其の202 また一仕事
「女王陛下、ご無沙汰をしております」
「ランバリオン、貴方がいらしたのですか?」
彼はアラクスルの父であり、かつてのルトア王国君主。今でもルトア国を纏める者になります。
「陛下のご用命とあらば、どこへでも直ちに惨状仕ります」
その様な地位にある者がフラフラと出て来て良いものかと驚きましたが人のことはいえません。余計なことはいわずに出迎えました。
彼は相変わらずの暑苦しい顔で笑っていますが、アラクスルと同じ髪質の巻き毛がいつもより乱れていますし、目は爛々と輝いていますが疲労の色は隠せません。
事前にわたしがここに来ることを聞いていた為、国境近くで待機していたそうですが、わたしの命令をアラクスルから受け、一日足らずでここまで来るのは大変だったのでしょう。
……いくら早く着いても、使い物にならなければ意味がないのですけれどもね……。
ですが彼が率いて来た軍勢は、主に首都の防衛を任せる予定ですから来てもらう分に早いに越したことはありませんし、今すぐに前線へ立ってもらう訳でもありませんからまあ良いでしょう。
「それで、他の部隊はどうなっていますか?」
「ハッ! ご指示の通り、只今国境に向けて移動させております。一両日中には全軍揃うかと存じます」
こちらはもちろんパンラ王国に向けてのもの。もしもの時の為の部隊、保険です。ですが出来ることならば動かしたくはありません。
わたしの大陸統一の目標は魔力を集めることであって自分に権力を集中させたい訳ではないのです。全面戦争なんてもっての外。人を減らしてしまっては意味がありません。しかし極力穏便に済ませるつもりではあるのですがそれは向こうの出方次第。やってみなければわかりません。
「現在、ここはとても不安定な情勢です。早い内にその時が来るかも知れません。覚悟をお願い致しますね」
「ハッ!」
すぐにも闘いたくてしょうがなさそうな彼に、貴方が良くても他の部下達がついて来れませんから、一旦下がらせてみなで休む様にいい付けたのですが、急ぎわたしに会いに来たのは何も到着の報告だけではないのだそうです。
「実は……」
彼等が行動を起こした時点では、まだ厳密には両国ともラミ王国に降っていませんでした。国境を自由に通過することは叶いません。その為、わたしの命令を受け取るとすぐに、ルトア国と隣接するニカミ国とパンラ王国との国境沿いを闇夜に紛れて進軍して来たのですが、その際に不審な者達と何度か遭遇したのだそうです。
「恐らくは野盗の類と思われます。激しく抵抗をして来た者にはその場で打ち据えましたが……」
その内の三人ほどは捕捉し、ここまで連れて来ているとのことです。現在彼等はわたしの命令下にある身ですので、わたしの判断なく勝手なことは出来ないとのことでした。
「わかりました。確認しましょう。その者達をここへ」
「ハッ!」
……これは余計な仕事が増えましたね……。
そのまま部屋でランバリオンが輩共を連れて来るのを待っていると、ライナ達がオルを連れて戻って来ました。
「おかーさーん、オルのえさなんだけど……」
「うぉっ!」
「なっ……こんな所に!」
それとほぼ同時にランバリオンが部下と共に輩共を引き連れて来て鉢合わせ。オルを見て驚いてしまいました。流石にわたしの前ですから剣は抜かないまでも警戒しています。それ自体は特に問題はなかったのですが、珍しくオルが吠えて煩くしてしまいました。
……まったくこの駄犬が……。
「ミスティ、ライナ、すぐに静かにさせなさい! さもなければ捨てますよ!」
「やだ! ごめんなさい……。ほら! おとなしくして!」
殊勝にもすぐに吠えるのはやめましたが、しかしまだ低く唸っています。これはわたしが直々に躾けるべきか、サッサと処分した方が良いのか考えていましたが、よく見ると特定の人物に対してだけ睨みつけて唸っていました。
……?
「ランバリオン、この者は例の?」
「はい。我々が捉えた者の一人になります」
その拘束されている男は、服装こそ市井の物でしたがどことなく気品があります。
……これはもしや……。
「もし、貴方はパンラ王国の関係者ですね?」
ランバリオンと部下達が目を見開いて驚き、先程のオルに対してよりも警戒し始めて彼を拘束する人数が増えました。
「……」
彼は何もいわず、ただ黙ってわたしを見詰めています。
恐らくは逃げ出したパンラ王国大使館邸の関係者なのでしょう。彼は以前にオルに対して虐待等をして覚えられていて恨まれているのだと思います。
……食べ物の恨みは恐ろしいですからね……。
もしかしたら直接飼育に携わっていた者なのかも知れません。何れにしてもこれは黒。
「そうですか。沈黙は肯定とみなしますよ。……レイ」
席を立つと彼の元に進み出ました。そして徐に隣にいるレイの腰に下げている剣を抜きます。
……この辺りですかね……。
そしてそのまま一気に彼の下腹部目掛けて剣を突き立てました。




