其の23 術具の製作
なんとしても作りたかったのでしょう。その執着心と行動力は尊敬に値します。いや、むしろ呆れました。ハイディまで巻き込むとは思いもよりませんでしたよ。
「良いですか⁉︎ こういったことは事前にちゃんと仰って頂かないと困ります! カスパー先生なんて、暫くの間茫然自失として立ちすくんでしまっていましたよ!」
「まーまー、ちょっと忘れてただけだって。ゴメンゴメン」
相変わらず誠意のない謝罪には頭にきますが、しかしわたしも作りたかったのは事実ですからあまり強くは言えません。よくやりましたと心の中だけで褒めてあげましょう。
「ともかくさ、ゴーサインが出たんだから早速作ろうよ!」
……今日行う予定でした昨日の実験の続きは暫くの間中止ですね。
「本当にもう……仕方がありませんね……。それで魔石の品質向上の方はどうしますか?」
「ん〜……すぐには出来なさそうだし、初期の案の数でゴリ押しするしかないんじゃないかなぁ……」
「そうなると出来上がる術具の大きさももそうですが、かなり費用が嵩みますよ?」
「大丈夫じゃない? それを見越した設計図をカスパー先生に渡しといたから」
本当ですか? とカスパーを見れば、ホクホク顔で頷いています。
「なら直ぐに手を付けましょう。予算が青天井とまではいきませんがふんだんにある代わりに、納期は厳し目です。これは皆さんにも手伝って頂くほかはありませんね」
連日の様にハイディが急かしにやってくる姿を容易に想像出来ます。それをカスパーも想像したのか、慌てて他の教師や生徒に声を掛け、結局、魔工学講義の全員が一丸となって術具製作を行うこととなりました。
「はぁー。コレは一大プロジェクトになるね。ねぇ、プロジェクト名どうしようか?」
「また変なことを仰っていないで、さっさと各々の役割を決めますよ。部材・資材の調達は物が物ですし先生方にお願いするとして、機材の組み上げには先輩方のお力をお借りすることになると思いますが、その前に貴女とわたしで図面を正書しましょう。このままでは他の方が読めません」
アリシアとわたしが書き殴って作った図面を今一度書き直すため、面倒がるアリシアと共に早速取り掛かりました。
「え〜っと、ここの縦幅を七尺程に収める必要があるから……」
「一間と一尺ですね」
「そうそう。だからこっち側を三寸ほど……あ〜! めんどくさい‼︎」
わたしは魔法陣を描く練習を散々しましたので図面を引くことも得意ですが、アリシアにとっては苦手な作業らしく大変そうにしています。特に単位に馴染みがなくて混乱するのだそうです。
「なんで今どき尺貫法なんて使っているのよ……」
「何故と仰られても、昔からではないですか」
「あぁメートルやグラム表記が懐かしい……」
「そんな単位は存じ上げません。諦めてサッサと計算を続けて下さい。手が休んでますよ」
「はぁい……」
遠方の国は知りませんが、我が国や近隣の諸国での長さや質量の単位は尺貫法になります。これは数百年程前に定められました。
(アンナさまは、それを何方が定めたのかをご存知なのですよね?)
(もちろん知っとるぞ。ワシが他所の世界から喚んだ者じゃからな。昔はその辺りのことはバラバラでちゃんと定まっておらんかったからの。その者が現状を知り、これは良くないと己の知識を披露してくれたのじゃ)
その方のお陰で、それまで各地で勝手に使われていた単位は統一され、また曖昧だった時刻も太陰太陽暦を用いることで日の出日没を基準にする不定時法が使われることとなりました。
(国造りに共通認識は不可欠じゃからな。どうだ凄かろう?)
