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其の30 アリシアの家

「じゃ、あたし達も行くね。また来年!」

「わたしも実家に戻りますが、同じ王都内ですので時間を見つけて一緒に遊びましょうね」


 マリーとツィスカ、レイと別れの挨拶を交わし、わたし達もアリシアの実家に向かいました。学園とは暫しのお別れです。


「じゃー、まずはアタシの実家ね!」


 アリシアの生まれた家は王都の外れにある平民街の中程でパン屋を営んでいます。それもあって料理が上手なのでしょうかね。


「あらお二人とも、おかえりなさい」 

「おかえり。元気にしてたか?」


 ふくよかで人の良さそうなご夫婦が、自然な形で出迎えてくれました。


「あー、帰ってきた!」

「ミリーさん、お久しぶり!」

「ミリーさんは小さいからいいけど、アリーはデカいから邪魔だなぁ」


 アリシアの弟妹達も笑顔で迎えてくれます。


「今年も暫くご厄介になります。ご迷惑とは思いますがどうぞよろしくお願い致します。これはお口汚しですが」


 一番下の弟がわたしからお菓子を受け取ると「ありがとー!」早速開いて食べ始めます。その様子に、母親が困った顔をしながら「そんな気を使わなくてもいいのに。いつ来てもいいのよ? 自分の家だと思ってゆっくりしていってね」と優しい言葉をかけてくれて、身体が冷えているだろうから奥へ入るよう促します。


 ……あぁ、ここはいつ来てもホッコリしますね。


 寮でもそれなりに楽しく不自由なく過ごせていますが、この家は自分の家に帰って来たかの様な安らぎがあって郷里を思い出させます。少しうるっときました。今年もアリシアの実家に来るのを楽しみにしていたのです。


「あ、そうそう。今年は養父の家にも呼ばれてるから、明後日にはミリーと一緒に行くからね」


 そうでした。忘れていました。


「えー、アリーだけ行って来なよ。ミリーは一緒にいようよー」


 そんな可愛らしいことをいわれてしまうと思わず頷きたくなってしまいます。


 ……あちらの家は厳格な家と聞きます。わたしには敷居が高いのですよね……。

 

 




「緊張します……」

「大丈夫だって!」


 アリシアにとっては自分の家でもあるのですからそうでしょうけれども、わたしにとっては初めて上がる家。緊張しない訳ありません。更に……。


「厳格なお養父さまと伺っていますから……」

「そう? 確かに厳しい人だと思うけど、怖くはないよ?」


 ───貴女の仰ることは信用出来ません!


 そんな会話を続けながらアリシアの案内で貴族街の外れまでやって来ました。


 養父は既に引退し、家督を息子に譲って隠居の身だと聞いていましたが「ここよ!」と指し示された館を見て、予想以上の豪邸に気後れしてしまいます。


 ……同じ男爵家ですが、ウチとは全く違いますね……。


 門前で戸惑い足を止めてしまうわたしでしたが、アリシアに手を引かれ中へ入ると「ただいまー!」アリシアの元気な声と共に、ギギギー……と重厚な扉が開かれ、中には既に品の良さそうな年配の女中が待機していて出迎えてくれました。


「お帰りなさいませ、アリシアお嬢様。それにミリセントお嬢嬢でいらっしゃいますね。お待ちしておりました」


 彼女はアリシアと同じ綺麗な銀髪だったので、一瞬血縁かと思いましたが違うみたいです。


「ご案内致します」


 いつの間にか側にいた若い女中に案内されて屋敷の中へと入るのですが、この方が先程の女中のお孫さんだそうです。


「では、こちらでお待ち下さいませ」


 それなりに広い由緒と気品に溢れた応接室に通され、自分の家なので当たり前ですがアリシア一人が平然としている中、わたしは先程から緊張し通しです。


 深呼吸をして心を落ち着かせる間もなく「旦那様と奥様がいらっしゃいました」応接室の扉が開くと家主とその伴侶が現れてしまします。

 慌てて立ち上がりカーテシーをして挨拶しようとするのですが「畏まらなくてもよい」と手で遮られてしまいましたので、そのまま素直に腰を降ろします。


「ただいま! お義父さん、お養母さん」

「アリシア、おかえりなさい。貴女がミリセント・リモ嬢ね? お話しには聞いているわ。私はホルデ・カーティス。ようこそ、歓迎します」

「レニー・カーティスだ」


 養母のホルデは、元は見事な金髪だったと思わせる髪を綺麗にまとめ上げでいますが、白いものがだいぶ混じって見える優しそうな淑女です。

 レニーと名乗った養父は、フサフサとした肩まである金髪が、まるで獅子のたてがみの如く見える威圧感のある方でした。お年を召しているはずですが、服の上からでもわかる程に鍛えられている身体付きにその年齢を感じさせません。

