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其の224 二人の決断 前編

 ……叱られている時には、下手に口を挟んではいけません……。


 そんなことをすれば火に油を注ぐだけです。ジッと黙って嵐が通り過ぎるのを待つのが得策。


 最初の内は、普段あっけらかんとして朗らかなアリシアには似つかわしくなく、情緒不安定な更年期女性が騒ぎ立てるかの如く支離滅裂なことばかりいっていましたのでよく聞き取れませんでした。まるで壊れた拡声器。暫くしてからやっと聞き取ることが出来る様になりました。


「そんなこといっても、ただ楽な方に逃げてるだけじゃない!」


 ……ごもっとも……。


 ですがこれが一番平和的な解決策だと思うのですよ。わたしだけでなくアリシアにとっても。


「ちゃんと周りのこと考えてるの!? 独りよがりが過ぎるわよ!」


 ……返す言葉も御座いません……。


 ですが今更です。性分ですからこれは変えられません。苦情はこの性格を作り上げた原因のアンナへお願いします。


「……そもそもアタシのことも、ちゃんと考えてるの?」


 ……ですからこの提案をしたのですが……あら?


 明らかに声の勢いが落ちて来ました。


「そりゃアタシだって、この世界に未練が無い訳じゃないのよ……」


 …………。


 そういえば、確か彼女は異なる世界の記憶を持っているのだと聞いたことがあります。そこに居た時はどの様な生活をしていて、そしてどの様に亡くなったのかまでは詳しいことは聞いていません。しかし今世での彼女のことはよく知っています。そして亡くなった時のことも。何せ目の前で見ていましたから。あれはとても苦しそうでした。思い出すだけでも胸が痛くなります。その時の彼女の痛みは、肉体的にはもちろんですがその心の内の苦しみも相当なものだったことでしょう。

 

 ……それが三度目ですか……。


 今回は痛みが伴わさそうだとはいえ、心が傷付くとこには変わりありません。いえ、むしろ一度失ったと思ったものが戻ったのにまた失うことになるのですから、これは余計にタチが悪いと思います。何れにしてもその痛みの度合は、わたしでは計りかねます。


 ……これは浅はかでしたね……。


 それなのにわたしのことを思って身を引いてくれようとして、心配を掛けまいと気丈にも普段通りに振る舞ってくれていたのに対してあの様なことをいってしまったのです。これでは台無しではないですか。


 ……やらかしました……。

 

 癇癪を起こして怒るのも納得です。自己嫌悪に陥り益々頭が下がってしまいました。


 ……穴があったら入りたいです……。


 こうなってはアリシアの気が済むまで大人しく付き合うしかありません。まだまだ怒りは収まらないでしょう。大概こういったものには波があるものです。


 覚悟を決めると再び罵声を浴びてもよい様に身構えていたのでしたが、頭上に何か小さな物が当たるのに気が付きました。


 ……これは……水?


 雫が一滴ニ滴と垂れています。


「……アタシだって……アタシだってもう死ぬのはイヤなのよ……」


 ……あ……。


 声の感じから察するに、感情の波は上昇することなくそのまま下へ振り切れてしまった様です。


 恐る恐る振り返ると、案の定そこには泣き腫らして顔をグシャグシャにしたアリシアの姿がありました。この様な彼女の姿もまたついぞ見たことがありません。困惑して眼鏡に落ちて来る涙を拭うのも忘れて見上げていました。


 ……どうしましょう……。


 この状況は下手に声を掛けない方が良いでしょう。かえって逆効果になる恐れがあります。


 そのままアリシアの膝の上に膝立ちすると、眼鏡を彼女の肌に付けない様に気を付けながら首に手を回して抱き締めました。


 ……今のアリシアがこの眼鏡に触れてしまうと、どうなるかわかりませんからね……。


 今の彼女に実体があるのは魔力によって生成されているからです。いわば魔力の塊ともいえましょう。とはいえこれしきの術具が消費する魔力なぞはたかが知れていますから、特に問題にはならないかも知れませんが念には念を入れておきます。


