其の20 魔工学の講義
……これって光っていますよね? 割れていませんよね?
目の前で起きた現象に己の常識を崩され、ただ呆然と光るガラス玉を眺めるることしか出来ずにいると、「お、中々良い魔力だね。よく光ってる。術式も綺麗に描けてるぞ」側を通った教師が誉めてくれた様ですが、上の空で聞こえてはいても頭に入っては来ませんでした。
……何であんなので、大丈夫なのですか?
わたしが呆然としている間に、術具はアリシアが片してくれたのか既に目の前から消えています。ついでにずれ落ちたメガネも直してくれていた様ですね。前がよく見えます。
気が付けばいつの間にか実習から座学に変わっていました。
「……そういった過程があり、魔物から採れる物よりも、かつてはクズ石とされていた鉱物資源として採取される魔石の方が今は主流となっており……」
───え⁉︎ え、ちょ、ちょっと待って下さい!
頭が真っ白になっていたので全く聞いていませんでしたが、聞き捨てならない言葉が聞こえてきましたよ。
流石に教師の発言中に遮って質問をする訳にもいかず、隣に座るアリシアに先程までの内容を聞こうとしたのですが、相変わらずといった様子で寝息を立てています。
……この子はブレませんね。
そんなわたしの様子を見て理解したのか、反対側に座るレイがそっと「ここに書いてありますよ」冊子を渡してくれました。
……感謝します!
急いで読んだのですが、そこに書かれていることを見て愕然とし頭を抱えてしまいました。知りたくなかった事実です。わたしが知る魔工学はもう既に時代遅れでした。
……そんなぁ……。
冊子によると、魔石は魔物から採れる以外にも鉱山からも採取出されていましたが、鉱山産は魔物産とは異なり、魔力をいくら込めてもすぐに抜けてしまうため、役に立たないクズ石との扱いを受けており、少し珍しい宝飾品としての価値くらいしかありませんでした。
そのため術具に使用される魔石は魔物産の物を使用するのがこれまでの常識でしたが、近年、役に立たないと思われていた鉱山の魔石も、加工を加えることで魔物産よりも優れていることが判明したそうです。そのため今では、鉱物魔石が術具に用いる魔石として主流になっているのだと書いてありました。
「……で、先程も使用したこの鉱物魔石の優れた所は、魔物産よりも品質が均一に整えられるために安価に流通出来るし、しかも内包できる魔力量も魔物産よりも多く、無駄な放出も少ない。何より後から術式を介在させる事なく加工の段階で方向性を持たせる事が出来るという優れ物だ。今でも魔物産の魔石を使っている術具はあるが、これからはどんどん鉱物魔石に切り替わっていくだろうね。まぁ、大型の魔物から採れる大きな魔石なんかは、裕福な家がその威光を示す為にこれからも使うのだろうけどね」
最後の主観の入った部分は余計かと思いますが色々理解しました。
そんな教師の発言を聞き、前の席の方から「早く寮の魔石も鉱山産のに変わって欲しいねー」「ホントにねー。魔力を込めるのが楽になるでしょ? その方がいいもんねー」などといった声が上がってきました。思わずレイに向くと「ウチの寮は他の寮に比べて、一番古……いえ、歴史がある寮なのですよ」コッソリ教えてくれました。そして我が家も同じ魔物産なのです。とはにかみましたが、それはわたしの家でも一緒です。わたしの実家は勿論のこと、郷里では鉱物魔石を使用した術具なんて見たことがありませんでしたよ。
(アンナさま!)