 

 共に並んでわたし達の正面の席に着きましたが、彼女のわたし達を見る目は孫娘を見るかの様に優しく微笑んではいるのですが、アリシアとわたしを見比べ少し驚いている様にも見えます。対してレニーは視線を合わそうともしません。仏頂面ただこちらに向いているだけです。

 その状況に落ち着かずソワソワしていると「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」ホルデが女中を呼びお茶にしてくれることで空気を換えてくれました。


「若い子の好きな物はよくわからないのだけど、最近王都で流行っているそうよ」


 出されたお菓子に思わずアリシアと顔を見合わせてしまいます。


「アハハ! お養母さま。これって、アタシが考えたやつよ!」


 確かにこれは、アリシアが寮の食堂で披露した新作料理の一つです。誰かがその作り方を外に持ちだしたのでしょう。「誰だか知らないけど、めざといなー」とアリシアは笑っていますが、わたしは恐らくツィスカ辺りが怪しいと睨んでます。以前「お礼よ」と、なんでもないのにわたし達の部屋に来て、突然高級なお菓子を置いていったことがあります。訳を聞いても笑って誤魔化していましたからね。


「ほう……アリシアは、学園では調理を学んでいるのか……」

「いえいえ、これはほんの手慰みです。アリシアは色々と学んでいるのですよ。主に魔法や魔工学、剣術などに勤しんでいます」


 レニーの目がキラリと光ったのに驚いて思わず口を挟んでしまいましたが、なんでわたしが庇う様なことをいわなければならないのでしょう? 当の本人は気にせずに「コレ、中々美味しいよ!」と、呑気に舌鼓を打っています。


「まぁ、何にせよ好きなことに打ち込むのは悪いことじゃない。学生の内にしか出来ないことも沢山あるからな」


 ……一先ずは怒ってはいなさそうなので安堵しました。


 そのまま美味しそうに食べているアリシアを暫く見ていた二人でしたが、「申し訳ないのだけれど、用があるのでこれで失礼しますね。だはまた夕食で」とだけいい残し、わたし達を残して席を立ってしまいました。


「……アリシア、久々に会えたというのに、そんな態度で宜しいのですか?」

「そう? いつもこんなもんだし、あんなもんだよ?」


 ……これがこの家での普通なのかも知れませんが、わたしはヒヤヒヤしましたよ。





「さぁ! たくさんお食べ! アンタはちっこいんだから、食べなきゃ大きくなれないよ!」


 目の前には食卓からはみ出さんばかりのご馳走が並んでいます。


 家主のレニー、その伴侶のであるホルデ、アリシアとわたしの四人で囲む夕食なのですが、その量に目を剥きました。


「どう? ナディアの料理、美味しいでしょ?」


 彼女はこの屋敷の厨房を預かる料理人だそうで、厳格そうなこの屋敷に似合わず勢いのある肝っ玉母さんといった感じの方ですが、わたしの何を気に入ったのかアレもコレもと沢山の皿を並べてきます。


 ……確かに寮の食事に負けずとも劣らず大変結構なお味ですが、流石にこんなには食べられませんよ。


 救いを求めて周りを見るも「久々に若い子が来たものだから、彼女張り切ってるのよ。ごめんなさいね」謝りつつも助けてはくれないホルデ、視線も合わせてくれず黙々と食事をするレニー、「ミリーなら大丈夫!」無責任に応援するアリシア。

 

 結局誰も助けてはくれず、必死になって料理と格闘する羽目になりました。


 ……美味しく頂けるのは腹八分目までですね……。





 膨れたお腹を抱えて入浴を済まし、少し早いですが食べ疲れました。もう寝ましょうかと考えながら与えられた寝室に向かっていると「ミリセント嬢、少し良いかな?」レニーに呼び止められました。


「はい。大丈夫です」

「君はいける口かな? 良ければ少し付き合わないか」


 我が国での飲酒年齢は特に定められていません。

 もちろん若者の過度な飲酒は咎められますし、寮内でも食堂にこそ用意されていませんが、自室で勝手に呑むこと自体は黙認されています。たまにみんなで集れば必ず出てきましたし、郷里にいた頃はお祝いの席には必須でしたので、わたしは嗜む程度には呑んでいました。


 正直レニーには、その厳つい風貌に無愛想なところがあるため苦手意識があります。いかに親友の親で厄介になっている身とはいえ、その誘いには躊躇してしまいましたが「良い蜂蜜酒がある」と聞き、二つ返事で了承しました。


 ……甘い物は別腹ですからね。

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