其の209 パンラ王国議会 後編
ベルナに手を引かれて席を立つと、議場の中心へと向かいます。
周りは相変わらず反政府側の攻勢で騒がしくしていましたが、わたしが歩み出ると怒声が止み、代わりに何事だと困惑する声が聞こえて来ました。
「女王陛下、如何されましたか?」
そこへダンクマール議長が慌てて駆け寄って来ます。
「そちらの情勢については、ほぼ決っした様ですね。ではそろそろこちらのお話しを致しましょうか」
勿論、和平交渉です。
わたしと彼とのやり取りを聞き、周りが少し騒がしくなりました。
……まぁ、無理もありませんよね。
現状の情勢は、例え王族側の独断とはいえパンラ王国が戦争を仕掛けており、共に開戦宣言はなくとも戦時下であることはここに居る全ての者が認識しています。しかしその相手は、ラャキ、ニカミ国に対してであると殆どの者が考えていました。それに対してラミ王国の君主であるわたしがしゃしゃり出て来ているのですから訝しがっているのも頷けます。
……それ以外にもあるみたいですけれどもね……。
わたしのことについて、どの様にこの国の者達に伝わっているのかは知りませんが、彼等の反応から凡そ知れようもの。殆どの者がわたしのことをただのお飾り君主としてしか思っていない様です。確かに先程までのわたしを見ているならばそう思われても仕方がありません。周りの席からは、たかを括った嘲笑する声が聞こえて来ます。話しが通っていて、ある程度事情を知っている筈のダンクマールでさえ、我儘な子供を前にして困っているかの様な顔をしています。
「……勿論わたくし目も、その件につきましては早急に話しを進めたく存じますが……」
本来の予定では、この議会を終えてすぐ暫定的にパンラ王国の代表者を擁立。その際、誰が幾人になるのかは知りませんが、その彼等とわたしが和平交渉の会談をすることになっていました。勿論それを忘れていた訳ではありません。ここでわたしが出て来たのは、ここにいる彼等に現状をわからせる為です。
それというのも現在パンラ王国がラミ王国に対して戦争を仕掛けている状況であることをここに居る者達の殆どが知りません。その件を持ち出さずともプルノルフ側を下せた為です。これは余計な時間が掛からずに済んだと喜ぶべきことなのでしょうが、しかしそれでは今後の会談に響きます。
……舐められたままではいけませんからね……。
現状を知らしめつつ、更にガツンとやっておく必要がありました。
それにこの手の話しは早いに越したことありません。時間が経てば立つほど面倒なことになってしまいます。無益な争い事はサッサと終わらせましょう。余計な人死を出してしまっては勿体ない。
「ここにいらっしゃる皆様方は、はたして現状をしかと認識していらっしゃるのでしょうかね?」
目の前にいるダンクマールから視線は離さずに、お腹に力を込めて議場内に響き渡る様に語り始めると、次第に周りが静かになっていきました。
初めこそ、所詮小娘の戯言だと大方の者は笑って見ていましたが、両国の宣誓書の写しを出し、既にラミ王国は本気の構えであることを伝え、国境付近へルトア国の部隊を集結させていることや、ラャキ、ニカミ国にも部隊が駐留中だと話すと、顔を青くさせる者が続出。
「おい! すぐに確認しろ!」
服装と態度からして国防大臣らしき者が特に慌てて、部下に指示を出しています。
この国では魔法が上手く使えません。その為、風の魔法で連絡をやり取りするには狭い範囲に幾人もの人を置き中継させる方法を取っています。暫くすると国境付近の駐留部隊からの返答があり、彼は部下から報告を聞いて顔が更に青くなってしまいました。
しかしそれは、ルトア国の部隊が実際に国境付近に集結しているという事実を知ったからだけではありません。
「どうですか? 今上がって来た報告は、先程わたしが受け取った内容と相違が御座いましたか?」
彼が部下に確認の指示を出した後、わたしも直ぐに風の魔法で指示を出しました。
「ランバリオン、わたしです。今から告げる内容を、国境に集結させている部隊に連絡して下さい……」
そして、その部隊からの報告を外で控えるランバリ経由で受け取ります。
国境へ確認しに来たパンラ王国の兵士達の人数、装備、乗っていた馬の毛色まで、国防大臣が部下から連絡を受け取るよりも早くいい当てました。
流石にアリシアといえども、ここからパンラ王国とルトア国の国境付近にまで風の魔法で声を届けるのは難しく、ましてやそこからわたしまで一度に声を届けるのは無理。仮にラャキ国とニカミ国に人を置いて伝達させるにしても、パンラ王国の伝達網よりも時間が掛かってしまいます。それを可能に出来きたのは無線の術具。今回も良い仕事をしてくれました。
「……一体どうやって……」
無線の術具は軍需物資にあたる為、この国には卸していません。さぞかし驚いたことでしょう。
原因がわからずとも、結果としてこれは今直ぐにでもわたしが部隊を動かせることの証明になります。
……最も、戦争をしたい訳ではありませんがね……。
この脅しは思った以上に効果があった様で、お蔭でこの場にいる誰もがわたしを見下す様な視線をしなくなりました。
周りを見渡し満足したわたしはこの勢いで話しを進めていきます。
「……それでは、今後の貴国の扱いについてですが……」
良い流れになって来ました。
予めダンクマールとはある程度の話はついています。その為、彼の派閥の者達も納得済みなのでしょう。わたしの話しを聞きながら渋々と頷く者の姿がチラホラと見えました。しかしやはり中には事情をよく呑み込めずに呆気に取られている者達もいます。ならば後は残りの彼等をやり込めれば良いだけ。
この機会を逃してはならないと、脅し賺し持参した資料も使って熱心に語ったのですが、その途中で、今まで押し黙っていたブルノルフが突然口を開くと話しを遮って来ました。
「……其方、黒髪の乙女であろう……その身にアンナを有する者であるな……」
───え!?




