其の211 議場の魔獣
わたしが少し意識を飛ばしていた隙に、いつの間にか魔獣が大挙して押し寄せて来ていたのでしょうか。いえ、流石にそれはないでしょう。それならば音や気配で気が付きそうなものです。
……アンナさま達もいますしね……。
落ち着いてよく見てみれば、中には魔獣へと成り掛けている者の姿もありました。
───またですかっ!
この以前にも見たことのある光景に、思わず驚くよりも怒りで身体が震えました。
ただ以前とは状況が少し異なります。
ここに居る者の殆どが魔獣化、若しくはそう成っている最中で、完全に魔獣化していると思えるモノでもまだ自我が残っているのか戸惑っている様に見えました。その場に留まっています。本人の意思で魔獣化しているからではないからなのでしょうか、すぐには襲い掛かっては来ません。
……それも時間の問題だとは思いますけれどもね……。
いつ正気を失い牙を向いて襲い掛かってくるのかわかったものではありません。今の内に逃げようにも中央に出て来ている為、場所が悪く完全に囲まれていました。動いて近付いた瞬間に襲い掛かってくる可能性もあります。これでは身動きが取れません。
……どうしましょうか……。
アリシアに頼んで魔法で一気に囲みを突破することも考えましたが、怒りのあまりそれは選択しませんでした。
状況から察するに、これは彼の仕業でしょう。間違いありません。絶対にそうです。
─── ブルノルフーッ!
あのまま大人しく退陣するのであれば、魔力が勿体無いのもありますが彼のやらかしは水に流し、処遇については幽閉位で穏便に済ますつもりでした。しかしその考えは甘かった様です。彼をこのまま放っておくことは危険。出来ません。
……しかし、見境が無いですよね……。
わたしのことがよっぽど邪魔でしょうがなかったのでしょうか。
自分の派閥の者も王族達も分け隔てなく、この場にいた者はみな成っていました。人としての姿を最早保っていません。いくら何でもこれはやり過ぎです。この様な人を人と思わない所業は許されません。
怒り心頭に発し、ただ一人、未だ人の姿を保っているブルノルフを睨みつけて叫びます。
「貴方! なんてことをしてくれたのですか!」
しかし彼は済ました顔でわたしを見ると鼻を鳴らして笑いました。
「何をいっておる。それは余の言葉ぞ。やってくれおったな」
───へっ?
予想だにしない言葉が返って来て、一瞬惚けた顔になっていたのでしょう。わたしの顔を見てブルノルフが少し驚いています。
「……其方……何も知らぬのか?」
「なっ、何のことですか!」
「人がどの様にして魔獣と成るかをじゃよ」
───ッ!
聞いてみれば単純な話しで、別にパンラ王国の秘密でも何でもありませんでした。ただ、この国特有の事象であることには違いがありません。
魔獣は凶暴な獣だからそう呼ばれるのではなく、その体内に魔石を保有するモノになるからです。結果として、その魔石を持つが故に凶暴化してしまうのですが。
魔石は生物の持つ情報伝達因子や魔力が結合し集約されることにより形成された塊になります。これは鉱物産でも同じこと。生物産はその体内で形成されるのに対して、鉱物産は生物の死骸等が長い時間を経て地中で結合して成った物で成り立ちが異なります。しかしその元となる魔力は同じく生物が生み出していました。
僅かながらも植物も出していますが、やはり動物の方が遥かに多く生み出しており、これは生命を持つ物質が動くことによりそこに力場が発生し、それが互いに干渉することによって更なる力を生み出し……等といったことを提唱する学者もいますが、詳しいことは未だによくわかっていません。確かなことは生物が魔力の発生源となっていること。
その魔力を獣が捕食等により蓄積させることで変質したモノが「魔物」になるのですが、その段階ではまだ魔石は形成されていません。過剰となった魔力が体内を巡り、形態が通常の獣とは多少異なっているだけです。その魔物が更に魔力を取り込んでいくと、体内で凝縮され魔石が生まれます。ここで初めて「魔獣」へと変化するのでした。
「……それは人も獣も同じことぞ……」
体内に直接魔石を取り込まずとも、その因子を摂取し、内に魔力を貯め込め続ければ自然と魔石が形成される。これは生物共通なのだとのことです。
……だとしたら……。
嫌な考えが頭をよぎりましたが、その通りでした。
パンラ王国では、魔石の採取の為に魔獣を飼育しています。その際に出た余剰物はどうするかというと食糧にしていました。
「ここに住う者は、みな内に魔石を持っておるぞ」
───ッ!
彼の言葉をそのまま信じるならば、パンラ王国の民は全て魔獣予備軍。途端に脳裏に幾人かの顔が浮かび上がります。
───ベルナ!
慌てて先程まで一緒に居た彼女の姿を探しました。




