其の25 革の塊
……本当に驚きました。まだ胸がドキドキしています……。
予想だにしないものを見せられ、その破壊力にやられてしまいました。
先輩達や教師達は興味深げに写出板を見入り、写し出された出された画像の内容には全く興味を示さず、解像度や画角について何やら色々と議論を始めてしまいました。わたし達が勝手に動かしたことについて気にしている様子はありません。今起きている現象に唯々夢中です。
しかしハイディだけは「これは一体何なのですか?」画像を見て不満そうにしています。
「先程ハイディ先生からお話しを伺っていらっしゃいましたよね?」
「えぇ。確か、目に見えている物は対象物に光が反射しそれを目で受けて認識している。だとかいったお話しですね。それがどうかしましたか?」
「はい、それがコレなのです。要はこの画像は、この革の塊から見えていたモノといって差し支えないのです」
魔力は万物を構成しているのだと提唱する方もいます。
それについての真偽はわかりませんが、大小の違いはあれどそこかしこに魔力は存在します。光は物体に届くと反射しすぐに消えてしまいますが、魔力は魔素としてその物体に残ります。そのために先の仮説が出てきたのかも知れませんね。
確かに時間の経過に伴い魔素も薄れてはいきますが、僅かにでもそこに存在するのだそうです。少なくとも千年程は。アンナがそういうのですから恐らくそうなのでしょう。
この術具はその残っている魔素を見つけ出し増幅させ構築することにより、その時対象物の目の前にあったモノを平面上にして浮かび上がらせることが出来る術具になります。
「そういえば貴女は先程、わたしからアレの入手時期を聞いていましたね。そうなると、コレはわたしがアレを最初に手にした時、という事になるのですか」
革の塊と写出版を見比べ不思議そうにしています。
「はい。そこまで遠くない過去の話しになりますので、恐らくそうズレは少ないと思います。初めて手にした時、魔力が吸われる様な感触がありませんでしたか?」
魔力の残滓を増幅させるため、魔力的に活発な時期が観測しやすく、指定した日時で最も近い魔力的に変化があった時に焦点を合わせていますので、恐らくハイディの魔力を浴びていたであろう時期になります。
「そうですね。それで何かしらの魔術が行使されていると気が付きましたので」
「ここに写し出されているのは、その時のものになるかと思われます。どうですか? 身に覚えはございませんか?」
「……確かにそうですね……その時は喜びのあまり歓喜の笑みを浮かべていたかも知れません……」
……うわぁ……ハイディ先生の照れたお顔は貴重ですよ。
「しかし、何故にこうも桃色の単色で写し出されているのしょうか?」
ですがすぐに元のキツめの顔に戻ってしまいました。
そしてその理由について話すのには、今度はわたしが恥ずかしくなってしまうのです。
「……これは、その……魔素を増幅させ構築してここに写し出しますので、その際に使用する魔力に依存するからなのです……」
今この術具に込められている魔力の八割方はわたしの魔力になります。更に基幹となる増幅・写出は同一の魔力が適していますので、そこは全てわたしの魔力なのです。
「……はぁ、するとコレは貴女の魔力の色になる訳ですか……そうですか……」
───そんな不思議そうな目でジロジロ見ないで下さい!
