其の192 凄惨な晩餐
振り返ってみると、わたしのこれまでの人生は理不尽な目にばかり会っています。
子供の頃にアンナ達がやって来たのを皮切りに散々な目に合いました。今までよく身が持っているものだと我ながら感心します。
中でも親友が目の前で亡くなっていくのを見せられたことや、この若さで君主の座についてしまったことは指折りの大事件ですが、今目の前で起こった事態はそれに匹敵します。驚きのあまりその事実を直ぐには受け入れられませんでした。未だ大混乱。頭の中の三人が騒いでうるさいので落ち着いて状況を精査出来ないのもあります。
───何がどうしてこうなったのですかー!
このままではいけません。
取り合えずこの混乱状態から抜け出すべく、意識を他のことへ向けてみようとしたのですが、そうしたらライナのことを妙に感心している自分がいました。
……見事な手並みでした。流石わたしの娘!! わたしの教育の賜物ですね!
いやいや、そんな自画自賛をしている場合ではありません。やはりまだ混乱中の様です。
それでも一先ず口を開けることが出来ました。
「……ラ、ライナ……」
「じょうずだった?」
───ッ!
そんな幼子の無垢な瞳を向けられてしまっては何もいえません。ただ黙って頷くことしか出来ませんでした。
確かに教えた通りに気配を消して完全に死角に入っていました。その小柄な身体のお陰もありますが、わたしにも全く気付かせない程です。当然目の前にいたわたしが変に反応して相手に気が付かれるのを恐れてのことでしょう。良く出来ていました。
そして獲物は出来うる限り一撃で仕留めるべきとだも教えていました。
手負にしたことで狂暴化して反撃を貰っては困りますし、苦しませたり怒らさせては身体中に血が回ってしまいますから後処理にも響きます。良いことはありません。その為、それを成せる様に色々な獲物の急所の箇所や得物によっての狙い方等は教え込んでいました。主にミスティが、ですが。それ等についてもしっかりと教えた通りに出来てたといえます。感心しました。
そしてわたしが気が付いた時には既にほぼ終わっていました。
恐らく周りの者もみな同じだったことでしょう。彼女の姿が見えたと思ったら、机に置いてあったお肉を切り分ける用の鋭く長い刃物を両手に持っていました。そしてそれをそのまま一切の躊躇も見せずに、流れる様な動作で背後から左の鎖骨の間目掛けて体重を乗せて一突き。これなら心臓まで刃先をぶれさせることなく届けられます。余計な血を出さずにも済みますしね。
その一連の動作は全く見事だったとしかいいようがありません。
得物を持っていなければ近くの物を有効的に使う。これも良い判断です。それも含めて色々と称賛に値する行為でした。
しかし残念ながら今はそれを手放しでは褒められません。何せ今目の前で倒れているのは、先程までわたしに挨拶をしていたパンラ王国の者なのですから。
突如として会場内は音楽が鳴り止み、その代わりに絹を裂く様な悲鳴が上がります。俄かに会場内が騒がしくなりました。
わたしとしたことがその間、驚きの余りにその場を一歩も動けずにいました。声を荒げるのが精々。
「な、なんてことを!」
ライナはわたしの憤慨する顔をキョトンとした目で見返しています。
「なんで?」
「な、なんでですって!?」
思わず激昂して手を挙げそうになりましたが、そこへミスティが前に出て来たことで手が止まりました。
「ミリねえ、コレ魔獣」
「へっ!?」
そういうと彼女はライナと同じ様に机から切り分け用の刃物を持って来て、徐に二人して倒れている男のお腹を切り裂き始めました。
その段階で、この一連の状況に慄いたあまりに口をきけないで黙って隣にいたマダリンでしたが、とうとう膝を崩して気絶してしまいます。声も上げずに倒れるとは淑女の鏡ですね。慌てて近くにいた手の者が寄って来て庇うと介抱を始めました。無理もありません。走って逃げ出さなかっただけでも大したものです。
……しかし手の者達は達者ですね。この状況に騒ぎ立てることもなくテキパキと作業をこなしていますよ。
「……貴女方は、恐ろしくないのですか……?」
「陛下に付き従うと決めた時より覚悟は出来ております」
……この位は何でもないと笑顔で返して来ましたが、わたしはむしろ貴女方の方が怖く感じますよ……。
努めて冷静を装い立っていますが、未だ混乱しているのは変わりません。何せ目の前で人が捌かれているのですから。しかし更に困惑させられる事態に発展します。
「ほらあった!」
「ねー!」
二人は誇らしげに魔石を掲げながら「けっこーおおきい!」「まじゅーは、はっけんごそくとうばつ!」と嬉しそうにしていました。
……え? えぇ!? 人型の魔獣? 魔獣型の人?
