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其の230 表れ出た者達

 いくら濃い霧の中だとはいっても近くのものは一応認識出来ていました。それに今は眼鏡が戻って来ていますから視界に問題はない筈です。


 ……ま、まさか……。


 目を疑い何度も瞬きしてしまいました。


 ……流石にこの状況で寝てしまうことはありえませんから、夢を見ているということでもないでしょう。ならば願望による妄想でしょうか……。


 突然懐かしい顔が目の前に現れて心臓が飛び出しそうになります。


「ア、アリシア!? 貴女なのですか!?」


 恐る恐る肩に置かれている手に触れてみました。


 ……あぁ……この感触は……。


 そこに感じたものは間違いなく彼女のものでした。幻などではありません。実体があります。それがわかると自然と目頭が熱くなるのを感じました。


 わたしが最後に覚えている彼女の手の感触は、段々と冷たく硬くなっていくものになります。正直思い出したくもありません。しかし今は違いました。そこには確かに温もりと柔らかさがあります。思わずそれをもっと確かめたいと握る手に力が入りました。


「イタ! 痛いよミリー」


 そういってはにかんだ顔は、わたしの涙腺を緩ませるに十分過ぎるものでした。


「……な、なぜ……」


 喉が詰まりその後の言葉が出て来ません。


 今のわたしは余程に酷い顔になっているのでしょう。アリシアが少し困った表情になっています。


「あ〜……、アタシもよくわかんないんだけどね……」


 別に何故ここにいるのかの答えを知りたくて尋ねたのではありません。自然と口から出て来ただけです。例え今この一瞬だろうとも彼女がこの場にいる事実さえあればそれ以上はなにもいりません。そのまま彼女の顔を食い入るように見ながら立ちすくんでしまいました。


 しかしその感動に浸っていられた時間は長くありません。涙もすぐに引っ込みました。


 ───ッ!


 またしても霧の中に人影が見えて更にそれが近付いて来る気配がしたからです。警戒して身体が強ばりました。


「あ! 大丈夫よ」

「え!?」


 そういわれても警戒を緩めることなんて出来ません。顔も険しくなります。するとアリシアにそっと抱き抱えられました。我ながら安直ですがそれだけのことで安心することが出来、身体から力が抜けていきます。


 そのまま大人しくしていると、その人影はわたしの側まで来て腰を下ろし始めました。そして先程わたしが落とした恋文の束を拾い上げたのです。


「ミリーちゃん。これは大事な物なんだから壊しちゃダメよ?」

「はい!?」


 そう親しげに笑い掛けて来たのは質素な司祭服に身を包んだ老婆。その姿には全く見覚えはないのですがその声はよく知っています。


「ま、まさかイザベラさまですか!?」

「そうよ。会うのは初めてよね。宜しく? なのかしら。ふふふ」


 唖然とするわたしを見ながら楽しそうに笑っています。


 ───え? え? えーッ!


 それにアリシアと違って直接触れた訳ではありませんが、彼女も幻ではなさそうに思えます。


 ……それを持てるということは……。


 実体があるのでしょう。


 ……しかし何故二人が……。


 状況に理解が追いつかず大混乱ですが、頭はどうにか働いている様です。いるのだからいるのでしょう。訳は知りません。ですが事実は事実として受け止めましょう。考えるだけ無駄。なので彼女に続いて更にもう一人の影が見えましたが、今度は慌てずにいられました。


 ……ここに二人がいるのですから、彼女達がいてもおかしくはないでしょうね……。


 さてどちらなのか。


 目を凝らして姿が見えるのを待ち構えましたが、現れた者を見て危うく声を上げる所でした。


 ……話しには聞いていましたが、これ程とは……。


 その途端一目散に逃げ出したくなりましたが目が合ってしまいました。これでは顔を背けることも出来ません。失礼にあたります。


「……オババさま……で、宜しいでしょうか?」

「うむ。そうじゃ。お主がミリセントじゃな?」


 わたし達とは手足の数や身体の造りが異なるのは聞いていました。しかし同じ言葉を喋るのですから所詮は同じ人。アリシアが大袈裟なのです。現にアンナやイザベラは普通な対応でした。多少個性的な位であろうとたかを括っていたのですが、目の当たりにして考えを改めざるを得ません。


 ……アリシアが怯えていたのも納得ですね……。


 心の中で彼女に謝ります。


 そんなアリシアですが、先程までわたしの前に立っていたのですが、いつの間にかわたしの後ろに回って小さくなっていました。


 ……肩に爪が食い込んでいますよ……。


 しかしその痛みですら今は少し嬉しく感じてしまいます。それに気付いて少し可笑しくなりました。


 ……フフフ……それにしてもイザベラさまは凄いですね……。


 改めて感服しました。

 

 オババと普通に接しているどころか、随分と親しげな様子です。例の恋文の束をオババに渡して状態保存の魔術を解くように頼んでいました。


 ……こんな時でも彼女は平常運転ですね……。


 肝が太いのかなんなのか。少し呆れてしまいます。

 