途中の実験段階でアリシアに「赤外線スコープみたく緑になるかと思ったら、ピンクだなんて〜」と笑われたのを思い出して顔が熱くなってきました。
「ま、まぁ取り敢えず色については置いておきまして、この位前ですと魔素の付着も十分ですから、角度を変えてみることも容易に出来ますよ? 精度調整の確認のためにも少し変えて表示させてみましょう!」
みんなが集まる元に、逃げる様に小走りで向かいました。
「……何も写りませんね……」
数年ずつ後ろに進ませてみましたが、特に魔力的な反応は乏しく、無理に出力させても黒い板に写し出されるのはただ桃色一色のみ。
「これは暫くの間、書棚か箱にでも入っていたのでは?」
誰が呟いたのかは不明ですが、みな同じ考えでした。
「では、一先ず稼働の実験は成功したということで……」
わたしとしてはこの段階で一旦閉めたいと考えていました。何故なら先程込めた魔力もだいぶ消費しており、再度込めるのは勘弁して欲しく思うからです。
さっさと終わらせたい意味を込め、これで一安心ですね、と周りを見回したところ、方々から声が上がってきてしまいました。
「いや、まだだ。全く比較対象が足りていない。他の物を試すべきだ」
「いやいや、現状での成果を元に一度術具の確認をして再度調整してからでないと……」
「いやいやいや、術具自体の確認の前に対象物の現状での状態の確認をだな……」
「いやいやいやいや……」
新たな議論の火蓋が切られます。
それに参加していないのはアリシアとわたしだけ。二人してどうしようかと顔を見合わせていると、ハイディが突然「当然このま続行です!」出資者の強権を振りかざしてきました。
……本当にもう、これ以上は体力が持ちませんよ……。
わたしはかなり頑張ったと思いますよ。後で見返りを所望したく思う次第です。特に甘味で。
「じゃー先ずは、年代測定からやるねー」
継続が決定事項になりましたが、続けて何の実験をするかでまた揉めだしました。付き合っていられません。アリシアと相談し、ハイディの意向にわたし達の要望を乗せて勝手に作業を進めます。
「ちょ、ちょっと待って! まだ決まってない!」
そんな声は無視です。
「年代の測定まで出来るのですか?」
「むしろそれの方が簡単なのです。対象物に残っている魔素の一番古い物を確認するだけですから」
驚くハイディに、わたしは得意げに答えます。
「あー、コレってけっこー古いんだね」
「どの位と出ましたか?」
「ここまで昔となると、細かな年代は怪しいけどね、ざっと千年ほどと出てるよ」
その声にみなが驚き術具に殺到します。
「おー! やったぞ!」
「念のため千年以上対応出来る仕様にしていて正解でしたね」
「これは素晴らしい!」
歓喜の声が方々から上がりました。
……カスパー先生、嬉しいのはわかりますが、喜びのあまり頭を叩かないで下さい。眼鏡がズレ落ちます。
「なら、やはりアンナ女王様の物である可能性が……」
ハイディも感動に打ち震えています。良かったですね。
「そうですね、まだ可能性の段階ですが。では確証を得る為に確認作業に入りましょう」
唯一冷静であるアリシアと共に騒ぐ他の者達は無視して作業を続けます。
「その辺りで一番魔力反応があるのはどこでしょうね?」
「ん〜この辺りみたい。写し出すね」
「……えっ⁉︎ これはなんですか?」
流石に古いため不鮮明ですが見えてきたのは石や葉っぱの様に見えます。
「これだけではよくわかりませんね」
「ちょっとづつ角度を変えてみるね」
次に写し出されたのは棒状の物。アリシアと共に首を捻って見ていると、それを横から見たカスパーが「この革は魔物の物ではないか? ならばコレが仕留められた時かも知れんぞ」とこぼしました。
「生物が最も魔力を放出する時は、感情が昂った時じゃからな」
「なら、これはまだ生きている時で、鞣される前ということでしょうか?」
「そうかも知れんな」
みな同じく頷いています。
「よし、次行ってみよー」
そこから徐々に年代を上げていきます。数年後に魔力反応の高まりが見つかりましたのでそこに焦点を定め、黒い板に写し出すのですが、見えてきたのは人の顔が二人分。
「これは、下から見上げた状況ですかね?」
「二人の距離がかなり近いし、コレを二人で持って顔を突き合わせているんじゃない?」
「なら、これはどなたでしょうね?」
不鮮明な画像になりますので誰が写っているかはよく分かりません。そもそもわかったとしても大昔の人です。
少しずつ角度を調整してみな首を傾げながら見ている中、二人だけがそれに反応しました。
「……も、もしや、この御尊顔は……」
(うわー! ダメじゃー! 見るんじゃなーい!)
それはハイディと、頭の中のアンナでした。




