其の181 マダリンの条件
しかし嘆いてばかりもいられません。やることは多いのですから。急ぎみんなの前に戻ると部隊の編成や、今後のことについて伝えます。
宣言通りに採集・狩猟の班は縮小。それに伴い、各班にはその跡を付けさせて魔獣を探索する班を配置。これは無線機を使える者を中心に学生達に任せます。わたしと弟妹達は遊撃に回り、いざという時何処にでも行ける様にしておき、後方はレニー率いる現役騎士達を置いて巻狩りを行い一匹残らず殲滅させる計画です。その予定なのですが……。
「今作戦は時刻の制限を設けます。魔獣の発見、討伐の有無に関わらず、本体が街に到着するのと同時に我々も街に入ります」
それを聞き、料理人達一行はなんでもない顔をしていましたが、他のわたしをよく知る者達は明らかに驚いていました。無理もありません。わたしの性格上、本来でしたら一旦戦闘に入りでもしたら例え陽が落ちて日が変わろうとも、魔獣を一匹残らず駆逐するまで闘い続けて諦めません。実際その気満々でした。しかしこれがマダリンの付けた条件の内の一つ。
「わたしはこの隊の代表として、街の領主やそこに住う者達の前で挨拶をする必要があります。そして、その際、ここにいるみなさんもその場に居合わせ貰わねばなりません」
今回の目的は魔獣の討伐ではありません。あくまでも外交。
例え後から合流するとしても、供の少ない状態で街に入るのは格好がつかないとのマダリンの判断。それに外交の一環として各地で料理を振舞っていますが、その準備は料理人達だけでは手が足りません。食材の運搬や食事処の設置等、実際に料理をする以外にもその場でやることが沢山あります。これまでも手の空いている騎士達に手伝わせていました。それを疎かにする訳にはいきません。マダリンにきつくいわれています。
それと、街に入る為にはそれなりの準備が必要となります。
主にわたしの着替。流石に山を駆け回った後の泥だらけの格好で人前に出る訳にはいきません。魔獣の血にまみれているかも知れませんしね。それ位はマダリンにいわれなくともわかっています。しかし人前に出るときに着る豪華なお仕着せは、ボタンが変な所にあったりと、とても一人では脱ぎ着が出来ません。ほんと不便ですよね……。
「その様な訳ですから、あまり時間が取れません。みなさん迅速に行動なさい。宜しいですね?」
『ハッ!』
周囲の者が慌てて動き出すのを確認すると弟妹達を呼び付けます。
……さて、先ずはメイに話しを聞かねばなりませんね……それからもう一つの約束を果たさねばならないのですが……そっちは大丈夫でしょうかね?
「それで、貴女がいながら魔獣を見逃したのですか?」
「え? ちゃんと倒したよ?」
詳しく話しを聞けば、アラクスル達と合流する際に猿型の魔獣数匹と遭遇しており、発見後すぐに倒して魔石を抜いてから彼等と合流したそうです。その魔石も既にわたしに渡してあるとのことでした。
「もしや、それはアレの一部ですか?」
「うん」
保冷車の残骸を指差すと頷いています。
学生騎士達が手を焼いた猿型の魔獣であっても、彼女に取っては取るに足らない相手でしかなく、特段脅威には感じなかった為に報告する必要はないとの判断だったそうです。
「だって、そんな弱っちいの、一々報告されても困るでしょ?」
「……うっ……」
魔獣と一口にいっても様々な個体がいます。
獣から魔物化し、それが変化して魔石を保有するモノを魔獣と呼びますが、ルトア王国で遭遇した様な危険で厄介な大きなモノもいれば、わたしの背丈よりも小さく大人しいモノもいます。種類は千差万別。そして脅威度も異なりました。
確かにわたしは実際その魔獣とは相対していません。話しを聞いているだけです。ですからその魔獣がどれ程の脅威であるかを正確には知りません。のされてしまった彼等の練度を基準にして考えるべきでした。これは思った以上に小物なのかも知れません。
わたしが難しい顔をして考え込んでいると、他の弟妹達のわたしを見る目が笑っているのに気が付きました。
……ん……?
「……もしや、貴女方も遭遇していましたか?」
『うん!』
昨日集まった魔石は、誰がどんな魔獣から得たものかは特に確認していませんでしたが、その殆どが弟妹達の手による物でした。そして例の猿型の魔獣達からの者が最も多いとのことです。
「アイツら、弱かった!」
「楽勝楽勝!」
「お兄ちゃんたち、あんなのにやられたの?」
「プププー!」
……確かに保冷馬車に使ったのは、細かい魔石ばかりでしたね……。
しかし弟妹達の態度は目に余ります。
「その様に人を蔑むのではありません! はしたない!」
声を上げてジロリと睨み回すと、みな小さくなりました。
「自信がないよりはマシですが、増長してはなりません。その様な態度では、いずれ足元を掬われ大火傷をしてしまいます。これは姉としては見過ごせません。再教育が必要でしょうかね?」
ライナを除くみんなが泣きそうな顔で首を振りました。
……全くこの子達は……。
このまま説教をしたい所ですが今はそんな時間はありません。ため息を吐きつつライナに視線を移すと弟妹達に尋ねました。
「今回、ライナも討伐に連れて行きますが、この子の練度はどの位に仕上がっていますか? その猿型の魔獣と遭遇しても問題はないでしょうか?」
母親として情けないことですが、忙しくしておりライナの修練については全く見ていません。全て弟妹達任せ。連れて行くのは決定事項としても事前に確認が必要です。
それを聞き、ライナは目を輝かせて喜んでいましたが、弟妹達は目を見開いて驚いていました。
……わたしだって本当は連れて行きたくはないのですよ……。
これがマダリンからわたしに課されたもう一つの条件でした。




