其の17 国教
アリシアの発言で、わたし達の周りに重苦しい空気が漂います。
みな口をつぐんでしまいましたが黙っていられません。ここはハッキリとさせておかねばならないことがあるのです。頭の中で二人が騒いでいるからだけではありません。場合によってはこのまま講堂に行くのは危険なのかもしれないのですから。
「アリシア! 襲われたというのはどこの派閥にですか? 王道派? 原理主義? 統一派? 懐疑派? それとも懐古派でしょうか?」
「えっ? えぇ⁉︎ ど、どうなんだろう? 小さい頃だからよくわかんないよ……」
わたしの突然な食いつきに目を白黒とさせていますが、そんなことは気にしていられません。大事なことですから思い出して下さい。
「彼等、若しくは彼女達でしたか? 着ていた服の色や特徴、身に付けていて印象に残っているものは何かありませんか?」
「……えぇっと……」
アリシアは更に困った顔になり考え込んでしまいました。
ラミ王国には国教となっている宗教があります。他に類するものはなく唯一無二の宗教になるためそれには名称がなく、ただ「教」とだけ言われています。昔から続く自然宗教は幾つもありますが、それとは棲み分けは出来ているため双方に軋轢などは起こっていません。ただこの「教」には幾つもの派閥があり、そこで起きる問題は枚挙にいとまがないのです。
宗教といっても「教」は、本来ただ宗主を祀り敬うだけのもので、特段厳しい誓約や厳格な考え方などはなく、基本的に無害いで緩いものなのですが、長い歴史の中では色々な考え方をする者が現れ、そこに派閥が生まれ、中には過激であったり厄介な派閥も存在しています。
わたしにとってはいくら無害であるといっても「教」そのものが歪んだ思想だと思っていますから、派閥に関係なく根本的に否定します。正直にいって嫌いです。そんなものいりません。
何せ崇め奉られている「宗主」こそ、初代女王アンナなのですから。
(…………)
(……ワシに何か言いたそうじゃな)
(えぇ、言いたいことは山程ありますが、ここで貴女にいくら苦言を呈した所で拉致が明かないことは百も承知です。なので必死になって胸の内に抑え込んでいるのですよ!)
(ワタシもねぇ、アナタみたいなのが宗主さまだなんて知っていたら、聖職になんてつかなかったのだけどねぇ……)
イザベラは生前「王道派」の聖職者でした。
かつて王道派は最大派閥でしたが、そこから派生して分かれた原理主義派が台頭してきており、今やその勢力は二分しています。
(あの子も大変だったわね。ウチの派閥も基本的には穏やかなものなのだけど、裏に回るとねぇ……)
アリシアは魔法が得意です。それは即ち精霊に愛されている子。平民の子でしたから、その才能に目を付けられて強く勧誘されたのでしょう。イザベラも似た様なものです。
(ワタシはね、誘われたから一応自ら門を叩いたのよ? そう裕福な家でもなかったからね)
魔法の才能のある子供を小さい内から育てることにより、教えを広めるさせるための信徒に仕立て上げるのは「教」の常套手段なのですが。
(アンナさまが魔法を得意だったからと言われていますが、違いますよね?)
(そうじゃな。ワシが得意だったのは魔術じゃ。どこで捻じ曲がったのか……)
当人も知らないみたいです。
この国を興した女王に感謝し、国民が豊かになり幸せに暮らすため、更なる発展を望んでいるが王道派で、女王の力は今なお残っておりこの国を守ってくれている。その証拠に幾度も姿を変えてはこの国に降り立ち活躍してきた。いずれまた降臨の時が訪れるであろう。その時に恥ずかしくない国を造っていこう。というのが原理主義派になり、行動原理は異なれど目指す方向性は概ね一緒なのです。
(これって、いずれもアンナさまの影響が色濃く残っていますよね?)
