其の31 レニーとの話し合い
……フムフム。確かにこれは中々良い物ですね……。
琥珀色に輝く液体の見た目に反し、スッキリとした優しい味わいとなっていて、精製の苦労が伺われます。口に含み喉を通ってもふくよかで芳醇な香りは残り、雑味からなる刺激も少なく、舌の上に転がせば正に甘露‼︎ 蜂蜜酒は郷里でも作ってはいますが、こんなに上等な物は口にしたことがありません。
───これは幾らでもいけそうです!
……しかしながら、こんなに美味しい物を顰めっ面で頂くなんて、作った方に失礼ですよ?
その味に思わず頬が緩むのを抑えながらレニーを見れば、杯は進むも相変わらず無表情のまま。
……何かわたしにお話しがあるのではなかったのでしょうか?
自分でいうのも気恥ずかしいですが、わたしはアリシアの親友で家に泊まらせる程の仲になります。
そんな者を捕まえてただお酒を呑むだなんてことはないでしょう。恐らく学園でのアリシアについて色々と聞きたいことがあるのだと思います。しかしこちらから切り出すなんて無粋なことは出来ません。わたしもこのまま黙っていましょう。
暖炉から聞こえる木の爆ぜる音を肴に、暫し二人して無言で杯を重ねました。
蜂蜜酒は既に三瓶目に突入し、レニーは「美味いのはわかるが、甘い物は苦手だ」と、早々に酒精の高い蒸留酒に変えており、それも一瓶空にして二瓶目を半分程呑み干したところでやっと喋り出しました。
「……アリシアは……学園ではどうだろうか」
「どうと仰られましても……」
なんとも漠然とした問い掛けです。反応に困りました。
彼のジッと見つめると、苦悶な表情をしながら青い瞳がゆらゆらと揺れています。その言葉を発するのもに必死だった様子が伺えます。仕方がありませんね。こちらから促すことにしましょう。
「学業のことでしょうか? 生活態度についてですか? それとも周りの学友達との関係でしょうか?」
最後の言葉に眉がピクリとしたのを見逃しません。聞きたい内容はおおよそ検討がつきました。
「わたしからお伝えするのもなんですが、学業は優秀そのもの。生活態度につきましてはお察しの通りになりますが、その持ち前の気質で、寮内はおろか学園中に友人が沢山おります。彼女、人気者なんですよ」
一瞬だけですが、パッと顔が明るくなった気がしました。すぐにまた元の仏頂面に戻ってしまいましたが。
「そうか……」
……それだけですか? 他に何かいうことは無いのですか?
また二人とも静かに呑み続けるだけになってしまいました。
───もう我慢出来ません!
だいぶ呑みましたので軽く酔っているのもあるのでしょう。堪えきれずにこちらから切り出します。
「何か心配事がお有りになるのでしょうか? よろしければお伺いしたく存じます」
「そうだな……」
元々お話しをするのが苦手な方なのでしょう。先程わたしを誘ったのも、だいぶ勇気がいったのかと思います。
暫くして、お酒の力を借りて絞り出す様にポツリポツリと話した内容を繋げて考えてみると、彼女を養女としたことで、彼女やその元の家族に何か不都合なことが起きているのでは無いかと心配し、後悔しているのだそうです。
「致し方なかったとはいえ、私が家族から引き離してしまったのも事実だ。これがせめて私の爵位がもう少し上の方であれば、それも杞憂だったかも知れないが……」
……そんなことを心配なさっていたのですか?
少なくとも彼女は養父の爵位なんて気にしている様には見えません。自由かつ伸び伸びと学園生活を謳歌しています。
普段どんなことをしているか、学園での生活についてのあれこれ話すと「そうか」少し嬉しそうに顔を歪ませました。
「先日も彼女の実家にお邪魔させて頂きましたが、向こうのご家族も同じでしたよ。特に不満そうな素振りは見えませんでした」
……実にみなさん楽しそうにしていましたが、彼女が養女に行ったことも忘れているのではないですかね?