 ……しかし、やはり実体にしか感じませんね……。


 慰めるつもりで寄せた肌でしたが、触れ合った瞬間に感じたその温もりに、今彼女が確かにここに存在するのだと改めて認識させられて、胸が締め付けられる思いがしてただの一言も発せず、ただ黙って抱きしめるしか出来ないでいました。


「……ミリー……」


 暫くすると少し落ち着いたのか声も普通に戻っていました。今度は先程とは逆にわたしが彼女の背中を摩ります。


「落ち着きましたか?」

「……うん……」


 これならもう大丈夫だろうと離れようとしたのでしたが、アリシアの方からも首に腕を巻かれて動けなくなってしまいました。この体勢は少し苦しいですが力では彼女に敵いません。大人しくされるがままにします。悪い気がしないのもありました。


「アリシア……」

「……グスン……ゴメンネ、ヒステリックになっちゃって。それでさっきの話しだけどね、アタシにはありがたいんだけど、それってミリーにはメリットなくない?」


 ……話しの流れから察するに、先ほどのことを謝らられて、彼女にとっては良いことでも、わたしに取っては利益が無いのにそれでも良いのか? ということでしょうか……。


 それならばもう答えは決まっています。


「そんなことはありません。問題ありませんよ」

「ホントに? 良い人、見つけるんじゃなかったの?」


 念を押されてしまうと少し考えてしまいますが、改めて考え直しても先程の気付きは揺るぎませんでした。


 伴侶を欲するのは人として当然のことでしょう。人は一人では生きられません。幸いわたしには弟妹達など家族が居ますし娘もいます。これだけでも十分恵まれているのだといえるでしょう。しかしそれはあくまで家族。わたしの一部に等しい存在です。伴侶ではありません。長いか短いかは別としても、共に人生を歩んで行く相手がいるのといないのとでは、心の持ちようも変わってきます。


 ここに至るまでも独りでやってきた訳ではありません。常に周りの者に助けられていました。しかしその中でも特に一心同体ともいえた頭の中に居た者達とはもう離れてしまっっているのです。


 ……ですがまだまだまたこれからも人生は続く……筈ですからね……。


 口ではどうといっていても、やはり何処かしら寂しく思っているのでしょう。以前よりも伴侶を求める気持ちが強くなっているのを感じます。


「もちろんその気持ちは今でも変わりはありませんよ。わたしもか弱い乙女です。伴侶が欲しくない訳ではありません。むしろ望んでいます」

「ほら、やっぱり……」

「ですがそれはあくまでも伴侶であって、配偶者ではありません」

「え? 違うの?」

「わたしが求める者のは、互いに手を取り合い苦楽を共にし、出来ることなら高め合える者のことです」

「……なんか結婚式のスピーチみたい……。強くてカッコイイとか背が高いとか、そーいったのはいいの?」


 ……まあ、見目が良くてわたしより強いに越したことはありませんが……それに背なぞは大体の者がわたしよりも高いですから関係ありませんね……。


 思っても口には出しません。


「そうですね。違います」

「そうなんだ。なんかある意味理想が高いねー」


 確かにそんな者は探せばすぐに見つかるものでもありません。出逢えることが出来たとしたらそれこそ運命の者でしょう。


「先程もお話ししましたが、わたしは別に番となる者を求めている訳ではないのですよ」

「番だなんて……エッチ!」


 彼女の調子が戻って来た様で何よりですが、今一伝わっていない様子です。


「良いですか? それが例えどの様な者であろうと関係ないのです。殿方であろうとそうでなかろうと。それこそ実体があってもなくても構いません。わたしと共にずっと一緒に居てくれさえすれば良いのです」


