其の29 優秀者の発表
優秀者発表の会は年末の休みに入る前に催されます。
人によってはその吉報を持って里帰りすることが出来る機会に、期待に溢れる者が多く会場は賑やかしくなっていました。
「そういえばミリー、あなた達の講義で作ったっていうあの無炎調理釜術具、評判いいわね。寮のみんなも喜んでるわよ。でもあれって、ホントはアリーとあなたで作ったんじゃないの?」
「厨房の方々の反応を見るに、間違いなさそうですよね」
流石商人の娘、マリーとツィスカです。その目は誤魔化せませんね。愛想笑いで誤魔化しながら何が狙いか考えますが、そんなものは術具の製作権利が欲しいに決まっています。しかし残念ながらそれは無理な話しなのですよ。
「あれは先輩方主導のもと、教師方も含め魔工学講義全体での研究結果になります。そのため作成に関する特許は講義にありますので、わたしの一存ではなんとも……」
最近ではやり込められることなく先回りすることが出来る様になりました。得意げにしていますと「そうじゃないのよね」と、二人して残念な子を見る様な目で見つめてきます。
……何か間違えましたかね?
「まぁいいけどね、それで魔工学の先輩達は優秀者に選ばれそうなの?」
「恐らくは問題ないかと。何せ既に各方面からの問い合わせが多く、カスパー先生達が珍しく右往左往している程ですから。わたしも後輩方のお手伝いが出来たことに鼻が高いですよ」
「そうなのですか。あれはミリーも手伝っていたのね。凄いわ!」
……うんうん。レイはそのままでいて下さいね。わたしの癒しです。
余計なことを口走らない様、アリシアに口止めすべく横を見上げたのですが、見れば彼女は安定の睡眠中。ならばこのまま放っておきましょう。
鐘がなり、壇上へ学園長や王族達が上がると喧騒が止みましました。
学園長の退屈な挨拶の後、成績優秀者が発表されます。
各講義の教師が自身の講義名を述べた後に、優秀者の名前を呼びその成果と共に紹介をするですが、呼ばれた者はそのまま壇上に上がり、その場で王より直々にお褒めの言葉を賜ります。
去年見ていた感じでは殆どの講義は該当者が一人二人呼ばれれば良い方で、名前が上がらない講義も多くあり、すぐ次に移りますので進行は静かにサクサクと進んでいたのですか、今年は少し様子が異なりました。
「教の講義、三学年……」
珍しく幾人もの名前が呼ばれただけではありません。去年の教の講義ではなかったことです。しかしその割には拍手などは聞こえず、ただみな壇上に上がる者を静かに見届けていることからも、その講義の特異性が伺えます。
……一体あそこの講義では何をしているのですかね。
紹介にいたっても、共にみな熱心な信徒であるとしかありませんでした。
想定外のことが起きましたが、また淡々と殆どが生徒の名前の呼ばれることのない、ただ講義名を教師が述べては次に変わる進行が続きましたが、とある講義で生徒の名前が呼ばれた時に、会場内に割れんばかりの拍手が起きました。
「剣術の講義、二学年、レイチェル・クラウゼ!」
本人が一番驚いています。
あくまで今学期の講義内での優秀者を発表する場なりますので、必ずしも三学年でなくてはいけない訳ではありません。しかしこの場で二学年の名前が呼ばれることは珍しいことです。確か去年はいませんでした。
剣術の講義自体履修する者はそう多くはなかったのですが、彼女は生徒相手では物足りずに王城の稽古にまで出張っていましたので、これは当然の結果かと思います。
素直に激励の言葉をかけ、みんなで祝福しました。
……しかし教師のあの熱の入った紹介にあの目付き、もう絶対にレイを逃さない。といった感じですよ。
周りの環境がどうあれ、レイの進む道は保障されている様です。頑張って下さいね。
剣術と比べて魔法の講義では履修する者も多く、優秀者として呼ばれる者も何人かいましたが、またもや二学年からも呼ばれたことで大騒ぎです。
「ほら、アリシア! 呼ばれてますよ!」
「……ふぁ……もう終わった?……」
全く緊張感のない娘です。寮のみんなが笑いながら彼女を押し出し壇上へと向かわせました。眠い目を擦りながら王からのお褒めの言葉を賜る者なぞアリシアが初めてではないでしょうか。胃がキリキリしてきましたよ。
戻って来たアリシアを軽く叱りながら、暫くは寝ない様いい付けます。
「そろそろウチの講義ですよ。先輩方の晴れ舞台はしっかりと見届けませんと」
「そーだね。それくらいはガンバルよ」
一人緊張する中、わたしにとって本番の魔工学の番になりました。
前に出た教師はカスパーです。予想通り三人の先輩方の名前が呼ばれ、彼等がいると思われる辺りから喜びの声が上がります。
名前を呼んだ後に無炎調理釜の術具の紹介を聞きながら、安堵しつつ心の中で先輩方に祝福を贈っていると「ミリー、早くしなよ」普段とは逆にアリシアに促されました。
「なんですか?」
「今、名前呼ばれたじゃん。聞いてなかったの?」
側にいるレイや、マリー、ツィスカ、寮内の者がみな、わたし達に向かって拍手しています。
「さ、行くよ!」
訳のわからないままアリシアの手に引かれ前へ出て行きました。
まさか自信が成績優秀者に呼ばれるとは露程にも思わず、狐に摘まれた様になりながらアリシアと共に壇上に上がると、王からのほお褒めの言葉を頂いたのですが、その際に周りには聞こえない程の小声で「お主し達にはすまない事をした。これに懲りず邁進する様に」とポツリ。どうやらこれはもう一つの口止め料なのですね。
ここで成績優秀者として選ばれたことで、後一年を残して研究者としての道が確約されたことになり大変喜ばしいものなのですが、内情はとても複雑です。
残魔術具のない今、古の魔法陣を研究するには王立の書庫頼みになりますから、王立所属の研究者となる道以外はないのですけれども、今回みたく王族の意向に振り回されてしまいそうな予感がしてなりません。なんとかその前に決着をつけたいものです。
成績優秀者の発表が終わると、すぐに長い休みに入ります。
実家が遠い者はそこで里帰りをするのが殆どですが、中には色々な事情で戻れない者もいます。わたしもその一人です。
「ミリー、今年も帰らないの?」
「そうですね。この時期はどうしてもうちの方は雪深くて帰るのが大変なのですよ。特に今年は雪が多いらしく、帰郷は辞めておく様にとの便りを貰っています」
「なら、去年みたくウチにくる?」
「そうですね……ご迷惑でなければお願いしたく存じます」
寮内の食堂も休みの期間は閉鎖されてしまい、また寮監も不在になりますので、残る者は何かと不便を被ります。そのため帰郷しない者は友人を頼って外に出て行く者が殆どなのですが、中にはそのあてもなく寮に残ってしまう者も少なからずやいて、仕方なく寮に居続けると大体が「教師達に混じって食事をするのはもういや! なんで休みの時まで勉強しなきゃいけないの!」となり、一度でこりてしまって今年こそはと周りに頼み込んでいる姿をこの時期によく見ます。大変ですね。
「去年はアタシの実家に行ったけど、今年は養父の家の方にも来いって言われてるの。もちろんミリーも連れて来いって」
「そうでしたか。それはとてもありがたいですが、ちょっと緊張しますね」
アリシアの生まれの実家は平民の家ですから、昨年は気兼ねなく過ごせましたが、養父の家は貴族です。既に行く前から不安で仕方がありません。




