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其の176 採取の開始

 山は食材の宝庫です。この時期は、木々がその実をたわわにしており、その木々の間には菌糸類が顔を覗かせ、地中には栄養を蓄えた芋類が沢山潜んでいます。そしてそれらを食べて冬に備え肥え太る獣達。川に行けば魚はいるし川辺にも食べられる草が沢山生えています。


 ……懐かしいですね……。


 思わず郷里の山を駆け回っていた頃を思い出しました。


 山は色々な恵みを与えてくれます。山で蓄えられた栄養が川を下り海に入って豊かな漁場を生成しますし、他にも人の生活とは切っても切り離せない存在。願わくば王城になんて引き篭もらずにずっと山に入っていたく思います。色づいて来ている山の木々を見ていると無性に心がザワついて仕方がありません。


 ……あぁ……わたしも行きたかったです……。


 もちろん採取に行く気満々でした。


 経験者としてはもちろん、このことをいい出した者としての責任がありますから当然です。前線に立ちみんなを率いるつもりでした。


 こんな見た目だけの動き難い豪華なお仕着せなんかは脱いでしまい、もしもの為にと用意していた作業着に着替えさせて貰うべくマダリンに頼んだのでしたが、残念ながらその詭弁は彼女には通用しませんでした。


「立場を弁え自重なさい!」


 目を剥いて叱られてしまい、結局ライナと共にお留守番……もとい、普通にそのまま馬車に揺られて次の目的地へと向かっています。


 その道中、風の魔法で採取の結果報告が入る度にソワソワとしてしまい、すぐにも馬車を飛び出し走り出したい虫が騒いで仕方がありません。


「お母さんどうしたの? おなかいたいの?」

「いいえ、大丈夫ですよ。何でもありません。ただ、大人になればその分責任がついて周り、我慢しなければいけないことが多くなりますから、それでもどかしいだけです」

「ふ〜ん。よくわかんないけどたいへんなの?」

「……そうなのですよ……貴女はこんなつまらない大人にならないで下さいね……」

「わかった!」

 

 隣に座るライナの頭を撫でながら、この子にはこんな堅苦しい生活をさせずに、伸び伸びと育って欲しいと思った次第です。


 ……早く君主なんて辞めたいですね……。










 秋の山菜、果樹、芋、キノコ、狩猟。


 各々その採取を得意とする者を中心に班分けをし、そこへ荷物持ちと護衛を兼ねた学生達を中心とした騎士達を宛がいます。狩猟が目的でなくとも、この時期は獣達と食料を取り合う訳ですから危険です。更に各所に弟妹達を派遣。わたしが出られませんから、代わりに何かあればあの子達に任せます。


 連絡手段は風魔法を主に使いますが、魔法を使えない者もいますし、そもそも魔法ですから妖精の気まぐれにより確実性に欠け、細かなやり取りには向きません。その為、各班には無線機術具を渡してあります。これは最近我が国で絶賛売出し中なのですから、他所に売り込む為にも騎士達やそれを目指す者達は是非使える様になって下さい。わたしからのお願いです。


 それともう一つ大事な物は地図。


 これは手の者達に頑張ってもらい、同じ物を何枚も用意して貰いました。そこに細かく枡を書き込み、その端へ縦横にいろはと数字を振り分けます。これで各班がどこにいるのか一目瞭然。


「こちらアラクスル班。本部応答願います。どうぞ」

「こちらほんぶ。ライナです。どうぞ」


 丁度良い機会ですので、この子にも練習させています。この手のに慣れるのは早いに越したことがありませんからね。


「……陛下にお代わり下さい……どうぞ……」

「失礼。わたしです。アラクスル、どうかされましたか? どうぞ」

「猪を仕留めました! 指示をお願いします! どうぞ」


 ……あちらは楽しそうで良いですね……。


「わたしの指示通り、ちゃんと雌の個体ですか? まだ大丈夫だとは思いますが、発情期に入った雄の肉は臭くて食べられたものではありません。仕留める時は余裕を持って確認してから行ていますか? この後はすぐに血抜きの作業に入りなさい。肉が固くなります。丁度貴方方が今いる場所から南西に一枡移動すればそこに川があります。そこまで運び作業をするように。どうぞ」

「はい! 確認しました! 問題ありません! ただ……ここにいる者で解体の経験がある者がいません。どうすれば良いでしょうか……。どうぞ」


 ……むぅ……王族の嗜みとして狩は行えても、その後の処理は人任せにしていたのでしょう。仕方がありませんね……。


 急ぎアリシアに頼み、風魔法でメイに指示します。


「わたしです。メイ、貴女はこれからすぐに指定する場所へ赴き、アラクスルが仕留めた獲物の処理をなさい。処理の優先順位はわかっていますね? 地図を確認なさい。彼等のいる地点は……」


 続いて無線機術具に向かいます。


「こちら本部。アラクスル、聞こえますか? どうぞ」

「はい。アラクスルです。どうぞ」

「今からそちらにメイを派遣します。彼女の指示に従い作業なさい。やり方をよく見て覚える様に。どうぞ」

「畏まりました。通信終了」


 現場に出ないまでも馬車の中で忙しくしています。しかしやはりわたしも出掛けたかったですね。


 馬車から恨めしそうに山を眺めていると、マダリンに咳払いされて睨まれてしまいました。


 ……大丈夫です。大人しくしていますよ……。


 この後、今日の目的地に着いたら着いたでやることが沢山あります。街の領主に対して挨拶もしなければなりません。その為の挨拶文を渡されました。今から暗記です。


(……アンナさま、お願いします……)


 気がそぞろになってとても頭に入りません。


 ライナを膝に抱き、見もしない書類を広げてため息を吐くことしか出来ませんでした。

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