってた人ね。で、こっち側のはアタシ達を囲んでた人達。さすがにみんな、あんなミリーを見たもんだから生きた心地がしなかったんじゃない?」


 ……アタシもレイも、あそこでミリーに睨み殺されるかと思ったよー、だなんて笑い飛ばさないで下さい! レニーやホルデが引いてますよ!


「ホホホ……流石にそれは言い過ぎですよ。わたしなんぞを怖がるだなんて……。きっと心配なさってくれただけです。みなさんお優しいのですね」


 ……ですが、お二人の名前は覚えましたからね。





 一先ずお見舞いのお礼返しをする物、そうでなくても構わない物とに選り分けましたので、中身が全て食品ですから痛まない内にみんなで早速食べてしまおうと思ったのですが、突然二人から待ったがかかりました。


「な、なんですか?」

(なんででしょう?)


「コレとコレ、こちらもです。手を付けてはなりません」

(そうね、今彼女がいった物は食べない方がいいわね)


 ホルデが指差す贈り物に対し、頭の中のイザベラも肯定します。


「(何故ですか?)」

 

 毒でも入っているのかと思いましたが違いました。


「これらには、あまり良くない魔力を感じます」

(教ではよくやる手なのよ。そこ三つは教からのお見舞い品でしょ? 見覚えがあるわ)


「(えぇ⁉︎)」


 わたしには何の変哲もない焼き菓子とジャムの瓶に見えますが、見るものによっては違うみたいです。アリシア、レニーも不思議そうな顔をしていて、アンナに聴いても「よくわからん」といっています。


「この魔力は教特有のものです。相変わらず狡辛いまねをしますね」


 ホルデの冷笑にみな慄きます。


「(ど、どういった意味なのですか?)」

(アレにはね、教の教会で信者から集めた魔力が篭ってるの。いわば信仰心の塊ね)

「魔力は人に影響するのはご存知ですよね? 例えばミリセント、貴女の魔力は暖かく受け取る者の心身に活力を与えてくれる気持ちの良いものですが、これは多幸感に溢れていても、それは教に向けての狂信的なものです」


 それを聞いた途端、美味しそうだった物から気味が悪い物に見えてきました。


「(な、何でそんな物を……)」

「決まっています。そうやって教の忌避感を薄れさせ、好感度をあげるためです」

(わたしも良く作らされたわ。自分では口にしなかったけどね)

 

 みな一様に押し黙ってしまいました。

 しかしそれを聞いて不安なことが頭をよぎります。


「(もしや、懇親会で出た料理も同じなのでしょうか……)」

「それは見ていませんからわかりません。ですが教の信者があの場に多数いたと聞きます。その可能性もありますね」

(全部ではないけれど、入っていたのもあったわよ)

「(えぇ‼︎)」


 思わずアリシアと目を大きく見開いて見合ってしまいました。

 わたしはそんなこととは知らずたらふく呑み食いしています。


(な、なんで教えてくれなかったのですかー!)

(だって、ねぇ……)


「まぁ、ですがミリセントには問題ないでしょう」

「そ、そうなのですか?」

「貴女程に魔力の総量が大きければ、この程度ではなんともありません」


 この時ばかりはアンナに感謝しました。


 わたしが安堵している姿を見て「まさか、あの場で淑女らしからぬ振る舞いを忘れ、飲食に夢中になっていたことはないですよね?」ホルデの目が光って睨まれ目を逸らしてしましたました。それを見た彼女はこめかみを抑えてため息を吐きます。


「ふぅ……お二人共。私は貴女方に出掛ける前、しっかりと注意しましたよね? あの手の場での料理や飲み物は会場を彩る花と同じ。手には取っても口を付けず、優雅に振る舞い周りとのやり取りに集中する様に、と」


 ……スッカリ忘れていました……。


「ホントに困った娘達です。流石にその場ですぐに効く様な毒の類はありませんが、その主催者の思惑によってはこの様な事もあるのです。その為の練習に行かせたのですが……」

「ア、アタシはぜんぜん口をつけてないよ?……」


 ……アリシアは食べる暇もなく追い回されていましたからね。

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