其の16 色々な講義
あの後に出てきたアリシアが作った、もとい監修の元に生み出された甘味類はどれもが既存の料理を工夫した物だとのことでしたが、何れも初めて見る甘味ばかりで、味も大変美味しゅう御座いました。
「もう食べられません……」
そしてお腹がはちきれそうです。
そう言えば先程まで賛辞を上げながら騒いでいた頭の中のお二人も、いつの間にか静かになっていて満足げな雰囲気が伝わってきます。よかったですね。願わくばそのままずっと静かにしていて下さい。
「……うぅ……私もです……」
隣に座るレイも至福の表情を浮かべながら天井を見上げてしまっています。彼女の食べっぷりはわたしとよい勝負でした。見かけによらずよく食べるのですね。
そんなわたし達の様子を見て、呆れた顔のアリシアがお茶を持って来てくれました。
「二人とも、食べ過ぎじゃない?」
……アリシアに言われたくはありません。この惨状は貴女のせいなのですよ!
流石に文句は言いません。むしろ珍しくて美味しい物をご馳走してくれたことに感謝しなければいけませんね。
それにしてもアリシアは厨房服の姿もよく似合っています。朝方珍しく髪を纏めて出掛けたのは調理をするためでしたか。
「堪能させて頂きました。まさかアリシアにこの様な才能があったとは知りませんでしたよ。このまま料理人の道に進まれるのも良いのではないでしょうか?」
「ん〜、食べるのは好きだけど、作るのはねー。今日も朝からずっと厨房にいて疲れちゃったもん」
……もしや朝食で見かけた見知らぬ料理も、アリシア作だったりしたのでしょうか?
「それにね、そんなにたくさんの料理を覚えてるって訳でもないし」
……その口ぶりではまだまだ何かありそうですね。
「そうですか、少し残念ですね。ですがまたいつか披露して下さいませ」
「もちろんよ!」
さて、このまま厨房に長居していてはお仕事の邪魔になりますからそろそろお暇しましょう。その前にお礼と腹ごなしのために厨房の魔石にも魔力を込めさせて頂きしょうか。しかし正直な所、もう暫くこの幸せの余韻に浸っていたいものです。えぇお腹が一杯で動けない訳ではないですよ?
厨房を出ると、食堂内はまだ人で溢れていました。
みなさんのお目当ては先程わたし達が頂いていたアリシア作の料理なのでしょう。そこに人が集中しています。よく見れば見知った教師達も混ざっていますが、一体どこから聞きつけてきたのでしょうか?
その中からわたし達に気付いた見知らぬ年配の女性がやって来て「失礼、あなたがアリシア嬢? 少々お話しを宜しいでしょうか」「えー……またですか?」ため息を吐きつつ応対すると、わたし達には先に帰る様にいい、そのまま二人で話し込んでしまいました。
……折角一階に降りて来ましたので、このまま入浴しようと思っていたのですが……。
「レイ、一旦戻りましょうか」
「そうですね、いい運動にもなりますし」
二人して重くなったお腹を抱えて階段を登り終え、やっとのことで部屋に辿り着くと、すぐにアリシアも戻ってきました。
「あら、お早いお帰りですね。御用はもう済んだのですか?」
「断るだけだからねー。お昼頃にもおんなじのが来てて、そこで断ったんだけど、また違う人が来ちゃった」
「どなたなのですか?」
「実学の調理課程のセンセーたち」
実学には様々な講義があります。その中には美食の国ラミ王国らしく調理の講義もあり、その教師陣から是非にと勧誘されているのだそうです。
「そうでしたか。ですがわたし達はまだ一学年ですから、実学の専門課程には早いですよね?」
「そうなんだけどね、これはっていう生徒には今から目を付けてるんだって。来年必ず講義を取らせるためにやってるそうだよ」
……望むものではなくとも、望まれているというのは正直羨ましく思いますね。
専門課程は複数の講義を受けられますので、別に取っても良いではないですか? というと困った顔になってしまいました。
「さっきも言ったけど、ズッと料理ばっかりってのはイヤだし、他にもやりたいのがあるからね」
「アリシアには得意なものが沢山ありますからね。やはり魔法の専門課程は取るおつもりですか?」
「はじめはそれも考えてたけどね、あのセンセー見ちゃったから……」
「あぁ……のーきん? でしたか?」
「そー、さすがにアレはちょっと……」
暑苦しい男性教師の顔が脳裏に浮かび、二人してうんざりした顔になってしまいました。
「まぁ、わたし達の実学の講義は始まったばかりですよ。明日からはまた色々と講義を受けるのですから、今から急いで決める必要はありませんよね」
「そうそう。よし! めんどくさいことは後回し! さ、寝る前にレイも誘ってお風呂行こっか。今日はズッと厨房にいたからニオイがついちゃって大変なのよー」
……確かに良い匂いがしますね。またお腹が空いてきてしまいそうです。
鼻をヒクヒクとさせてお腹をさするのですが、その手の感触にギクリとしました。
例えアリシアといえどもこのポッコリとしたお腹を見られるのは恥ずかしく、そのお誘いは辞退することにしました。
一学年中は午前中行われる座学の講義内容は変わりませんが、午後からの実学の講義は概ねニ、三日起きにその内容が変わります。
その講義の殆どが寮単位で行われるのですが、他寮と合同で行われることもあり、剣術の講義などはその一つでした。剣術教師の数が少ないからでしょうか。
女子も剣術を学ぶ必要があるのは、初代女王が自ら剣を持ち戦場に立って戦ったという伝承が残っているからなのですが……。
(本当ですか?)
