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其の178 不満の解消

 獣は、内臓などは新鮮な内にすぐ食べた方が良いのですが、正肉にあたる部位は、ある程度日を置いて熟成させた方が美味しくなります。当然料理人達もそれを知っていますから、今日並ぶ料理の内、肉として使う物はモツが主役になる様です。他の部位は明日以降に出すつもりなのでしょう。確かに必ずしも獣の肉が明日以降も確保出来るとは限りませんからね。保険は大切。


 しかし、その残りの保管方法で揉めてしまいっています。


「大丈夫! この時期でもまだ持つって!」

「いやいや、やはり念の為に今の内に燻製にしてしまいましょうや」

「そんなこといっても、明日にはここを立つんだぞ? そんな悠長なことやってられっか!」

「なら、塩漬けにでも……」

「見ろよ、こんなに新鮮な肉だぞ? それをわざわざ勿体無い……」


 思った以上の狩猟の成果に獣の肉が余ることとなり、食材確保に余裕が出来たと喜んでいる者達がいるのと同時に、持て余す者達もおり、余った肉をどうするかで意見が分かれていました。


 流石にこの時期、そのままの常温で保管しておくのは危険です。


 痛む恐れがありますが、本来ならば保冷の術具に仕舞っておく所なのです。しかしわたし達は流浪の身。明日にはこの場を旅立たなければいけません。ならばいっそのこと、残ったお肉はこの街に寄付でもすれは良いのではとの意見も出ましたが、やはり今後のことを考えるとそれは得策でありません。同じ物をとれるとは限りませんからね。


 ───ならば冷やした状態で運びましょう!


(アリシア、缶詰を運んでいた馬車は、もう随分と空きがありましたよね?)

(そうね。缶詰はもう残り少ないから、他の馬車に積んじゃえばいいんじゃない? それにほら、今は山の中に入る人が多いから、移動に使わない馬車もあるし……)


 なので、わたし達の用意した馬車の内一つを保冷車にしてしまおうと考えた次第です。


 幸いその加工に必要な魔石も、今日行った狩猟で小さくとも魔獣をついでに何頭も討伐しましたから、十分に足りています。収穫した物を今回の目的の為に使う旨の了承は、各所に対して既に取っていますから、食材でなくとも問題ありません。判もあります。文句はいわせません。それでも魔石の所有権の問題はありますが、今回の工程で使い終わったらその保冷車は、ウチの国に持ち帰らずに、どちらかの国に寄贈して仕舞えば良いのです。


 保冷車自体は珍しい物ではありませんが、作るとなるとそれなりに魔石を使用しますし、その効果を安定させるにはそれなりに高度な術式を必要としますから

、どうしても高価な物になってしまいます。それをタダであげるのですから相手側も押し付けらるとは思わないでしょう。むしろ喜ばれる筈です。わたしも出来ればまち帰りたい程です。


 ……それさえあれば郷里に戻っても、新鮮な食材の入手が可能に……。


 今回、冷凍ではなく冷蔵だけですから荷室を完全に密閉する必要はありません。改造も少しで済みます。

 

 ここは街中ですから、流石に術具の工房は無くとも鍛冶屋位はあります。加工自体果は問題ありません。それにわたしが魔工学教師の嗜みとして、術式を描く道具は持参しています。準備は万端。そんな作業、わたしに掛かれば半日と掛からずに出来ます。何せ専門ですからね。


 しかしそれを作る問題はマダリン。彼女をどう言いくるめるかに掛かっています。今もわたしが何かをしでかさないか見張られていました。


 ……しつこいですね……。


 ならば外堀から埋めて行きましょう。


 わたしがいい出した所で、すぐにも却下されてしまうことは明白。これは日頃の行いもありますから致し方ありません。ならば味方を作るしかありません。


 そう。わたしはここの最高責任者。細かな確認作業も仕事の内。


「マダリン、この後は実際の調理の様子を見に行き、彼等の話しを聞こうと思いますが、貴女も御一緒しますか?」

「……いえ、折角ですが、わたくしはここでお待ち致します……」

「そうですか。わかりました。ではレイ、行きますよ」

「はいっ!」


 上級貴族の淑女然としたマダリンが、血が飛び散り臭気が鼻を突く獣の解体現場なぞに近寄ることが出来ないことは織り込み済み。今も眉を顰めています。もちろんわざと聞きました。ごめんなさい。


 これ幸いと、マダリンが側にいない内に市井の料理人達に近付くと、マダリンには聞こえない様に注意しながら彼等に確認をします。返答は予想通りに是非にと熱望されました。


 彼等の相違を得たことは重畳ですが、ただ残念ながら彼等がいくら声を上げた所でマダリンには響きません。何せ彼女にとっては、良いか悪いかは別としても彼女は純然たる貴族。市井の者達は話しを聞く相手には値せず、命令を伝えて動かす対象としか認識していません。


 ……仕方がないとはいえ、納得は出来かねますがね……。


 その為、彼等の意見を聞き入れることが出来て、またマダリンが無視を出来ない者である、忙しそうに現在監督をしている料理講義の教師を惹き入れるべく画策しました。


「お疲れ様です。どうですか? ここまでの道程で、両国の食糧事情に関して気になる点は御座いましたか?」

「……そうですね……。実際見るのと話しに聞いているのとは大違いで驚いています……」


 彼女達は、両国の現状をある程度わかった上で興味本位で今回参加していたのだそうでしたが、思っていた以上に酷い現状を目の当たりにして困惑しているそうです。


 ……これから何か珍しい料理が見つかると良いですね。


「そうですよね。しかしこれは山間部特有の、隣接する他域が隔たれていることにより起こる流通の弊害だとは思いませんか?」

「確かに、この様に集落が一極集中してしまうと、どうしても食性は画一的になりがちです。その例としては……」

「そうですか。ご教授有難う存じます。勉強になりまた。でしたらここは、立場的に責務を果たさねばならない身として、我々が一つ微力ながらもこの国々の集落に手助けをするのは如何でしょう?」

「陛下、それはどういう意味ですか?」

「実はですね……」


 無事、詭弁を弄して料理講義の教師達を味方に引入れることが出来ました。更に念の為もう一押し!


「アラクスル、今日はお疲れ様でした。随分と成果を上げた様で、貴方の教師として誇らしく思いますよ。良くやりましたね。明日も宜しくお願い致します。それで、貴方もまだ明日以降も狩猟を行いたいですよね? 行いたいでしょう? ……やりなさい!」

「……はい……」


 流石のマダリンも、この面々からの陳述は無視することは出来ず、結果無事承諾を得られて、早速アラクスルみ含む他の学生達にも手伝ってもらい、保冷車の完成を見ました。


 ……ふぅ……これで幾らかは満足しました……。


 わたしの満ち足りた気分とは裏腹に、マダリンが渋い顔をして睨んでいますが気にしません。料理人達も喜んでいるのですから共に喜びましょう。


 そして早速魔力を込めると、その日から保冷車に食材を詰め込んで使用することとなったのですが、結局それを使えたのは一日足らずでした。


 ───そんなーっ!

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