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其の200 苦言

 お説教の内容は、先ずは黙って勝手に魔獣の討伐に出掛けたことでした。わたしが直接現場へ出向くこと自体は今更なのでもう諦めています。


「……確かに緊急の事態ではありましたが……」


 マダリンはわたしの身の回り世話をしてくれている従者筆頭でもありますが、今回の様に出掛ける際には、宰相であるエルハルトの代わりでもあります。いずれは父の跡を継ぎ、わたしを支えるべく日々励んでいました。

 

 ……そんなに長いこと君主でいたくありませんけれどもね……。


 それ故の責任や矜持があるのでしょう。蔑ろにされてしまったのだと怒る気持ちもわかります。その責任感が強い所は彼女の美徳。普段は小うるさいと思っていますが、好ましく思っています。


 しかし昨晩は自分が気を失っていた為に彼女も強くいえません。一応、周りの者には伝えておいたのですが、目が醒めて話しを聞き、とても驚いたのだと怒っています。


 ……これはわたしだけでなく、自分に対しても怒っているのですよね……。


「今後はそのような時は無理矢理にでも起こして下さい」

「善処します……」


 結局、予想通りこちらの件につきましてはあまり怒られませんでした。しかし敢えてマダリンを起こさなかったのには理由があります。


「そもそも、あの様な重要な件、お三方だけで決めて良いものではありません! 貴女方の選択には国民全ての命が掛かっているのですよ!」


 ……もちろん大切に思っていますよ。何にもおいても最優先事項です。だからこそではないですか……。


 それがあるから話しを早く済ませたかったのです。


 マダリンだけ呼ばなかったのではなく、ベッツィー達も部下がいない状況で話しを進めました。そうしなければ時間が掛かって仕方がありません。


「早急にことを進める必要があったのですよ」

「その結果が、これなのですか?」


 目の前に出されたのは三通の締結書。本来この場にあって良い物ではありません。厳重に保管されるべき書類。無理をいって持って来たのでしょう。二人には後で謝っておく必要がありますね。


 その内の二つはラャキ、ニカミ国がラミ王国に正式に降るという内容になり、もう一つは二国を纏めて一国にするという物です。


「その件については兼ねてより話しが進んでいましたよね? 多少早まっても問題は無いかと……」


 確かに一国に纏めてしまうことについては事前に話しをしていません。これはわたしが面倒だから一緒にしていまうのだというのもありますが、その方が後々やり易いからでもあります。しかし両国をラミ王国にしてしまう件については今に始まったことではありません。多少早まっただけ。ただ、それによって国に残っているエルハルトが書類に埋もれて大変なことになってしまうでしょう。それについては申し訳なく思います。しかし彼女も父に負担が掛かることを怒っている訳でない様です。流石その辺りの公私は弁えていまいた。


「問題はそこではありません!」


 三通の締結書の上の方を指差しました。


「何故この様なことになっているのですか!」


 そこには日付が書いてありました。ただそれは締結した昨日のものではなく、それよりも前の日付です。


「昨日ではよろしくないのですよ」


 公文書偽造になるかもしれませんが、それを咎める者はいませんし、それを知る者も極少数。市井の者達にとっては全く関係ありません。それに文句をいう者がいるとしたら、パンラ王国側位のものでしょうか。


「昨夜の騒動は、パンラ王国がラミ王国に対して起こしたものとしなければならないからです」


 その口実を作る為にそうしました。


 ニコリと笑い掛けると彼女は軽く息を飲みます。


「……陛下は一体何をなさるおつもりでしょうか……」

「貴女が思い描いているものと大筋は変わらないと思いますよ?」


 暫くの間、二人してにらみ合い沈黙が流れます。


 ……ここは幾ら怒られようとも引けません。これを逃したら次の機会が何時になることやら……。


 絶好の機会なのです。場所も口実も申し分ない状況なのですから。


 わたしが一歩も引かない様子なのを察した彼女は溜息を吐きました。


「……それで、何故この様な物までお持ちになっていたのですか……」


 三通の締結書には、ラャキ、ニカミ国の国璽はもちろんのことラミ王国の国璽も捺印済みになります。


 昨晩、両国の首相が亡くなった段階で、それを管理して使用出来る者はあの場に居た二人だけになります。現在ベッツィーと副首相が最高責任者。


 例えラミ王国に降るにしても両国の国民達の生活に大きな変化はありません。領の扱いみたいなものですから他の国と同じ。ただし上にいる者は少なかれ変化が生じます。その為、あの状況を上手く使い押し進めたのと多少の恫喝はしました。


 ……上手くいって良かったです。


 しかし、わたしもまさかあの場で国璽を使用することになるとは思いませんでした。一々書類を行き来させるのは時間が切り過ぎますし面倒です。その為、両国に滞在中に済ましてしまおうと考えて持参していたのが功を奏しました。ただそれ以外にも意味があります。


「国璽は君主の証明の様な物ですよ! それをその様に気軽に持ち出すなんて!」

「存じております。それ故に持参したのです」


 わたしがこれから何をしようとしているのか薄々わかった彼女は、段々顔色が青くなって来ました。


「……まさか……」

「そのまさかです。わたしに何かあった際には、後のことは貴女に任せるつもりです。大丈夫ですよ。こんな小娘に出来ていたのですから問題ありません」


 この地位にはなんの未練もありません。しかし何もかも放り投げられる程に無責任でもないのです。


 ここの両国は違って良かったですが、ラミ王国の国璽の管理は君主と宰相。その二人が揃わなければ取り出すことが出来ません。万が一、どちらかに何かあった時にはとても面倒なことになります。その為にもわたしが出掛ける時はエルハルトはお留守番。


「エルハルトは了承済みです」


 そうでなければここに持って来れません。それは彼女もわかっている様で、更に顔が青くなってしまいました。


 エルハルトは黒髪の乙女がどの様な存在かを知る年代です。それ故に、わたしが早急にことを成そうとしていることを見ていて大凡の予想が付いていたのでしょう。最初にその話しを持ち掛けた時、驚いて苦言は呈されましたが最終的には渋々ながらも首を縦に降りました。


「貴女に相談無く話しを進めていて申し訳ありません。しかし何もわたしは死に行く為に行動を起こすのではないのです。ただ、何かあった際の心構えだけはしておいて下さい。それが上級貴族である貴女の宿命です。いざという時は父と共に協力し支え合い、より良い方へと導いて下さいませ」

「……陛下……」


 珍しいものを見ました。ここで鬼の目にも涙などと茶化すことはしません。彼女が泣き止むまで大人しく待ちました。

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