「少なくとも向こうの両親は、少々早い独り立ちをして家を離れたことと同じに考えている様です。今も完全に縁が切れている訳ではありませんし。その点は特にレニー様に感謝しているみたいですよ」
「それを聞いて安心した」
「差し出がましいことを言わせて頂きますが、その様なことは当人と直接お話しされた方がよろしいのではないでしょうか?」
「以前それとなく聞いたことはあるのだが、あの娘はいつもあの調子でな……」
「それは何となくわかります……」
何を聞いても笑いながら「大丈夫、大丈夫!」としかいわなかったのでしょう。その光景がありありと目に浮かびます。
「手紙一つ寄越さないものだから、今日君から学園の事も聞けて良かったよ。平民の出だとか親の爵位で不便な思いをしていないか心配していたんだ」
「確かに彼女が手紙を書いている所は見たことがありませんでしたね。今後からちゃんと書く様言い付けますが、彼女のことは心配するだけ無駄ですよ。何があっても笑いながらやってのけます。何せアリシアですから」
「そうか。ハハハ」
……厳つい顔で笑うと、中々迫力がありますね。
釣られてわたしも笑ってしまいました。お酒は人を陽気にさせますね。
「今度、同じ事をホルデにも話してやってくれるとありがたい。アレもあぁ見えて、だいぶ気に病んでいる」
「わかりました。アリシアの首根っこ捕まえてでも同席させてお話しさせて頂きます」
「ハハハ、よろしく頼む」
来年もまた同じ様に、今度はアリシアも交えてお酒を酌み交わす約束をし、その場はお開きとなりました。
快適な寝具でとても良い寝心地でしたが、庭から聞こえてきたアリシアの声で目が覚めましたので寝覚めはイマイチです。日課の剣の鍛錬ですから仕方がありませんが相変わらず元気ですね。
寝覚めが悪いのはそれ以外にも昨晩のお酒が残っているのでしょうか。少し重たい頭を抱えながら顔を洗いに部屋を出て洗面所を探しに屋敷中をうろうろしていますと、魔石に魔力を込めているレニーに出くわしました。
昨晩のことがあり、お互い気まずそうにしながら挨拶をしたのですが、その家主に似つかわしくない姿に思わず聞いてしまいました。
「レニーさま自らが魔力を込めるのですか?」
引退したとはいえ裕福そうな生活をしています。
屋敷も大きく、この規模ならば譲渡師の一人は雇っているのが普通でしょう。稀にいる、自分の家は自身の魔力で染め上げなければ気が済まないといった方にも見えません。
不思議そうな顔をしていると「以前いた執事は、独立した息子のところで頑張ってもらっている」と教えてくれました。
「今、代わりの者を探しているのだが、これが中々……」
そもそも信用出来る者を探すのが大変ですし、ホルデは魔力に敏感で、下手な魔力に包まれるのは困るのだそうです。
「なら、わたしの魔力はどうでしょうか?」
試しに込めたところ「おぉ、これは……」ご満足頂けた様でしたからそのまま込めることにしました。
「……助かるが、本当に良いのかね?」
「魔力量だけは自信がありますので、お任せ下さい」
寮を出てからというものほとんど魔力を使っていません。なのに食べてばかりです。これではまたアンナにせっせと魔力の総量を増やす方に使われるだけですから丁度良い機会です。
込め終わり洗面所の場所を聞いていると、アリシアが木剣を携え戻って来ました。
「あれ? これミリーの魔力?」
流石にすぐわかりましたね。
「お養父さまが大変そうにしていましたので。あ、そうですよアリシア、あの術具を使いませんか?」
「アレって?」
「ほら、既存の魔物の魔石で構築されたところに介在させて効率を良くする術具ですよ」
「あーアレね。なんていったっけ?」
……そういえば名前を付けていませんでしたね。今度ゆっくり考えましょう。
アレは術式を描き込むのが面倒ですので最近は作っていませんでしたが、アリシアの家のためです。一宿一飯の恩義もありますからここは一つ頑張りましょう。
二人していつどうやって設置するか相談していると、レニーが驚いた顔をしてこちらを見ているのに気が付きました。
「アリシアは……術具を作ることが出来るのか……」
「え⁉︎ ご存知なかったのですか? 優秀者にも選ばれましたよ⁉︎」
……昨晩のご馳走様はそのお祝いかと思っていましたが、そういえばそんな話しは出て来ていませんでしたね。
「あれ? いってなかったっけ?」
「聞いておらんぞ」
……貴方方はもう少し歩み寄る必要があると思いますよ。




