其の208 パンラ王国議会 前編
流石にみっともなく大泣きはしませんが、涙を浮かべて目をはらしながらオドオドとあの場での惨状を語ります。この時ばかりは一国の君主ではなく、一人の小娘として同情を誘いました。
ここにいる殆どの者はわたしの本性を知りません。みんなわたしの見た目と演技力に騙されて見事術中にはまり、結果として議会の流れは思い通りに進んで行きます。
……しめしめ……。
(プププ……。もうミリーったら……)
(お主も年頃の娘らしい真似も出来るんじゃな)
(まぁ! そんなこといって可哀想よ。あの時は怖かったものねぇ)
失礼なことを考えていたのは頭の中の者だけではありません。背後に控えるミアも笑いを堪えています。
……みなさん失礼ですね。後で覚えていらっしゃい……。
一仕事終えると、暫くの間わたしの出番はありません。この後は議場の端に用意された席に移動して次の出番までの間待機。議会の進行を見守ります。
「この機会に、この場にいる者達の説明をお願いします」
「畏まりました」
この国の内情はあまりよく知られていません。幸いここには主だった者が集まっています。少しでも理解する為に本人達を見ながら話しを聞いた方が良いでしょう。。この為にベルナを連れて来たというのもあります。
「まず、今立ち上がって熱心に答弁している者が……」
詳しく聞くと、パンラ王国の情勢は思っていた以上に複雑でした。
目下、国王であるブルノルフの第一王子は厳密には第二王子になるそうで、第一王子だった者は暗殺されて既にいないそうです。その元第一王子の母親の父親が現在の宰相にあたるのだそうですが、その宰相を中心に彼の孫である現第三王子を祭り上げて一つの勢力となっており、またダンクマールが組みする反政府勢力は、かつて支配したラハス王国の出身の者達が多く集まり、彼等と結託し国家転覆を計る一派で、こちらも、また既に鬼籍に入っている元第四王子の母親であった第三婦人の父親である他の参議が後ろ盾についているのだそうです。更にそこへ財閥やら豪商達の思惑が加わり、現在欲と権力にまみれた勢力争いが勃発中なのだそうでした。
「……これはまた、随分と複雑なのですね……」
個々の名前を聞いても覚えきれません。
……面倒くさい……。
「それにしてもよくそこまでご存知ですね」
わたしもある程度の内情については国を出る前にマダリン達から履修済です。しかしここまで詳しいことは知りませんでした。何故そこまで知っていながら上に報告を上げなかったのか少しキツめに尋ねると「道中にセドラから色々と聞いた」との答えが。
「彼女の寄親は、どこの派閥にも入っていなかったというか、方々に良い顔して情報を集めていた結果、結局どこにも入れずに宙に浮いている状況なのですよ」
派閥争いに敗れ、現在閑職にある様です。
ベルナの父親は元第四王子側の参議の部下にあたるらしく、そこからの情報とセドラが知っていた話しと照らし合わせた情報なのだそうで「真偽の精度はまあまあ正確ですよ」とのことでした。
「そうですか。それは助かります」
「それと、あの席の後ろの端にいる者なのですが……」
更にこの上でまだ覚えなければいけない者がいるのかとうんざりしましたが、よくよく話しを聞いてみて呆れ返ります。
「その……彼がセドラの寄親でして……」
今度に正式に挨拶をしたいので、その際の仲介をわたしにお願いしたいといわれてしまいました。
……随分と仲がよろしくなったのですね……羨ましい……。
───爆ぜてしまいなさい!
緊張感のヘチマもありません。気が抜けてしまいました。
そんな愚にもつかないやり取りをしている間にも議会は進み、気が付けばプルノルフ側が完全にやり込められていました。
「この状況は、わたしとしては願ったりなのですが……。こうも簡単に話しが進むものなのですね?」
ベルナ曰く、既に今日ここに至るまでに情勢は反政府側へと傾いていたそうで、わたしの一押しが無くとも時間の問題だっただろうとのことでした。
最近までは派閥による三つ巴の争いになっていましたが、途中で王族側同士の間で悶着が起きて共に失速。現在では勢力が二分化されており、王族打倒派が優勢になっているとのことです。この場は最早王族側に対して完全にとどめを指す為に用意されていたといっても過言ではないそうです。
王族打倒派の議員がこぶしを振り上げ熱弁していました。
「宜しいですか? この様に、国民を蔑ろにする王族に対し……」
魔石を獲る為に魔獣を飼育している国ですから、魔獣のことに関しては大陸一詳しいのかも知れません。その為、周知の事実なのでしょうか、この場では特に人を魔獣にする術については言及されていませんでした。
……わたしは興味があったのですけれどもね……。
残念に思いながら彼の話しを聞いていて、ふと嫌なことが頭をよぎります。
……もしかして、この国は日常的に人を魔獣化させて魔石を獲っているのですかね……。
流石にその際は犯罪者とかでしょうが、想像しただけで震えが来てしまいました。怖くなりベルナにその辺りのことは聞くことが出来ません。
そのまま聞いていると彼等に取って重要なのは、人を魔獣化させるよりも別のことにある様でした。
「その身勝手な行いは目に余り……」
どうも魔獣を他国にけしかけていたのはパンラ王国で間違いはなかった様ですが、それは国を挙げてではなく、王族派が勝手に行っていた様です。
危うい立場にある現状を打破する為に、戦をすることで意識を他所に向けさせることは常套手段とはいえ、それをされる側はたまったものではありません。いい迷惑です。
その件に対しては特に興奮して追求している者の姿がありました。彼はラハス王国の関係者でしょうか。彼等に取っては他人事ではないでしょう。恐らくかの国も同じ様な目的で侵略されたのかも知れません。
しかし王族打倒派の大多数の意見としては、疲弊している国勢で戦をするのは得策ではないとのことで、戦争により領土を拡張すること自体は否定していませんでした。
……今この場に、わたしという存在が居るのを忘れてやしませんかね?
どうやらそろそろわたしの出番の様です。
───さ! ここからはラミ王国君主としてのお仕事ですよ!
気合を入れ直しました。




