其の213 議場の魔獣の対処
わたしが困惑している最中、頭の中では三人が早く逃げろや闘え等と煩くしており、それもあって余計に考えがまとまらないのもありました。
───ど、どうしましょう!
そうこうしている内にも魔獣は雄叫びを上げながらこちらに向かって来ます。それも複数。大きく口を開け牙が光っているのが見えます。これは完全にわたしが狙われています。しかし段々と恐怖心よりも煩わしさが勝ってきました。
……難しいことを考えるのは、わたしには向きませんよね……。
面倒になって来のもありますが、まずは身の安全が第一。最早成り掛けの者達のことを考えている場合ではありません。一先ずこの場にいる者は一切合切全て魔法で一掃し、一から国を作り上げるのでも構わないでしょう。その結果、統一までに時間が掛かることになってしまってもこの際致し方ありません。悪名も今更です。
そう決心すると、まとめて殲滅出来るような大きな魔法をアリシアに頼もうとしたのでしたが、突然背後から横を走り抜ける姿があり、そちらに意識を持って行かれてしまいます。
───えっ!? ミア姉さま!?
「もういいだろ! 我慢できん!」
彼女のことをすっかり忘れていました。今までわたしとの約束を守り大人しくしていたのですが、それも限界に来た様です。通り過ぎる際にチラリと見えた彼女の横顔は満面の笑みで溢れており、そのまま魔獣達の集まる席へと飛び込んで行きました。
わたし程でなくとも魔力量の多い彼女は魔獣にとっては格好の的。お腹を空かした獣の群れに餌が放り込まれた様なものですから、当然魔獣はミアに群がります。
彼女はこの議場に入る為に丸腰です。その為素手でもって魔獣と渡り合うことになる訳ですが、迫り来る多数の鋭い爪や牙をものともせにずあしらうい掻い潜り、魔獣の首をへし折ったり手刀でお腹に穴を穿ち、魔石を取り出したりと次々に仕留めて行きます。正に水を得た魚の如く生き生きとして暴れ回り、返り血を浴びながら恍惚とした表情を浮かべているその姿は直視に絶えられません。我が姉ながら引いてしまいます。
……あれでは一体どっちがどっちやら……。
その惨状に見入ってしまったのはわたしだけではありませんでした。
(ミア姉さん、相変わらずだねー)
(よっぽど堪ってたのかしら?)
(恐ろしい娘よな)
「……其方も魔獣を従えておったのか……」
……ブルノルフもミア姉さまを見て驚いていますが、みなさん失礼ですね。そうは見えないかも知れませんがあれでもれっきとした人ですよ。わたしも時折り自信がないですけれどもね……。
しかし例えどんな存在であっても、こちらに向かって来ずに、ただひたすら魔獣を片付けてくれている内は有難い存在に違いありません。
……頼りにしていますよ。頑張って下さいお姉さま!
ともかくこれは好機。とはいえここで直ぐに逃げ出すことはしません。
魔獣共がミアに集中しているこの機会を有効活用しましょう。これ以上魔獣を増やさない為にも成り掛けのの者の対処することに決めました。
……色々と勿体無いですからね。
「ベルナ、今の内に……」
外で待機しているレニー達をここへ呼ぶべく風魔法で壁際にいる彼女に指示をしました。直接彼へ連絡をしなかったのは、彼の側にいるであろうこの国の兵士達にこの議場内の状況を聞かれたくなかったからです。余計な者にも聞かれてしまう恐れのある風魔法は不便ですよね。
ベルナはわたしを見て軽く頷くと、直ぐに議場を後にしました。彼女が無事抜け出すのを確認すると、後はレニー達が来るまで待てば良いと考えていましたが、レイがわたしの話しを聞いていて目を輝かせています。
「わたし目も是非!」
……ああ、そういえばここにも好き者がいましたね……。
何故にわたしの周りにはこうも好戦的な者ばかりが集まっているのでしょうかね。
魔獣に成り掛けている者の魔石砕きはレニー達に任せるつもりでした。魔獣退治ではありませんから彼等でも問題ないでしょう。ただ、破壊した後で死なせない為にも彼等を治療する必要がありますが、妖精が少ないこの国です。光の魔法を行使するにはレニー達では厳しいでしょう。その為、それはわたしがやるつもりでした。もちろん頭の中の彼女達にお願いしてになりますが。
丁度ブルノルフも呆気に取られて大人しくしていますので、彼等が来るまでの間に少しは休めるかと考えていましたが、それはどうも甘かった様です。
「……やるのは構いませんよ。人手は欲しいですし、少しでも早ければ魔獣化する者を減らせますから。ですが、貴女もアレが出来るのですか?」
不満げな表情にならない様気を付けながら、真面目な顔で彼女をジッと見つめます。
ミアは素手で魔獣のお腹から魔石を抜き取っていますが、あれは魔力を巧みに操作して身体能力を上げ、特に指先を硬化させていることであの様なことが出来ているのです。身体能力だけならレイもミアにも引けを取らないかと思いますが魔力の乏しい彼女です。とてもあの様な真似は出来ないのでは? と、それを口には出さずに視線で問うと、ニコリと笑いながら服の中に手を入れ「これがあります!」出て来た両手には小刀が二振り握られており、それを誇らしく掲げていました。
……用意がいいですね……。
確かにここへ入る為には帯剣不可でしたが、服の中までは調べられませんでした。それに女性の身体になりますから尚更です。はなからこうなると想定していたのか、それとも常に備えているのでしょうかね。
思わずため息が出てしまいました。
「……わかりました。ではやりましょうか。魔石はヘソ下二寸程の所にあります。破壊した後でわたしが彼等を癒しますが、なるべく他の場所は傷付けない様注意して下さいね」
「ハッ!」
……やれやれ、仕方がありませんか……。




