其の226 ミアとブルノルフのその後
人には誰しも生理的にどうしても受け付けないものがあるものです。それが別に親の仇でもそれに何かをされた訳でなくとも駄目なものは駄目。目にするのはもちろんのことその理由ですら考えたくありません。わたしに取ってのそれが、あの……ご……あぶら……。
……うう……少し考えただけでも肌が粟立ちます……。
最悪の日でした。あの日のことについては思い出したくありません。
(いやー二人揃ってる姿を見てると色々と思い出すねー。ホント大変だったよ。ミリーに魔法が使えなくて良かったって、あの時ほど思ったことなかったなー)
……いっているそばからもう……しかしそれについてはわたしもそう思います。面目次第も御座いません……。
あの日、アリシア曰く太郎さんの集団が現れた時、わたしは大混乱となり大狂乱。みっともなく騒ぎ立ててしまいました。
(ヒィー! ひッ! 火! そう火ですっ! 全て焼き殺して下さいっ! そ、それと風! 風で吹き飛ばしてー!)
恐怖のあまりその場で気絶していた方がまだましだったのかも知れません。しかしわたしと同じようにアンナとイザベラも頭の中で騒ぎ立てていましたのでそれは叶いませんでした。かといって足の踏み場もない程の大群に囲まれていましたから、そこから逃げ出すことも出来ないでいたのです。
そんな中、こんな状況下でも冷静だったオババとアリシアに嗜められました。
(お主、そんなことをすればここが火の海になるぞ?)
(そうよ。アレってよく燃えるのよ? ライナちゃん達まで巻き込んじゃうよ?)
────じゃーどーすればいいんですかーッ!
怖さが限界値を超えると、瞑りたくとも目を瞑ることが出来なくなることをその時初めて知りました。
迫りくる恐怖に震えて思考を放棄し二人に対処を丸投げした所、アリシアが魔法で辺り一面を恐ろしい程までに温度を下げてオババが魔術でわたし達の保護を行いました。
……本当、あの時は生きた心地がしませんでしたよ……。
二人とも手際良く出来る限り迅速に行なってくれたのでしたが、術が発動するまでの時間が永遠に感じられた程でした。
(絶対零度付近までがんばったよ!)
それがどれ程凄いのかはわかりませんが、保護をされている筈でも凍てつく程の寒さのお陰で蠢くものはいなくなります。
あの時はその術でかなりの魔力を消費していましたから身体はとてもだるく、例え動かなくとも踏み付けるのすら忌避する存在ではありましたが怒りがそれを上回り、自然と足が動き出しました。
動かなくなった黒い物体を踏み鳴らして弟妹達に近付くと無言で手を突き出し得物を渡す様に示唆します。
しかし剣や槍等は渡すのを拒否されて、代わりにミスティに譲ったかつてのわたしの鞭を渡されたのは、その時のわたしの形相がよっぽど酷かったからだと思います。
……家族の間では、わたしのアレ嫌いは有名な話しでしたからね……。
ブルノルフだけでなくミアも一緒に殺されてしまうと思ったのでしょう。あんな者でも一応は姉ですからね。優しい子達です。確かにあの時のわたしはそれを躊躇なく行ったことでしょう。少なくともその気はありました。完全に怒り浸透に発していました。
───今でも許していませんよ!
