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其の179 保冷馬車

 保冷馬車こと保冷車の目的は、もちろん食材を低い温度で保管することが一番の目的ですが、他にも冷気を逃さないその構造上、頑丈な箱の中に仕舞い込んでおけるという保管の意味合いもあります。しかし今回はそれが役に立ちませんでした。







「陛下。おはよう御座います。朝早くに失礼致します。お目覚めでしょうか?」

「おはようマダリン。大丈夫ですよ。どうかされましたか?」


 昨日は久々に頭も身体も動かしたので心地よい疲れで熟睡していました。その為彼女が部屋に入って来ても声を掛けられるまで気が付きませんでした。


 しかし普段の朝の支度にはまだ早い時間です。陽はまだ登り切っていません。日の出の前に彼女が起こしに来くことは珍しく、嫌な予感がしました。


「例の保冷馬車が壊されたとの報告がありました」

「ええっ!」


 思わず声を上げて飛び起きてしまいます。


「何故です! 誰にやられたのですか! それに見張りは……」

「落ち着いて下さい。説明を致します」

 

 保冷車は魔石がふんだんに使われている高価な物になります。しかし仮にも一国の君主の所有物なのですから、悪戯をする様な愚かな者は街中にはいないとは思いましたが、一応形式上警護の為に騎士がついていました。しかし今朝方になって見張りの交代の者が行くと、保冷車は破壊されており、その近くで見張りの者が気を失い伸びていたそうです。


 それを見た彼等は急いで駆け寄り助け起こすのと、各所に連絡を取り、現在は被害状況の確認と、倒れていた者達から調書を取っている最中だそうです。


「では急ぎわたしも現場にっ!」


 慌てて寝台から降り様としたのですが、それを手で留められます。


「お待ち下さい。そう仰ると思われましたから、騎士達からの報告を一旦止めさせ、こうしてわたくし目が報告に上がった次第です。今はまだ現場も混乱しています。ここで陛下が行かれますと更に混乱させることになるでしょう。後程時間を置き、状況が落ち着いてから確認をするのでも遅くありません。さ、朝の用意を致しましょう」

「……はい……」






 


 

 気もそぞろに朝食を取り終えると急いで現場に向かいます。


 報告通り、広場の端に置かれていた保冷車は車輪を残して崩壊していました。その傍らには魔石や木材が集められて寄せられています。


 その周囲を騎士達が警戒しており、その中心で忙しそうに彼等の指揮を取っているレニーを見付けると速足で近付きました。


「詳しい報告をお願い致します」

「はっ!」


 彼の話によると、昨晩の深夜、小規模ながら魔獣の群れが街中に入り込み、他には目もくれず保冷車だけを襲撃して破壊。中にあった食料を根こそぎ持っていったのだそうです。

 

 その際に警備をしていた者が魔獣を撃退すべく闘ったのだそうですが、他の者に救援を求める暇もなくのされてしまい、代わりの者が来るまで気を失っていたとのことでした。


「……特段危険な地域ではないと判断し、彼等だけに警備を任せたわたしの落ち度になります……」


 レニーが深々と頭を下げて謝り、その後ろで学生騎士の二人が所在無さげに項垂れていました。見れば彼等の服は汚れており、所々破れもして奮闘の様子が伺えます。


「多少怪我はある様ですが、二人とも命に別状が無さそうなのは幸いでした。過ぎたことは仕方がありません。レニーはこれを踏まえ警備体制の見直しをなさい。貴方方もまだ学生の身なのですから、己の力量を計れずに挑み、それで返り討ちにあったことを不甲斐ないことだと責めはしません。今後はこの件を留意し、より一層訓練に励みなさい」

『ハッ!』


 三人揃って背筋を伸ばし敬礼をして来ましたが、みな顔が強張っています。


 周りに人の目がありますし、君主たる者の矜持がありますので、ここで怒鳴り散らす訳にはいきません。努めて冷静に話しているつもりでしたが、内心は怒りで溢れ返っています。その為にどうしても魔力が漏れてしまっている様でした。目の前にいる三人はおろか、側に控えるレイまでも少し怯えています。


 ……わたしもまだまだ修練が足りませんね……。


 軽く嘆息しつつ彼等に向き直します。


「……それで、わたしが作った保冷馬車を、こうも無惨に破壊した魔獣とは、一体どんなモノでしたか?」

「はっ、はい……」








 旅に於いて面倒事は付きものです。これ位でへこたれてはいけません。しかし……。


 ……うう……猪肉……鹿肉……雉……腸詰……許すまじ!


 せっかく作った保冷車は残念ですが、幸い魔石はまだ残っています。また作り直せば良いのです。面倒とは思いません。作るのは得意。しかしそれをやる暇や、再度許可が降りるのかという問題はありますが……。ただそれ以上に問題なのが食材です。


 食事は一期一会。その元となる食材は言わずもがな。この時期にしては珍しく脂の乗った獣肉、料理人が丹精込めて作っていた腸詰、他にも楽しみにしていた物が沢山ありました。それが何もありません。


 ……どうしてくれようか……。


 今日も広場にみんなを集合させると前に出ました。


「昨晩のことはみなさん聞き及んでいるかと思いますが、残念ながら昨日収獲した食糧は全て無くなりました。断腸に思うなのはわたしも一緒です。しかしまだわたし達の道程は終わりではなく、今日も目的地に向けて出発しなければなりません。頑張りましょう。その為、今日も昨日と同じ様に採集しながら進む必要があるのですが、少々変更をします……」


 具体的には採集の班を縮小します。流石にそろそろ向こうが用意してくる食材も予想が立って来ましたので、料理人達と相談をし、今日使う分だけ集める様にします。保冷車が無い今、保存が難しいのもありますが、他に人手を割く必要があるからです。


 ……そう、憂は排除しておかねばなりませんからね……。


「……そして採集に向かう者以外、残りの……」

「陛下、お待ち下さい」


 他の騎士や学生騎士達は全て魔獣退治に向かわせる予定でその話しをしようとしたら、その前にマダリンに止められました。


「……なんでしょう? まだ話しは終えていないのですが」

「その前に二人だけでお話しをしたいことが御座います。お手数をお掛け致しますが、こちらにいらして頂けますでしょうか」


 そのまま集まっているみんなを残して、マダリンに建物の中へと連れ込まれてしまいました。


 ───なんですか? またお説教ですか? 今朝はまだ何もしていませんよー!

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