其の191 ラャキ、ニカミ国主催の晩餐会
ここはかなり昔に建てられた建物だからなのか、それともかけるべき所にはお金を惜しまないお国柄なのかはわかりませんが、予想以上に広く豪華なお城でした。
面倒で小難しい君主同士の会談は後日。今晩の所は先ず会食で友交を深めます。その為、わたしだけでなく他の者も参加出来るのですが、弟妹達は不参加を表明する者が続出。
「良いのですか? ご馳走が出るのですよ?」
「……だって、ご馳走っていっても……」
彼女達の悲しそうな顔を見てしまうとなにもいえません。
……まあそうですよね……。
正直わたしも晩餐会といえども出てくる食事には期待していません。しかしここは流通の要の土地。各国から色々な物が通過しています。そして今回はそれなりの宴席なのですから、そこに出てくるお酒は当然良い物になるでしょう。それが唯一の楽しみです。実際、ここまでの各街で振る舞われたお酒は中々の物でした。何故これで料理が……と、誰しもが惜しいと嘆いていた程です。
弟妹達の内、年長のメイですらまだお酒を嗜む歳ではありません。その下は言わずもがな。もちろんミアはそれを踏まえた上で期待しての参加を表明していました。
……構いませんが、大人しくしていて下さいね。
ライナはわたしと一緒にいたいのだと可愛いことをいいましたので、その面倒を見させる為に、他の者達とお城の探検に行きたがっていたミスティでしたが強制的に参加させました。
……ごめんなさいね。
彼女達も綺麗なお仕着せに身を包み、化粧を施していざ向かいます。
耳障りの良い音楽が奏でられていた晩餐会は立食で、食事やお酒を楽しみつつ身分を問わずに歓談が出来る形式でした。ミアは入場すると早速お酒が置かれている場所に直行。その場から動かずにいます。
……そこで大人しくしてて下さいね。
レニーとレイは会場内には居ますが武装を解除をして壁側で待機。マダリンとミスティ、ライナの三人を連れて会場内を進みます。
先ず話し掛けて来たのはベッツィーでした。その隣にフランツィスカもいます。ここでの彼女の立場はラャキ国側なのでしょう。二人に次々とラャキ国の首相やら重鎮達、商人等といった重要な人物を紹介され、やっとそれが解放されたと思ったら、今度は先程のニカミ国の副首相がやって来て、また紹介の嵐。ここで初めてニカミ国の首相ともお会いしましたが「本来であればこちらから出向く所をわざわざ……」との謝罪を受けてしまいます。彼は予想以上のご高齢。会ってみて驚きました。これでは長旅が無理なのは納得です。
……しかし、そろそろその席を譲っては如何ですかね?
愛想笑いに挨拶と大忙し。そういえばフランツィスカがいるのだからと会場内を探しましたがマリアンナの姿が見えません。聞けば彼女は別口で忙しくしているそうです。
……あまりおかしなことをしないで下さいね。
一通り挨拶も済み、みな食事に手を付け始めました。わたしも挨拶中は喉を潤すばかりでしたので、そろそろお腹も空いて来ています。
……さて……。
立食が幸いでしたが、主賓としては出された料理に一口も手を付けない訳にはいきません。主催者に対して無礼です。わたしに取っては拷問にも等しい行為ですが、これも仕事と割り切り意を決して食事の並ぶ机に目をやるのですが、そこにはミスティとライナの姿が。
……先程まで一緒にいた筈でしたがいつの間に……子供は目を離すとすぐどこかへ行ってしまいますね。
大人同士の話し合いなぞつまらなかったでしょう。例えあんな物でも食事の方が興味深いのは仕方がありません。暫くの間、大人しく黙って側にいただけでも大したものです。
ただ、いくら口に合わなくともその場で吐き出したりする様な教育を二人にはしていません。もしもそんなことを仕出かせばどうなるのかよくわかっている筈です。きっと涙ながらにでも我慢して飲み込むことでしょう。しかし二人のそんな姿なぞ見たくありません。可哀想。
他の弟妹達の分も含めて、後で何か用意してあげますからそんな物を食べるのはよしなさいと伝えるべく近付いたのですが、そこで彼女達の言葉を聞いて思わず耳を疑いました。
「おいしいね!」
「うん!」
───え!?
慌てて机の上に並ぶ料理を確認します。
……見た目は……真っ当。匂いは……美味しそうですね。
恐る恐る一つ手に取ると口に運びました。
───美味しいです!
声には出さないまでも目を見開いて驚いていると、フランツィスカがそっと近付いて来て教えてくれました。わたしの連れて来た料理人達が、ここまで連れて来てくれたお礼とこれで最後だからとわたしの為に腕を振るってくれたのだそうです。
……あぁ、感謝します……。
「あ、おかあさんきた。これとってあげる!」
「あら、有難う存じます」
熊の肉でしょうか。肉の塊をライナが懸命に切り分けてわたしのお皿に載せてくれました。
臭みも無く美味しいです。雌で仕留めた後の処理も良かったのでしょう。何より愛娘が取り分けてくれたのですから美味しさもひとおし。
お酒も進みライナ達と共に舌鼓を打っていましたら、突然会場内の空気が少し緊張をはらんだものに変わったのに気が付きました。見れば給仕をする女性が増えています。
……これは剣呑な……。
今は普段の眼鏡では無くお仕着せに合わせた洒落た眼鏡を掛けていますから、彼女達の頭から立ち昇る魔力は見えませんが見知った顔も混じっています。恐らく彼女達の殆どがわたしの手の者に違いありません。マリアンナの仕業かと思われます。ならばこれは警戒するべき事態と考えるべきでしょう。
自然に見える様にライナ達を庇う様にしながら周りに視線を巡らせていると、給仕の女性が近くの机の食事を入れ替えながら囁いて来ました。
「……これからパンラ王国の者達が入場します。ご注意を……」
ここからパンラ王国は目の鼻の先です。当然外交員も置いてありました。その者達がやって来るとのことです。
現在、かの国とはきな臭いことにはなっていますが、面と向かって紛争している訳ではありません。この手の催しに呼ばない訳にはいかないそうです。
彼等は会場内に入ると、先ず両国の首相らと挨拶をし、その後でベッツィーを先触れにわたしの方へ向かって来ます。
「女王陛下、彼がご挨拶を申し上げたいと……」
申し訳なさそうな視線ですが彼女が悪い訳ではありません。構いませんと返しました。
「この度はラミ王国女王陛下にお目もじつかまつりまして、光栄の至りと存じ上げます……」
パンラ王国の者特有の薄白い肌がとても不健康そうに見える中年の男性が目の前までやって来ると深々とお辞儀をして挨拶をするのですが、彼の言葉は最後まで聞くことは叶いませんでした。
───ライナ! なんてことしてるのですかー!




