其の182 ライナの実力
わたしがライナを連れて討伐に向かわなければならない理由は足枷。わたしが無茶なことをしでかさない為にです。それ以外にも、わたしや弟妹達がいない間にマダリンが彼女のお守りから逃げる意味もるのかもしれませんが、何れにしても子連れではまともに動けません。
……本当、どうしましょうかね……。
ミスティ程でなくとも、ライナがある程度動ける様になってくれていれば良いのですが、全くダメな様でしたら完全にお荷物。わたしが山の中を背に背負って移動しなければならない事態はだけは避けたいです。
……頼みますよ! わたしは脚が悪いのですからね!
修練といえども色々あります。
騎士を目指す者はそれ相応の剣や槍、馬術等に合わせて礼法等も習う必要がありますが、わたしの娘であるライナにそれらは必要ありません。本人がいずれ目指すのであればその時に習えば良いでしょう。それに今のわたしの地位を継がせる気はありませんから、誰かに護られる立場になる訳でもありません。その為、最低限自分の身は自分で守れる様になってもらう必要があります。その為の闘う技を習わせていました。
それは貴族社会を生き抜く技などではなく、人や魔獣相手に対処出来る力。純粋な武力。
わたしもいつまでも王都にいる訳ではありません。いずれ郷里に戻るつもりですから、当然娘であるライナも連れて行きます。あの地で生活する為に武力は必須。危険な土地ですからね。
……大丈夫ですよね? ちゃんと戻れますよね?
その辺りのことを念頭に置き、弟妹達にはライナの指導を任せていました。わたしが育てた弟妹達なのですから技術的には問題ないでしょう。
「それで、どうなのですか?」
「え〜っとね……」
ライナと一番歳の近いミスティの発言によると「たぶんだいじょうぶ」とのことでした。その言葉の裏付けを取る為に、年長であるメイを中心に他の弟妹達に視線を移すのでしたが、揃って視線を晒らされてしまいました。恐らくライナの教育はミスティ任せだったのでしょう。しょうがない子達です。
「そうですか、色々とわかりました。ミスティ以外の者には後でお説教です。それで、ライナは何が得意なのですか?」
ミスティが今得意にしているのは鞭ですが、それ以外にも剣であろうと弓であろうとある程度は使える様に仕込んでいます。もちろん他の弟妹達も同様。得て不得手があるといざという時の対応が出来ません。何もお行儀の良い試合をすることが目的ではなく、どの様な場面でも生き残る対応力が必要なのです。器用貧乏結構。最後に立っていれさえすれば良いのです。名誉の為に死んでは意味がありません。それは騎士に任せましょう。その辺りのことは常に口を酸っぱくして指導していました。
ミスティが答えるよりも先にライナが前に出て来て、いつの間にか用意していたのか大きな剣を満足そうに掲げています。明らかに彼女の背丈では持て余しそうな大きさですが、得意満面に誇らしげにしていました。
「……それを、使えるのですか……?」
「うん!」
ミスティと共に頷きます。
自信ありげな二人ですが、流石に幼子の言葉を鵜呑みには出来ません。
「ミスティ、貴女の鞭を貸して下さい」
流石にわたしの持つアンナの鞭では過剰でしょう。ミスティに以前譲った、かつてのわたしの鞭を使って実際に対時し、彼女の力量を確認をしてみることにしました。
「さあ、どこからでもかかっていらっしゃい!」
「なんでもあり?」
「もちろんです。母に今の貴女の全力を見せてみなさい」
「わかった!」
途端に、事前に準備をしていたのか風の魔法で自身の身体を飛ばしながら剣を担いで斬り込んで来ました。
……中々勢いは良いですが、甘いですね!
体重も軽いですし、腰の入っていない振込みなぞ、鞭に魔力を込めて硬化して受け止めるまでなく簡単にあしらえます。横に捌いて軽く鞭を撃ち込むか、それとも剣を弾き飛ばすとが良いかと考えていましたら、突然アリシアの叫ぶ声が。
(あぶなーいっ!)
───えっ!?
その声と共にわたし身体がフワリと浮いて勝手に横へ少しズレました。風の魔法でしょう。
ザクザクッ!
すると今まで立っていた場所に、キラリと光る小さな刃物が二本程刺さるのが見えました。
───ええっ!
(まだ来るよっ! 気を付けて!)
───へっ!?
慌てて闇雲に鞭を振るうと、足元に先程と同じ小さな刃物が散らばります。
───なっ……!
それに驚いている間もなく、目の前にはライナが剣を頭上に掲げて迫り来ていました。
───むぅっ!
これにはとても手加減をしている余裕なぞありませんでした。力一杯鞭を振るうと、ライナの剣を弾き飛ばします。
───あっ!
その勢いで剣もろともライナまで空高く宙に舞ってしまうことに。
(しまったっ! アリシアー!)
(オッケー! まかせて!)
ライナは隠し持っていた刃物を飛ばすことが出来る程には風の魔法を巧みに扱える様でしたが、自身を浮かせる程には魔力量の余裕がない様子です。空中で慌てふためくライナを風の魔法で優しく下まで降ろしてあげ、ことなきを得ました。
……ふぅ……色々と危なかったですね……。
努めて冷静に装い、なんでもない顔をしていますが内心は冷や汗もので、まだ心臓が大きな音を立てています。危うくみっともない姿を晒すところでした。
……しかし達者というか姑息というか……。
流石ミスティに師事していただけのことはあります。やり方があの子そっくりでした。これは今後の成長が楽しみです。少なくとも今回足を引っ張ることがなさそうに思え助かりました。
賞賛と労いの為にライナに近付こうとすると、周りから大きな声が上がり驚きました。
「オォーッ! さすが陛下とその御息女だー!」
「一体アレはどうやったんだ?」
「スゴイかった!」
「とてもあんなマネは出来ない……」
騎士や学生騎士達が、出発の準備の手を止めてわたし達の試合を見学していた様です。
……感心するのは結構ですが、貴方方もあれ位はこなせる様にもっと精進なさいね……。
呆れつつ彼等を見回していましたら、その一団の中にマダリンがいるのに気が付きました。彼女はわたし達のことを見ていて目を見開いて驚いていましたが、すぐにライナのことをジッと見詰めると何やら考え込んでいます。
……うっ……もしや当てが外れた等と考えているのではないでしょうね……。
これ以上わたしの行動に制限を付けられては溜まりません。彼女が何か余計な条件を付け足して来る前に急いで動くかなければ!
慌てて周りに向けて声を上げました。
「さぁっ! みなさんぼさっとしていないでサッサと行動なさい! 時間がありませんよ!」