 そういうとアリシアの首を抱く腕に力を入れました。


「……ミリー、それって……」


 流石のアリシアもやっと気が付いた様子です。


「貴女に退路がないこの状況で、この様なことをいうのは卑怯なのは重々承知しておりますが、これについては嘘偽りなく真実です」

「……ホントに、アタシでいいの?」


 アリシアの腕にも力が入り更に苦しくなって来ました。


「でもアタシって、実はこう見えてもケッコー歳上なのよ?」

「構いません」


 幾ら彼女が前世の記憶を持っているとはいえ、そんなことは瑣末なことです。むしろわたしの方が歳上に感じる時がある位ですから。それに精神体ですから年齢なんて意味が無いでしょう。


 ……そもそも、今後彼女は歳を取るのですかね?


 細かいことは気にしないでおきます。面倒ですからね。


「……それにまた騒いで迷惑掛けるかも知れないし……」

「それはお互い様ですよ。わたしも色々と迷惑を掛けると思います。……しかし良い歳なのでしたら、それ相応に振る舞って頂いて、なるべくなら控えて頂けると助かりますね」


 無言で頬をつねられてしまいました。


「と、ともかく、わたしは貴女が良いのですよ!」

「ありがと! ……でも、嬉しいけど……その……アタシとミリーとでは……恋愛の価値観というか……その……求めているモノが違うかもよ?」

「問題ありません」


 愛の形は人それぞれです。趣味趣向は千差万別。それこそ人の数程あるでしょう。例え好き合っている同士でも、お互いの思いが全く同じだなんてことはあり得ません。多少なりとも差異があるものです。しかしそれを押し付けたり否定することなくお互いが満足出来ているのであれば、そこには何ら問題もありません。世の中はそれで上手く回っているのです。例えそれが勘違いの上に成り立つ関係だったとしても、それがその先死ぬまで続いて行くのであればそれは真実と変わりありません。重要なのは均衡が取れているかどうかです。


「わたしのことは、お嫌いですか?」

「そ、そんなことないわよ!」


 殊更アリシアに巻かれている腕の力が強くなりました。流石にこれでは苦しさしかありません。頑張って抜け出すと膝の上からも降りて座ったままの彼女に向かいます。


「なら、構いませんか?」


 見上げずとも視線が変わらないのは癪ですが、そんなことは今更です。彼女の顔をジッと見つめました。


 目だけでなく顔もほのかに赤くなっています。恥ずかしいのでしょう。わたしも同じ状況になので良くわかります。しかしここで恥ずかしがって視線を外す様なことはしません。


 彼女の目を見つめながら手を取ると握り締めました。


「これからも、わたしと共に歩んでくれませんか?」

「…………」

「まだまだやりたい研究も沢山あります。今後もアリシアと共にやって行きたいのです。もちろん他のことも……」


 それでもやはり恥ずかしいものは恥ずかしくて、結局は俯いて目を瞑ってしまいます。


「……そんなこと、いわなくてもわかるでしょ?」


 その言葉と共に身体が引っ張られると、突然身体が宙に浮く感じがしました。


 ───!?


「アタシだって、ミリーとあんなことやこんなこと、色々としたいよ!」


 驚いて目を開けると、今度は先程とは違ってアリシアの膝の上に横座りさせられていました。そして先程とは比べ物にならない程に優しく抱きしめられています。


「ホントにいい? 後悔しない? たぶんミリーが思ってるよりアタシって……」


 ───か、顔が近いですよ!


 優しく抱かれているだけですから投げ出そうと思えば逃げ出せるのですが、身体が動こうとしません。恥ずかしくて顔から火が出そうになっているのに目を瞑ることも出来ず、徐々に距離を貯めてくるアリシアの顔を見ていることしか出来ませんでした。


 …………。


 それは今まで味わったことのない暖かな感触に併せて、何故か香しい香りまでしています。


 ……あぁ……。


 恍惚としてしまい意識が遠のいて行きました。

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