其の21 二学年
季節は巡り、寒い冬も穏やかな春も過ぎて暑い夏に差し掛かってきています。
わたし達は一つ学年が上がりました。二学年です。
寮内の顔ぶれは相変わらず変わりませんが、講義の内容は全て専門課程に移りましたので、講義で会う者達は様変わりしています。
学園で行われる講義は全て卒業後の進路を見据えた内容になりますので、特に成績が付けられたり留年などがある訳ではありません。その担当する教師の許す範囲であれば好きな講義をどれだけ履修しても構わないのです。もちろん自分で賄える範囲になりますが。
「わたしは、やはりこれ一本でいこうかと考えています」
隣室のレイは剣術の講義一つだけに絞り、毎日朝から忙しくしています。
彼女は剣術教師の覚えもめでたく、その実力は他の年代男子相手でも引けを取らないそうです。凄いですね。
時折彼女は王城の兵士達の訓練にも混ざっているようですが、いずれは近衛兵あたりでも目指すのでしょうか。
貴女の部屋の魔石は任せて下さい。応援していますよ。
「あたし達は当然、算術と経営・経済の講義も取るけどね、せっかくだから礼儀作法や踊りの講座も取ったの」
マリーとツィスカは卒業後に商人の道へと進むべく順当な講義を選びましたが、後々役に立つからと、令嬢らしい講義も履修しています。
礼儀作法に踊りといった講座は身分差に関係なく令嬢達に大人気。わたしも礼儀作法の講義は一応履修しています。貴族らしさに自信ががないものですから。……決してお茶にお菓子が目当てではありませんよ。
花嫁授業もそうですが、常に履修している者全員が講義を受ける必要がなくて楽だから人気なのだそうですが、彼女達は人脈を広げるための意味合いもあるのでしょうね。しっかりしています。
二学年になり、みなそれぞれ将来に向けて動き出しました。
そんな中、アリシアの講義選びは大変でした。
『たまに顔を出すだけで良いから、取り敢えず履修だけしてくれ!』
大勢の教師達に懇願された結果、剣術・魔法・調理等々……。一体どれ程の講義を取っているのか知りません。ですが中には絶対に止める様、懸命に止めた講義もありました。それは教の講座。そんなものまで履修しているのですから。
「だってーさー、しつこく毎日勧誘しに来るし、名前さえ書いとけば卒業後に王立の仕事を口利きしてやるって言うからねー。でも大丈夫! 一度も顔を出さないから!」
……まったく。そんなとこにも入って後でどうなるか知りませんよ。
結局のところアリシアは、その日その日に気の向くままに講義を受ける権利を獲得したのです。流石優等生ですね。
ですがほとんど同じ講義ばかりに出ている毎日でした。
「でねー、昨日のアレなんだけど、中心の魔石にもっと魔力込められない? もう少し出力が欲しいんだよねー」
「込めるだけでしたら造作もありませんが、あれ以上ですと魔石が壊れてしまいませんか? せっかくアリシアが錬成したものですのに」
「大丈夫! 壊れたらまた作るから」
「講費が足りなくなると、また怒られますよ?」
「だったら自分で取りに行こうかなー。それともマリー達に都合してもらう?」
「……わかりました。なるべく壊さない様気を付けてやりますが、午前中はハイディ教師に顔を出す様に言われていますので、きっとお昼まで帰してくれないでしょう。午後一で宜しいですか?」
「オッケー! ヨロシク! ならアタシは午前中どうしてよ? 久々に魔法の講義に顔出そうかな?」
「あぁそうでした。この前レイから、剣術の教師がアリシアの来るのを首を長くして待っていると伺いましたよ。そちらに行ってみては如何ですか?」
「そう? ならそっちに行ってくるねー」
結局わたしは魔工学の講義を選択しました。
アリシアも一緒に履修したことには少々驚きましたが、今や二人一緒に魔工学の講義に行っては色々な実験・研究を繰り返している毎日です。そして何故かハイディに「貴女は必ずわたしの講義を履修するように!」半ば強制的に史学の講義も取らされてしまっているのです。
後で知ったことですが、ハイディは史学の中でも王国史の古代から中世にかけてが専門らしく、わたしの着眼点や引き出しが面白いのだと、二学年になってからは時折呼び出されては討論の相手をさせられています。
……アンナ、恨みますからね……。
いつ来ても教員棟は緊張します。
史学の講義は専門課程になっても相変わらず人気でした。但し上流以上の貴族子女達に、ですが。
王族やそれに近い者達は、ほぼみな履修しているのですが、人数制限を設けていたため、そこにもれた上流貴族子女も少なからずやいますので、所詮男爵家子女のわたしは居た堪れないのです。
アリシアに一緒に取るようお願いしたのですが「え⁉︎ やだ」と、にべもなく断られています。友達甲斐がないですね。嫌なことも分かち合いましょうよ。
そんな訳ですから教員棟は講義室に行くよりはマシなのですけどね。
「ミリセントです。入っても宜しいでしょうか」
扉を叩いて入室を請うのですが「どうぞ」と返って来た声の調子はいつもよりキツめで、思わず眉を顰めてしまいました。機嫌が悪そうなのが明白ですが、呼び出されて来たので逃げ帰る選択は出来ません。
警戒しながら恐る恐る扉を開けると、予想通りに険しい顔をしたハイディが仁王立ちで待ち構えていました。
……今すぐ逃げ出したいです。
「ようこそ、ミリセント嬢。……あら、アリシア嬢は一緒でなくて?」
どうやらアリシアも呼び出されていた様です。
「申し訳ございません。わたし一人です」
「そうですか。困った娘ですね……」
───あの娘、逃げましたね!
帰ったらどうしてやろうかと、怒りに震えていましたら、「お、遅れて申し訳ない……」汗を拭きながら髪がボサボサの老年男性が部屋に入って来ました。
……え⁉︎ カスパー先生じゃないですか! 貴方が何故ここに⁉︎
驚いてズレた眼鏡を急いで直します。見間違えではありません。
彼はわたしやアリシアが直接師事する魔工学の教師になります。「もう年じゃから、そろそろ引退かのぅ」が口癖の老教師になりますが、未だその研究意欲は衰えていない様子で、わたし達の研究に興味を持ち手伝ってくれています。
そんな魔工学一筋である彼が、史学の教師であるハイディと一体どんな関係があってここ来たのでしょうか。しかもハイディの方が明らかに歳下ですのに偉そうにしていますよ。
驚きながら双方の顔を見比べていますと、ハイディが突如、肉食動物が獲物を見つけた様な顔でニヤリと笑いました。
「貴方方、何やら面白い事をやっているのですってね」