しかしこの状況に於いて、「わたしの中」で混乱して訳がわからなくなっていたのは「わたし」だけでした。
(ん? お主、わかっとらんかったのか?)
(あ〜ほらミリーってば、いつものメガネじゃないからね)
(あらあら、それじゃあ仕方がないわねぇ)
三人には、彼が近付いて来た時からわかっていたのだそうです。
(何故その時教えてくれなかったのですかー!)
(お主の娘達が動いとったからの)
(わかっててライナに任せたんじゃないの?)
(こんな幼い子にやらせるだなんて、ほんと教育熱心なお母さんだこと。って思ってたわ)
……知らぬはわたしばかりなり、でしたか……。
しかし例の眼鏡を掛けていたわけでもなく、三人の様に妖精達と同じ階層から見ている訳でもない彼女達がどうして魔獣と判断出来たのか不思議でたまりません。現にここにいる他の者達は全く気付いていないのです。
「あ、貴女達は、何故魔獣とわかったのですか!?」
「くさかった」
……?
魔獣は魔物から進化します。その際、魔力が体内で凝縮されて出来る塊が魔石。魔物はまだ魔石が出来る前の段階です。鉱物産の魔石も同じ。大気中にある魔力が土の中で長い年月を経て固まり出来た物です。
魔石自体はそのままでは空っぽですが、そこに魔力が蓄えられると魔力の塊による波が発生します。その揺らぎをわたし達は目で見ることが出来ますが、彼女達はそれを肌で感じることが出来て、揺らぎを異物として認識し、嫌なもの臭いものとして感じている様でした。
魔石がふんだんに使われている術具にあまり囲まれていない生活をしていた彼女達だからこそ、それを敏感に感じ取れるのでしょうか。わたしはここ数年でかなり術具にまみれた生活になっているせいか全くわかりません。
「……なら、今はその魔石、臭くはないですか?」
「うん! だいじょうぶ!」
「へんなにおいしない」
既にこと切れた後ですから魔石に魔力は入っていません。ならば揺らぎも発生しないのでしょう。尚、彼女達曰く、わたしの魔力が詰まった魔石ならば臭くないとのことでした。
……ならば普段の生活に支障はきたしませんね。
それを聞いて少し安心しましたが、今はそれどころではありません。
何故彼がとか、何故ここに魔獣が、等と考えるのも後回し。例えガワが何であれ、魔獣なのでしたら討伐対象に変わりありません。それはこの大陸の常識。彼女達は正しい行いをしました。今重要なことは他にあります。
……この騒動、一体どう対処しましょう……。
流石、高位貴族が多くいる集まりです。みっともなく逃げ惑う者達は殆どいません。しかしみなわたし達のことを恐ろしいものを見る目つきで見ながら遠巻きにしていました。
……状況的には、他国の高官が子供に惨殺されている訳ですからね……。
しかもわたしの子供がやったのです。わたしがやらせた様にも見えていたかも知れません。その死骸からは魔石が出て来てきましたが、それが本当に魔石なのか、若しくは本当に彼から出て来たのかは近くにいた者にしかわからないでしょう。
……一体、どのように見られていることやら……。
どうすれば周りを上手く納得させられ、この状況を乗り切れるかと困惑しなから思案していましたら、突然二人に袖を引かれて我に返りました。
「ねぇ、まだくさいのいるよ」
「やっつけちゃっていい?」
───何ですと!