 彼女はオババから術を解いてもらうと、霧の中に消えて行きました。早速恋文を広げているのでしょう。自由ですね。


 しかし彼女がいたところで今はあまり意味がありません。好きにしていて下さい。今最も重要なのはこの状況。


 恐らく唯一この状況に詳しいであろうオババに向かいました。怖いだなんていっていられません。


「オ、オババさま……」

「なんじゃの?」

「色々とお聞きしたいことが御座います」






 人は亡くなれば当然この世から去って行くのが世の常。しかしその因子は完全には無くならないのだそうでして、それを拾い上げることで今のアンナやイザベラ、アリシア達がいるのだそうです。そしてその際に最も重要なのはそれを構築して維持しておける場所。


 ……年齢による制約は、何も子孫を増やしていくことだけが理由なのではなかったのですね……。


 若い時分の方が魔力も柔軟性があるのだとか。器として耐えられる制限でもあった様です。


 しかしただの意識体であればアンナ達の様に器を用意すれば済んだのでしたが、アンナの望んだことはそれだけではありません。その為には大掛かりな装置が必要となります。


「……それがこの部屋という訳ですか……」

「ホッホッホ。大変じゃったぞ」


 アンナの我儘も大概ですが、それを大変な一言で済む様ませられるオババも相当なものです。是非ともその詳しい仕組みを知りたいものですが、果たしてわたしに理解できるのでしょうか……何せ実体として顕現させるのですから。


 簡単に説明してくれた所によると、ここはいわば人の子宮と似た様な物なのだそうで、アリシア曰く「フラスコのホムンクルスだ!」等といっていましたが、要はここはアンナ達の様な意識体に実体を持たせる場所になるのだそうです。その為に大量の魔力が必要でした。そして広く世界に散らばってしまっていたラミの因子を集めて構築する装置でもあるそうです。


「そうですか。この中にいるからアリシア達に実体がある訳ですか……そうなると……」


 当然アンナもここにいる筈ですが、まだその姿を見ていません。


「うむ。二人ともおるぞ」

「お二人とも?」


 アンナと伴侶のラミは既にここにいるそうです。


 既にラミの構築は済んで、先程わたしに攻撃して来たのが彼本人だそうでした。そして恐らくその後に見た人影がアンナだとか。


「それでは、そのお二人は今どちらに?」


 状況が状況でした。仕方がありません。自分に取っては馴染みのある場所に知らない者が居たのです。いきなり攻撃をして来たこと自体は甘受します。わたしも同じ立場でしたら攻撃を仕掛けた筈でしょう。しかし文句の一つ位はいいたく思いますよ? その権利くらいはある筈です。


 そしてアンナに対しては面と向かっていいたいことが山程あります。当然言葉だけでなく手も出しますがそれは仕方がありませんよね? 例え泣いても許しません。


「ふむ。このままでは見えんな。ちと待っておれ」


 ……え?


 オババは玉座に向かうと何やら操作を始めました。石室全体の管理はここで行うのだそうで、充満していた霧が少しづつ晴れて来ました。


 ……あぁ……見ない方が良かったですね……。


 この魔力による霧は視界だけでなく音も阻害していた様です。霧が晴れたことで部屋の隅にいる二人の姿が露わになり、獣が叫ぶ様な声が一緒に聞こえて来ました。思わず赤面し目を背けてしまいます。


 ……勘弁して下さい……。


 今更うぶを気取る訳ではありませんが刺激が強すぎます。それ自体は生物の営みとして大切なことになるますし、恥ずべき行為でないことは百も承知です。しかし肉親でなくとも家族みたいな存在のあられも無い有様を見せつけられてしまっては気まずいったらありゃしません。そういったことは密やかに行うべきなのだとわたしは思いますよ?


 部屋の隅で組んず解れつの桃色体操が行われていました。


 数百年ぶりの逢瀬になるのですから盛り上がるのも仕方がないのでしょうが、場所をわきまえて下さい。


「……オババさま……霧を戻して下さい……」

「ん? よいのか?」

「構いません。せめてあちら側だけでもおねがいします……。早急に!」


 あれではとても話しが出来る状況ではありません。そもそも声を掛けれませんし、近付くなんてもっての外。声すら聞きたくありません。


 アリシアも顔を赤くして頷いています。


 ……まったく……。うら若き乙女がいる所で何をしてるんでしょうかね……。


 しかしこの状況を喜んで霧を戻すのを嫌がるであろうと予想出来る者が一人いました。横目でチラリとイザベラの様子を伺うと、彼女は一瞥しただけで恋文に視線を戻しています。どうも現物には興味が無い様子。


 ……筋金入りのそちらの方でしたか……。


 しかし趣味趣向は人それぞれ。構いません。寧ろ、どこぞの誰か達とは違って大人しくしてくれている分、何倍もマシに思えます。


 ……ともあれ、これで全て終わりですか……。


 自然と深いため息が出て来ると、達成感に合わせて緊張が解けたことでドット疲れが押し寄せて来ました。


 ……ふぅ……。

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