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其の27 壊れた術具

 とうとうわたし達生徒達までも含む全員が青い顔になり、唖然として黙り込んでしまいました。アリシアは除く、ですが。


「あーあ、こりゃもう修復はムリだねー」


 何故にそんなに嬉しそうなのかはわかりませんが、確かにこの破損状態からいって修復はもう無理でしょう。

 魔石の多くは吹き飛び飛散し、器具も潰れています。怪我人が出なかったのが幸いでした。


「ア、アンナ様の書き置きがー!」


 はたと気が付いたハイディが、呆然としている先輩方に喝を入れ、革の塊を無理やり回収させたことも術具に致命傷を与えてしまいました。

 しかし流石オババの魔術。器具に押しつぶされても革の塊には全く損傷がありません。むしろそれ、呪われていのではないですか?


 みながこの惨状に嘆いている最中、アリシアだけが平然としているのを訝しそうに見ていると「だってミリー、アレに使える部品がこれで沢山調達出来そうじゃない?」とニヤリと笑うと「ちょっと交渉してくるねー」そのままハイディ達教師の元に向かって行っていましました。


 ……アレとは研究中の術具のことでしょうか? 確かにその分の魔石でしたら残っていそうですが、今そんなことを先生方に切り出しても大丈夫なのでしょうか?


 案の定ハイディの金切り声がここまで聞こえて来ました。いわんこっちゃありません。他の教師達とも揉めています。しかしアリシアは一歩も引かず粘り強く交渉を続け、暫くすると笑顔で戻って来ました。


「条件付きだけど、オッケーが出たよ!」





 残念ながら残留魔素解析写出術具、通称残魔術具は壊れてしまい、復旧は金銭的な面もあって絶望的になってしまいましたが、わたしとアリシアにとっては研究中の術具の一つでしかありません。本命は別にありますので、わたしも正直それほど残念ではありませんでした。


 それは以前アリシアの呟きから始まったのです。


「厨房に入ってる時思ったんだけどね、ボットとかミキサーとか炊飯器までもあるんだけど、電子レンジってないのよねー。アレがあれば料理の幅が広がるんだけどなー」


 毎度の過去の知識らしく知らない単語ですが、それについては特に言及せずにその用途について確認すると、火を使うことなく食品の内部に持つ水分を用いて加熱調理が出来る道具なのだそうです。


「それはまた随分と便利で汎用性がありそうな物ですが、その仕組みはご存知なのですか?」

「だいたいはね。マグネトロンを用いてマイクロ波を放つ誘電加熱の器具になるんだけど、ここの世界って電気の概念がねー」

「電気と仰ると、雷とかで発生するやつですか?」

「そーそー。概念自体は存在するけど、魔力に取って代わられてるから下地が全くないのよねー」

「なら、代わりに魔力で、そのマイクロ某みたいなモノを発生させることは出来ないのでしょうか?」

「あ〜……水の魔法でもって対象物の水分子を振動させるのか……あっ! 出来るかも! やってみる?」

「是非とも! 術式は任せて下さい!」


 調理が楽になり新たな料理が生まれるかも知れないと聞き、かなり前のめりにその術具には期待して研究をしていたのですが、今回の残魔術具製作にかかりっきりなってしまい、残念ながら研究は中断されています。

 それに今回程でないにせよ魔石がかなり必要になりますので、元々進展は遅々としていました。魔石の確保が大変なのです。何せ実験には失敗が付き物。いくらあっても足りません。既に幾つも駄目にしてはカスパーを困らせていました。


「実はね、今回それを見越して再利用出来るように魔石を加工していたし、余分に見積もっていたの!」


 今回、数に物をいわせて可動域を広く取り動作の安全性を確保していたため、かなりの魔石を使用していました。お陰で完成品もかなり大きくなりましたが。

 

 ……可愛らしく「上手くやったでしよ! ほめてほめて!」と笑っていますが、これは教師、特にハイディ先生に知れるとことですよ。ですがよくやりました。心の中でだけは褒めてあげましょう。