二人もわたし達同様にオババの魔術によって冷気の保護をされていましたが、近づいた時に共に震えていたのを覚えています。決してわたしの顔を見て怯えていたのではないと思いますよ。そう思うことにしています。
そして怒りに任せて二人まとめて何度も何度も打ち据えました。後で聞いた話しによると、その際二人は無抵抗でなく反撃もして来た様ですが、それについてはよく覚えていません。闘いにはならずわたしの一方的だったそうです。あの鞭はアンナの物と違って殺傷能力は低いのですが術具は術具。魔力を込め過ぎたせいでただひたすら硬い棒になっていました。わたしの気持ちが如実に現れていたその感触についてはよく覚えています。その際に頭の中の者達がうるさかったのも覚えていますが、何をいっていたかまでは覚えていません。その時見兼ねたイザベラが、二人に対して何度か癒しを施していたのだそうですが、わたしはそのことに全く気が付かずに何度も死線を行ったり来たりさせてしまったことについては仕方がなかったと思いますよ。わたしは悪くありません。
……未だあの二人の顔を見ただけで、あの時の悪夢が思い出されますものね……。
かつてあれ程の強敵、いえ難敵とは対峙したことはありません。体力よりも精神的疲弊が酷かったです。もう二度とあんな目に合うのは勘弁願います。ですがもうその心配は無くなることでしょう。今日はミアとブルノルフとお別れの日なのですから。
……願わくはこのまま永遠に……。
折檻していたあの時のわたしは、あのまま一昼夜でも打ち据え続けるかの勢いだったそうです。
レイが「……陛下、失礼致します。お召し物が乱れております……」わたしのことを心配して声を掛けてくれるまで止まりませんでした。その間の弟妹達はというと、自業自得なのをわかっていたのもありましたが、わたしのことを怖がって手を出せずにいたのだそうです。気が付けばライナは困惑して泣いていましたね。
……教育に悪いことをしてしまいました……申し訳御座いません……。
しかしそのお陰で色々と話しが早く済んだというのもあります。
「……もう二度とミリーには逆らわないから……」
「……余のことはどう扱ってもらっても構わぬ……」
さしもの二人も流石に短時間の内に幾度となく死の淵を覗いてしまっては、例え身体は大丈夫でも心は完全に折れてしまっていました。
わたしも鬼ではありません。観念しましたのでそれ以上はせずに睨むだけに留めましたが、流石ブルノルフは一国の君主なだけのことはありました。それでも完全降伏とまでは至りません。
「……だが……他所の国ではどうか知らぬが、この国の行末については余の独断では決められぬぞ……」
目は合わせずに吐き捨てられます。しかしそれについては問題ありませんでした。何せ議場内から救出出来た者の大半は反王制側。
……もっとも、その者達を中心に救ったのですけれどもね……。
意図的に選別していました。
(あーコワイコワイ! あの時はミリーの黒いトコがたくさん出ちゃってたよねー)
……何とでもいって下さいな……。
未だたまにアリシアから揶揄われますが、それがあったお蔭で今があるのです。後悔も反省もしません。
「今後のお二方のご健勝をお祈り申し上げます」
今のわたしは満面の笑みを浮かべて、苦い顔色と気色ばんだ顔付きになっている船上の二人を見送っている最中です。
二人が觀念すると、直ぐに風の魔法で議場内を机や椅子等も含めて一掃し、空っぽになったのを確認すると、急いで生き残った者達を集めて議会の続きをさせました。そしてパンラ王国はラミ王国に降ることを決議。その場にわたしも同席して多少強引に推し進めたのは否定しません。
……円滑に物事を進める為には、時には恫喝も必要ですからね……。
その場に弟妹やライナ達がいなくて良かったです。
断行結構。悪名上等。身内以外にどう思われようが気にしません。更に強権も発動。魔獣食を改めさせることと共に魔獣の飼育も徐々に縮小させて将来的には辞めさせる方向へ。
「……こんなんじゃセドラに嫌われちゃう……」
……わたしはその耳と尻尾、可愛らしいと思いますけれどもね……。
ベルナの様になる者をこれ以上増やさない為でもありますが、人によっては完全に魔獣化してしまう恐れがありますからね。
……一生懸命頑張って国民を増やしている最中ですのに、足りなくなると困りますよ……。
それにより、今後この国だけでなく大陸全土に於ける魔石の供給不足や食糧事情について懸念されますが当然対応策も講じました。
魔石不足についていは、魔獣飼育の代わりに施設を興すつもりです。
(……そうそう。ずっと考えていたんだけど、魔石ってさ、人工的に作れると思うのよねー)
(何ですって!? アリシア、詳しく!)