(さ、流石にコレはわしのせいじゃないぞ……)
……ですよね、確かにその通りです。責める筋合いはありませんね。しかしこのやり場のない憤りはどうすれば良いのでしょうか……。
「ミリー、大丈夫? なんか講義が終わってからずっとゲンキないよ?」
「……色々と打ちひしがれて頭が混乱しています……それで明日からのことを考えると気が重いのです……」
魔工学の講義は三日間の日程になりますので、明日も明後日もあるのです。
「あんなに楽しみにしてたのに、どうしたの?」
「現在の魔工学は、わたしが知るものとはまるで違う物ということが分かりました。もう何が何やらサッパリです……」
あの講義のお陰で、多くの術式を用いずに簡単に術具を作り出せることについては一応わかりました。
講義中に渡された鉱物魔石は、既に魔力から光る力を作り出し放出させる術式が既に組み込まれてありました。そのため、術具として完成させるためにわたし達が描いた術式は、魔石から放出した力をガラス玉まで誘引するだけ。その時は理由がわかり一先ず納得をしたのですが、その後でその鉱物魔石の加工の仕方を聞いて愕然としてしまったのです。
講義中寝ていたため内容を全く理解していないアリシアは小首をかしげてしまいましたが、わたしが講義で使われていた冊子を取り出して見せると、読み終わった後、少し考え込んでいましたが、徐にパッと顔を上げると突然雄弁に語り出しました。
「あ〜……なるほどなるほど……。要するに魔石ってのはバッテリーと制御装置が組合わさったような物なのね。初めはそれこそプログラミングみたいなものを組込んでるのかと思ったけど、それよりもこれはもっと前の段階の代物みたいね。魔獣の魔石は制御出来る幅が少ないから真空管みたいな物かな? 鉱物の魔石は加工次第でトランジスタとかダイオードみたいになると……頑張ればICみたくなるのかしら? 増幅装置の役割を持つ半導体素子みたいなものかー。すごいね。で、こっちが基盤になって術式は電子回路みたいなもので……ふむふむ……コレはやり方次第で色々出来そう!」
アリシアはとても楽しそうに「夢があるね!」などと言っていますが、相変わらず何を言っているのかサッパリです。
「……あの……申し訳御座いませんが、もう少しわかりやすく仰って頂けると助かるのですが……」
「あー、ごめんごめん。前の知識が漏れちゃった!」
笑いならが「アタシ、前世ではリケジョだったのよ!」などと訳のわからないことを言いいながらも、丁寧に噛み砕いて説明をして頂いたお陰で、彼女の言わんとすることをなんとか理解出来き、わたしの古い知識と新しい技術の溝がいくらか埋まった様な気がしてきました。
……流石、わたしよりも実際の年齢は倍以上もあるだけあって物知りですね。普段の言動からはそれを感じさせませんけど。
しかし根本的な解決にはなっていません。
「有難う存じます。お陰さまでなんとか理解出来ました。ですが大事な問題はそこではないのですよ」
何せ鉱物魔石の加工に必要なのは「魔法」なのですから。
まず通常の鉱山採掘の手段では、鉱物魔石を地面から取り出すことも出来ません。
土の精霊の力を用いて魔石を採掘しなければ即座に壊れてしまいます。更に土の精霊魔法で大きさなど形の加工をするのですが、そのままではただの綺麗な石です。その後に水の精霊で魔石として使うために純度を上げて初めて魔石として使用可能な物になります。出来上がった魔石には風の精霊で術式を描いて埋め込み、火の精霊でそれを定着させるのだそうです。
「あー、確かにミリーは魔法を使えないけど、別にそんなの関係ないんじゃない?」
などといつもの気楽な軽口で笑い飛ばされてしまったので、即座に苦言を呈そうとしたのですが、続く言葉を聞いて口をつぐんでしまいました。
「だって、ミリーは魔工技師とかになりたい訳じゃないんでしょ? 目指すのは魔術師って言ってなかったっけ?」
……そうでした。わたしは何を焦っていたのでしょうか。
完全に目的を見誤っていました。
わたしの目的はあくまで魔術です。その目当ての講義が無いので、魔術を扱う魔工学の講義に期待していただけなのです。本末転倒でした。
「……お恥ずかしい……」
顔が熱くなってきました。
「それにほら、今はお試しの間なんだから気楽に受けようよ。ちゃんと決めるのは来年なんだからさー」
思わず彼女の顔を見てため息を吐きます。
先程まで気障りだったその笑顔ですが、今はそのいつもの明朗さに救われた気持ちになってきました。これで明日からの講義も健やかに受けられそうです。
……しかし、アリシア。いくらお試し期間とはいえ、貴女は気を抜きすぎでは無いですか?