……凄いのはその方であってアンナさまではありませんけれどもね。
歴史的には王族に近い者の中から出て来た才女が定めたということになっています。まだその時は完全に王室から距離を置いていた時期ではなかったのですね。
パチリパチリと、わたしとアリシアが弾く玉の音が静かな室内にが響きます。今は他の者達は資材確保や準備に奔走していて出払っているので二人っきりです。
「今どきソロバンに計算尺だなんて……」
「そうですか? これはこれでとても便利だと思いますよ?」
算盤も例の方が生み出したそうです。素晴らしいですね。助かっています。
「電卓が欲しいなー」
計算に飽きてきたのか、アリシアの手の動きが緩慢になってきました。それを横目に見つつわたしは計算を続けます。
「よく仰っている計算機ですか? 今はそんな物を作っている暇はありませんよ。他の方々も頑張っているのですから、わたし達が出来る分はやっておきませんと」
正直わたしも算術は得意ではありません。話しに聞けばとても便利そうな物で興味はあるのですが、現状の技術ではとても大きな物になってしまうそうです。「仕組みはわかってるんだけどねー」悔しそうな顔をしながら、完全に飽きてしまったのか算盤を弄って遊び出してしまいました。
……まぁ無理もありませんね。
今日は一日中図面と睨めっこしています。強度計算に出力調整等々……やらなければいけないことは沢山あり、例え不得手でもやれる者が手を付けなければ終わりは見えて来ません。
しかし流石に疲れました。ため息を吐きつつわたしも手を止めて休んでいると「お待たせ! 資材が揃ったよ!」資材調達に行っていた先輩方が戻って来ました。
「ホント⁉︎ よーし!」
途端にアリシアが元気になり立ち上がりました。
ここからが本番です。面倒な計算は得意な者にお任せし、早速作業に取り掛かりました。
作業内容は、主に重要な核となる魔石の錬成をアリシアが担当し、先生方と取り組んでいます。わたしは先輩方に機材を組んでもらうのに併せてそこに術式を描き込んでいきます。
正確に動作させるためには綺麗で正確な術式を描く必要がありますが、それはわたしの得意とするところ。疲労も忘れてひたすら作業に没頭しました。アリシアも夢中になって魔法を行使し次々と魔石を仕上げていきます。やはりこういった作業の方がわたし達には向いていますね。達成感が心地よいです。
しかしそんなわたし達の様子を見て、周りの者が引いているのには解せません。研究者として当然の姿ですよね?
当初の案では、わたしとアリシア、カスパーの三人だけで作る予定でしたが、今回魔工学の学生、教師全員が参加しての作業になりましたので、思いの他早く進行は順調に進んだのですが、それでもひと月程の時間を要してそれはやっと完成しました。
「……これはまた、設計通りとはいえ、だいぶ大きな物になってしまいましたね……」
「さすがにこれじゃ外に持ち出すのはキビシイね。まぁ実験するにはここでも構わないか」
「そうですね。では……」
先ず初めに何を使って実験するべきかとみなで額を付き合わせて相談していると、突然「出来ましたか!」ハイディが駆け込んで来ました。一体どこから聞きつけたのでしょうか。みなが驚いていることからも誰かが報告した訳でもなさそうです。ずっと監視されていたのでしょうかね。少し怖いです。
「一応は組み上がって物自体が完成はしたのですが、まだこれから稼働実験を繰り返し、問題を洗い出していく実験の段階がありますので、本番はその後なりますよ? まずは確実性を求めるためにも予め魔力量がそれなりに含まれている物を……」
「そうですか。なら丁度良いですね。ではコレを使って実験をしてみて下さい」
話しを遮られ、小脇に抱えていた荷物を押し付けられました。これは何を言っても無駄な様です。大人しく受け取りました。
開くとそこには一冊の古びた革の塊があり所々黒ずんでいます。
「これはまた随分と古そうな物ですが、一体なんでしょう?」
「真偽の程は定かではありませんが、これは初代女王アンナ様かそれに近い方がお持ちになっていたと思われる物になります」
……これはまたとんでもない物が出てきましたね……。