魔石は鉱物産と生物産とがありますが、共に共通しているその特性は魔力を貯めておけることにあります。
(まったく同じって訳にはいかないけどさ)
かつて彼女の居た世界には、鉱山産の魔石と似通った鉱物があるのだそうですが、それは人造化に成功しているのだそうです。
「ほうほう!」
わたし以上に色めき立っていたのはオババでした。
しかしそれを行うには、炭素物質を超高圧まで加圧する温度差法が必要となる為、例えそれを魔術で行えたとしても安定して供給させる為の量産体制を整えるには魔術だけでは困難。結局は術具が必要にになる為、それなりの施設をつくる必要がありますので魔石も数多く必要になることを知り、とても残念そうにしていました。
……まだまだ我が国の優位性を失う訳にはいきませんよ!
いずれ魔石は我が国における重要な輸出品目になるでしょう。
ブルノルフの時はオババのことを心酔しきっていたのか脅されていた為なのかは知りませんが、殆どタダ同然で渡していました。しかしわたしが仕切ることになるのですからもちろんその様なことはしません。数も種類もキッチリ用意をする代わりにその分の対価は頂きます。
……あぁ……まだ見ぬ術式に未知なる鉱物……。
今後は第三種の魔石の研究も合わせて色々と忙しくなりそうですが楽しみです。
(ねえねえミリー。この手の交渉だと、珍しい香辛料とか食べ物なんかも取り引きするのが定番だけど、そういったのはいいの?)
もちろん美味しく多彩な食事は心を豊かにする為にも重要なことですから、当然その辺りのことも考えています。しかしどうもオババから色々と話しを聞いていると、あちらの大陸の者と我々とでは身体の作りからして異なる様で、またその大陸に於ける植生は随分と特殊な様子でした。
……勝手に動き回ったり空を飛ぶ植物とか、厄介事のタネとしか思えません……。
そもそも向こうでは普通に食べられている物でも、わたし達が食することが出来る物だとは限りません。これから食糧事情を改善していかねばならない時に余計な仕事を増やすのは勘弁。興味はありますので、それについては落ち着いてからゆっくりと検証することにしましょう。後回し。
その食糧事情の解決策としては、この国と隣接するルトア国内にある原野を開拓することで目処を立てます。その一帯は現在放牧にも使用しておらず、たまにルトア国が演習で使う程度。完全に遊んでいる土地になります。なのでそこを有効活用することにしました。ルトア国もわたしの国なですから文句はいわせません。そんなお遊びは違う所でやるかすっぱりと諦めて下さい。
……平和が一番ですよね……。
争いごとは虚しさしか生みません。例の議場内の件ではかなりの者が亡くなっています。今やパンラ王国の王族の主要な者はブルノルフ以外残っていません。それもあり、いずれ近い内には国名も変わることになるでしょう。既に国家運営は議会制に移行しています。そしてブルノルフは諸々の責任を取る形で国外追放の処分になりました。斬首だなんて勿体ない……もとい残酷なことはしません。蟄居だなどと無駄飯くらいを作ることも許可しません。
しかし今やこの大陸全土はラミ王国。彼の行き場所は無いのです。その為、オババの出身地である例の大陸に、約束通りの魔石を輸出する為の船に一緒に乗せて追放することになりました。ついでにミアも一緒に。
……ミア姉さまは新婚旅行に向かう花嫁の様な顔ですが、ブルノルフは処刑台に上がる死刑囚の様な顔をしていますね……。
かの大陸は、たどり着くまでに長く困難な航路になるのと併せてわたし達の様な普通の人が住むには厳しい土地柄なのだそうです。彼もオババから聞いて知っているからあの様な顔をしているのでしょう。ご愁傷さまです。
……今後は二人仲良く手を取り合って助け合いながら頑張って下さいませ。そうでなければ生き延びられませんよ? その内、その想いも一方通行でなくなるかも知れませんね? 正直わたしはどちらでも構いませんが……。
その船の出航をもって、わたしがやらなければいけないこの地に於ける諸々の処理は一先ず方が付きました。これでラミ王国に帰ることが出来ます。
……ふぅ……やっとここまで来れましたね……長かったです……。




