其の19 お目当ての講義
壇上の者が揃って祈り始めました。
それに合わせて前列の王族も共に唱えている様ですが、後列からは声が聞こえて来ません。特にそれを咎める者もいなかったことからも、それでも問題がなかったのでしょう。もちろんわたしも黙ってみているだけです。
その後は司祭らしき者が歴史書ともいえる聖典を取り出すと、滔々と建国から今に至る歴史を語り出したのですが、その内容は基本的にアンナを賛美し敬うといった内容になり、概ねわたしが新たに習った歴史に即しています。少し異なるのはアンナがあまりにも万能で有能な人物であったかの様に美化されている点で、聞いていて思わず吹き出しそうになるのを堪えるのが大変でした。
……貴女に「不敬じゃ!」などと言われたくありませんよ!
前列にいる者達は、度々深々と頷きながら有り難く聞いている様子でしたが、後ろ側の生徒ともなるとみな欠伸を噛み殺しながら退屈そうにしています。冗長な語り口でしたから致し方ありませんね。
時折、壇上にいるベスがこちらを見ている気がしましたがあまり覚えていません。最後の方はわたしも立ったまま舟を漕いでいましたので。
気が付けば鐘が鳴り、教学の講義は何事もなく無事に終えました。
講義を終えて外に出ると、講堂の前には壇上にいた者とは異なる信徒達がズラリと並んでいましたので一瞬緊張しましたが、ただ学園の外にある教会の礼拝の案内をしているだけでのものでしたので、もちろんわたし達はそれに構うことなくサッサと寮に戻りました。
帰り際にアリシアがわたしを覗き込み「ほら、何もなかったでしょ? でも、心配してくれてアリガト!」照れ臭そうに笑い掛けてきましたので、思わずわたしも「取り越し苦労で幸いでした」と笑顔で返したのですが、その様子を見て、みんなが微笑ましそうにしていたのは何故なのでしょうね?
一晩寝て、昨日の精神的疲労も取れました。絶好調です!
「……朝っぱらからキアイ入ってるね……」
未だ寝台で疼くまるアリシアですが、彼女は昨日の疲れが残っていて起きて来られないのではありません。いつものことです。
昨日は講堂で立ったまま寝ていましたのにまだ寝足りない様子です。寝ている間、一切ブレないその体幹には驚かされましたが、目を開けたまま寝ていたのにはもっと驚きました。確かにあれならバレませんね。面白いものを見せて頂きました。気持ちの良いものではなかったですが。
「えぇ、何せ今日は待ちに待った実学の講義があるのですからね。今から待ち遠しいのですよ!」
「あ〜……そういえばそんなこといってたね……」
今日の実学の講義はわたしの大本命、魔工学の授業がやっと始まるのです。
もちろんわたしが切に習いたいのは魔術になりますが、履修要項を穴の開くほど見て探しましたところ見つからなかったのです。仕方なしに寮の食堂目当てに来ていた教師を捕まえて尋ねたところ「そうですね、かつてはあったと聞いていますが、今や魔工学と統一されて久しいですね」とのことでした。魔術だけというのはもう古いのだそうです。
……礼儀作法や踊りなどはわかりますが、裁縫に香道なんて講義があるのですから、残しておいてくれてもよかったですのにね。
複雑な過程を用いて膨大な魔力を消費し、扱える者が限られる魔術ですが、魔工学は魔石と術式を組み合わせることで術具とし、効率も追求でき、また使用する者を選びません。どちらが発展していくかは自明の理です。ただ術具に用いられる術式自体は魔術になりますので、衰退したのではなく魔工学に集約されたと考えるべきでしょう。
そんな魔工学は日々発展しています。今も新しい術式が生み出されていることでしょう。ならば今更古臭い魔術書を漁らなくとも、早々に目的の術に辿り着けるやも知れません。楽しみです。
因みにレイの家にあった魔術書は休みの日に見せてもらいに行き、アンナと共に頑張って解読したのですが、結局わたしには役に立たない代物で期待外れな物でした。
確かにその内容は己に制約をかけて力を行使する術には違いはなかったのですが、その制約は己に掛かけても術を掛ける相手は己ではなく、子孫に対してのものになり、それは膂力や反射神経など肉体的に優れた子を成すためのものでした。
それがわかった時には思わずレイをマジマジと見つめてしまいましたよ。
……果たして先々代さまは、願いを成就できたのでしょうか?
そんな訳ですので、わたしに掛けられた「呪い」は解けるのであれば早ければ早いに越したことありませんから、最先端技術である魔工学に期待をしているのです。そのために魔法陣を描く練習や古語の勉強をしてきたのですからね。無駄にはしませんよ!
そうして勢い臨んだ魔工学の講義でしたが、教材として目の前に置かれた術具の部品やその核となる魔石、見本にする様にと渡された術式図を見て思わず固まってしまいました。
……えぇ……と……これは?
「どうしたの? ミリー」
隣の席のアリシアが膝で小突いてきます。
「待ちに待った講義じゃなかったっけ?」
「……その筈、なのですが……」
今はまだ一学年のお試し講義になりますので、専門的なことは行いません。確かに実習の課題自体は簡単なもので、ガラス玉に光を灯す術具を製作することでした。ただし渡された物は、わたしの知る光を灯す術具とはだいぶ異なっているのです。
……魔石もですよ。こんな真四角で透明な物は見たことありません。
わたしが知らないだけでこんな形の魔石もあるのでしょう。しかしそれはとても小さいのです。小指の先程しかありません。これでは魔力を込めても少ししか入らず、更に抽出する操作が難しくなると思います。
光を灯す術具の基本構造は、まず魔石に込められた魔力を「光り」の要素に変換させる術式を描き、その後にそれを魔石から外へと排出させる式、それをガラス玉まで無駄なく送る式、また魔力を送り続けていると球が負荷に耐えられず割れてしまう恐れがありますので、ガラス玉を保護したり、魔力を魔石に巡廻させるなどの式も必要になるでしょう。
更に光量の調整など、詰め込もうと思えばいくらでも術式が必要になりますが、ただ光を灯すだけでも最低三、無いし四つ程の式を書き込む必要が有ります。しかし渡された見本の術式図によると、ただ魔石からガラス玉に魔力を送るだけの式しかありません。
渡された魔石は幾ら小さいとはいえ、これでは直接魔力を送ることになりますから、即座にガラス玉が破裂してしまうのではないでしょうか。
……まさか光を灯す術具と謀って、ガラス玉を破裂させるのが目的なのではありませんよね?
幾らお試しといえども立派な講義です。生徒達の驚く様を教師が見て楽しむ筈もありません。わたしは既に驚いていますけれどもね。
ですがいくら見ても、考えても良くわかりません。
埒があきませんので教師に訪ねるべく席を立ったのですが、方々から上がる声を聞き、周りを見渡して、そのまま座り直してしまいました。
「あ、光った!」
「簡単なんだねー」
「あれ、わたしのは光が弱いわ? どうしてかしら?」
既にみな術具に着手し、ガラス玉を割らせることなく無事光を灯しています。隣のアリシアも難なく術具を完成させて光らせていました。
「みんなー。簡単だからといって、術式を描く時はしっかり魔力を込めるんだぞー。手を抜くとちゃんと光らないからなー」
教師の声を半信半疑で聞きながら、目の前にある術具の部品に向き直します。
そして筆をもつ手に魔力を込めて術具を完成させると、魔石に恐る恐る魔力を込めます。結果、ガラス玉は割れることなく普通に光を灯しました。
……???……