 これで念願の研究の目処が立ちました。

 しかしアリシアは実験分の魔石が確保出来たと喜んでいますが、先程の「条件付き」との言葉が気になり、わたしはまだ素直に喜んではいられません。


「それで、魔石を勝ち取れたのは重畳ですが、条件とはなんなのでしょう?」

「ハイディ先生がね、また同じ物を作る予算は出せないけど、さっきみたく年代だけの測定が出来る物を用意すれば、残った魔石は好きにしていいよって。他の先生方にもそれでオッケーもらった」


 確かにそれなら写出する必要がありませんのでそう複雑な構造にはなりません。今残っている魔石でも十分賄えます。ですがそこには一つ問題があります。


「それでしたら確かに複雑な機構が少ない分、残魔術具を作るよりは遥かに簡単ですから作ること自体は問題ないかと存じますけど、我々はまだそれを作ったことも計画したこともありませんよね?」

「そうだよね。だから図面ヨロシク! ちょちょいと描いてくれればいーから。あ、あとなるはやでっていわれた」


 ───何度も仰っていますが、大事なことは相談なしに勝手に決めないで下さい!





 結果として、もちろんアリシアを含む全員で突貫で仕上げた年代測定の術具は無事完成を見るのですが、それを乗せた台車を満面の笑みで押しながら退出するハイディを、我々魔工学講義一同は屍の様になりながら見送るのでした。


 ……まさかたった三日で作らされるとは思いませんでしたよ。流石に疲れました……。


 早く例の術具製作に取り掛かりたい気持ちはあるのですが、気力も体力も限界です。他の先輩方や教師達もみな同様です。そのため明日の魔工学の講義は全体的に休みとなり「久々にゆっくり休める」「老体に徹夜はキツイ……」「助かった……」との声が方々から上がってきたのですが「なら、明日はドコの講義に行こうかな?」アリシアだけは相変わらずでした。


 ……貴女はいつも元気ですね。好きにして下さい。わたしは寝てますよ。






 次の日は宣言通りアリシアは朝から出かけたままでしたが、わたしは隣室のレイ達に誘われて食事や入浴へ行く以外はずっと寝台の上にいました。こんなにゆっくり休んだのは一体いつぶりでしょう。人間休息は大事ですね。

 更に翌日には頭も身体もスッキリし、気力も体力もみなぎっています。


 ───では早速取り掛かりましょう!


「それで、電子レンジなんだけどね……」

「アリシア、その訳の分からない名称は改めましょう。何か他に良いものはないのですか?」

「えーダメ? ……なら、無炎調理釜とか?」

「それで良いではないですか」

「なんかパッとしないなー」


 アリシアのふざけた名称を改めたり、作業の手順を確認しながら魔工学の講義室へと入るのですが、扉を開けて絶句してしまいました。


 ───ま、魔石がありません!


 あれだけあった魔石が綺麗さっぱり無くなっているのです。他にも残魔術具の成れの果ての残骸まで消えていました。

 一昨日部屋を出る時はみな疲れ切っていたため、片付けはせずに散乱したまま退出しています。誰かが早々にやって来て整頓したのかと慌てて周りを見渡しますが、先輩方の一人が綺麗になった講義室の端に立ちすくんでいるだけでした。


「先輩! あの魔石はわたし達の物であると宣言しましたよね!」


 一昨日の帰り際に、物欲しそうに魔石を見つめる先輩方に向かってわたしはしっかりと釘を刺しています。


「い、いやいや、私は知らないぞ! 朝一番に来て、残骸から何か使える物がないか探そうとしたんだが、この状況に私も驚いている」


 その後すぐに他の先輩方もやって来たのですが、みな一様に部屋の現状をみて驚くばかり。


 一昨日の帰り際、講義室は確かにカスパーが施錠したのをみな確認しています。特に鍵を壊された形跡もありません。

 みんなで集まりどうしたのかと話し合っていると、カスパーを先頭に教師達が険しい顔をしながら入って来ました。

 わたしはすぐ様カスパーに魔石の件を伝えるために駆け寄って行ったのですが、それを手で遮られて大人しくする様いわれ、わたしから視線を外すと周りを見渡しながら口を開きました。


「あーみんな揃っているな。言い難いことだが、この前作った例の術具の件じゃが……。済まないが、アレ自体も、あの時見たことも全て忘れるように。……訳は聞かんでおくれ。あの日は何もなかった。我々は何もしていない。いいな……」

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