(…………)
また王道派はその思想を他国にまで広げていくことを是としており、国内のみで完結させ様としているのが原理主義派になるという特徴もありますが、信者達の熱心さでいえば原理主義派でしょうか。しかしそれ以上に「今の王族は偽物だ。降ろしてしまえ!」をお題目に掲げて暴力的な活動も辞さない懐疑派など、勢力は小さいながらも過激な派閥が幾つか存在しています。恐ろしいので近づきたくありません。
必死になって思い出させた特徴からイザベラが察するに、アリシアを攫おうとしたのは、王道派か原理主義派に違い無さそうです。過激な派閥によっては一度狙いを付けたら貴族子女でも関係なく勧誘をしてくる派閥もありますので、そうではなさそうなので安心しました。何よりも面倒なのは、各々の派閥は自らがその看板を掲げて名乗っているわけではありませんから、一概には判断し難いことです。
気が付けばわたしが一人慌てて納得し安堵している状況です。その姿を見て、アリシアを除いた周りの者達がとても驚いた顔をしていました。
「ミリー……、あなたって、随分と詳しいのね……」
マリーとツィスカが目を見開いて驚いています。
……いつも目の細いツィスカですが、こんなにも見開いているのは見たことがありません。貴女って実は目が大きかったのですね。知りませんでした。
「驚きました……王都には教会が沢山ありますけど、そんなに派閥があるなんて……。ミリーって物知りなのですね」
……レイ、そんな尊敬の眼差しを向けないで下さい。むしろ蔑んでくれた方が有難いです。頭の中の者が煩いですから。
「ミリーはね、古いコトに詳しいのよ!」
……何故にアリシアが誇らしげなのですか? 他人事ですけれどもわかってますか? これは貴女の問題なのですよ?
「……史学の古い時代に興味がありまして……教とは切っても切れない関係ですから……」
……どうしてこんな弁解をしなければいけないのでしょう? アリシアの心配をしているだけですのに。
なんだかおかしな雰囲気になってしまいました。
みんなの注目をわたしから変えるためと、アリシアのことを攫おうとした派閥を更に見極めるためにも、もう少し詳しく訪ねましょう。
「あまり思い出したくないことかとは存じますが、アリシアが攫われそうになった時の状況を、もう少し詳しく教えて頂けますか?」
「ん〜……たしかあの時は一人で外に出ていた時なんだけどね……」
アリシアの産みの親は町でパン屋を営んでおり、その手伝いで配達に出掛けていた時だそうです。料理が得意なのは親譲りでしたか。
以前から教会の者に勧誘を受けていたそうで、その度に親が追い返していたのですが、町中でアリシアが一人の時に出会してしまい、そこで攫われそうになったのだそうです。
「いきなり連れ去られそうになったもんだから、魔法で攻撃したんだけどね、相手も魔法が使えて反撃されちゃったし、アタシも小さかったから、すぐに魔力が切れちゃって大変だったのよ」
そしてあわやという時、そこに偶然通り掛かった貴族に助けてもらったのだそうです。
「さすがにね、いきなり剣で切り付けたりはしなかったけど、魔法を避けながら素手でやっつけてくれたの。カッコよかったわ!」
それが後に養父となる方なのだそうで、平民のままだとまた強引な勧誘がくる恐れがあるし、そこまで魔法が使えるのならば是非貴族にと。その貴族も良い歳で子供達も既に独立して家を出ているので丁度良いと話しがまとまったのだそうです。
「アイツらのことは今でも覚えてるけど、そこら辺の教会にいる人と同じ格好してたのしか覚えてないなぁ〜」
男女複数人にいて、共に灰色の祭服に身を包み、目立った特徴はなかったとのことです。
(イザベラさま、どう思われます?)
(そうねぇ……白昼堂々と問答無用に連れ去ろうだなんて無茶なこと、ウチはもちろん、原理主義派もしないとは思うわよ? 他の派閥だってねぇ…… 何か特別なことでもあったのかしら?)
それはわたしも同意します。いくら平民で精霊に愛されている子だとしても、他に全くいない訳ではないのですから。
(これが同じ立場で、ミリーだとしたらわかるけどねぇ)
怖いことをサラリと言われゾッとしました。
今程貴族の子に産まれたことを感謝し、魔法が使えなかったことを嬉しく思ったことはありません。
黒髪で魔力が多く、更には頭の中に「アレ」がいるのです。これでは格好の餌食でした。
取り敢えず今更アリシアに危険が及ぶことはなさそうに思えますので安堵し、取り越し苦労でした。大丈夫でしょうと声を掛けようとしたその時でした。
「そうそう、アタシって、子供の頃はミリーみたく真っ黒な髪だっんだよ? 襲われた時の恐怖と魔力切れで、髪が真っ白になっちゃったんだよねー」
───そういった大事なことは早くいって下さい!