(ふむ。前線にいたのは嘘ではないが、むしろ魔術を使って戦っておったぞ。剣は苦手じゃ)
とのことです。
わたし達はこれでもうら若き乙女です。講義内容も本格的な剣の扱いを覚えるのが目的ではなく、基礎的な取り扱いの知識を学ぶのが目的です。戦闘には使われなくなって久しいですが、儀礼的なものでは未だ健在なためです。
ただ女子ばかりとはいえ、使える者も少なからずやいますので、望めば実践形式の稽古も行われるのですが、アリシア、レイは言うに及ばず、マリーとツィスカまでもが使えたのには驚きました。「護身術程度よ」と謙遜していましたがそんなことはない様に見えましたよ。
他寮の者の中にも幾人かは使える者がいたのですが、やはりというかアリシアとレイの独壇場で、生徒同士では全く相手にならず、担当の教師が「世が世なら……」と嘆く程でした。見直しましたよ。
またごく稀にですが学年全体で行われる講義もあり、今日がその日になります。
「講堂に行くのなんて入園式以来ですよ。何をするのかお二人はご存じですか?」
わたしの後ろで二人とも首を横に振っています。
アリシアは前からでしたが、最近はレイとも一緒に行動することが多く、白金黒だとか、「黒いのが白と金を従えてる」などと陰で言われています。まぁ気にしませんけどもね。
三人揃って講堂へ向かっていると、わたし達に近づいて来る者がいました。
「今日の実学は教学よ。タイクツだからって、寝ちゃってたら怒られるわよ、アリー」
クスクスと笑いながら現れたのはマリーです。となると……。
「年に二回しかないのですから、我慢なさいね」
当然、ツィスカも一緒ですね。
自然と足が動き、二人から距離を置こうとするのですが「あら、マリーちゃんどこ行くの~? 講堂はコッチですよー」「フフフ、いくら嫌でもサボると怒られるわよ?」先回りして捕まってしまいました。
「アリー達ばかりじゃなくて、あたし達とも絡んでよねー」
二人は寮内で一番背が高く、一緒にいるとわたしの劣等感が刺激されるのもありますが、以前の件もあって、どうしても苦手意識があるのです。なのにこの二人は人のことを愛玩動物の如く構ってくるものですから困ります。いくらいっても改善してくれません。最近はもう諦めました。
「まぁ、わたしも正直苦手だから、逃げ出したくなる気持ちもわかるけどね」
わたしを腕に抱きながらマリーが苦笑しています。
「国教だから仕方がありませんが、私達が唯一信奉するモノはお金ですからね」
ツィスカとマリーが笑い合っています。
……なんとも清々しい程までの拝金主義者達ですね。
ある意味尊敬して感心しましたが、それと同時にそろそろ解放して欲しく思います。寮内ならいざ知らず、ここでは他寮の者の目が痛いのですよ!
普段ですとマリー達に絡まれている時は、大体この辺りでアリシアが止めに入ってくれるのですが、今回は遅いですね?
何をしているのかと探してみれば、レイはいつも通り微笑ましくこちらを見ているのですが、アリシアは何やら様子がおかしいです。
「……アタシ、教会ってキライなのよね……」
講堂を見上げながら苦々しく呟いています。
……それについてはわたしも深く同意します。なにせ祀られているのがアレですからね……。
しかしアリシアがここまで嫌悪感を露わにするのは珍しく、怒りに合わせて手を小刻みに震えさせています。その様子は普段の飄々とした姿からは想像が出来ません。みな同じく驚いていました。
驚きのあまりわたしを羽交締めにしているマリーの手が弱まりましたので、スルリと抜けるとアリシアに近付きます。
「一体、どうされたのですか?」
「子供の頃にね、教会に攫われそうになったことがあるの……」




