其の172 ラャキ国とニカミ国の勉強
国が異なれば言葉は通じても方言などはありますし、言い回しも違ってくることもあります。それもある為、その土地の歴史的背景、風俗風習等を事前に把握しておく必要がありました。
君主たる者、外交に臨んでは遺恨を残さない為にも、最低限それらを事前に履修しておかねばいけません。一人で首脳陣と相対する場面も出てきますから、その際に現場で適宜対応出来なければいけません。それに加えて各国との協議内容等々、覚えておくことは山の様にありました。
……ルトア国へ行く前には、こんなことしなかったですのに……。
如何にこれから向かう両国が面倒な所であるのかがわかります。
「先ずはこちらの書類ですね。明日までに覚えて下さい。次があります。それとこちらが……」
明らかにわたしの許容量を超える量が目の前に積まれています。
(……アンナさま、こちらはお任せします……)
かつて現役だった頃や、黒髪の乙女として王室と繋がりがあった時期と今では随分と世情も様変わりしていますが、彼女には全く白紙の状態からではなく下地がありますので、両国の情勢を覚えることについては適任でしょう。お願いします。任せました。むしろこれ位はやって下さい。
(……う、うむ……しかし、随分と変わったのぉ……)
(そうなのですか?)
かつてのラャキ国とニカミ国は同じ国であり、王政を敷いていたのだそうです。
(前に、兄弟で次の王になるのはどちらかで一悶着あってな……)
結局国を二分して別々に立ったとのことです。ただ仲違いしての分断ではなく、協議の末の結果だそうで、その後も両国は親密な間柄で共に歴史を歩んで来ているのですが、ニカミ国は現在も君主は存在しますが立憲君主制を取っているのに対し、ラャキ国は代表民主制を取っているという違いがあり、またニカミ国の立憲君主制も議会君主制になる為、その実君主の権力は規制されており……云々。
(……とても面倒臭いですね……訳がわかりません)
(要はニカミ国におる今の君主は、君臨すれども統治はせずといったただの象徴じゃな。ラャキ国と大して変わらん)
現在両国では貴族制度を取ってはおらず、身分による階級差はあるものの曖昧で、その辺りもわたし達に取っては注意が必要でした。マリアンナ達も当初ここに来た時は苦労したそうです。
……わたしとしては、面倒臭いですから無い方が良いのですけれどもね……。
とはいえ現在君主の身分にあるからこそ、大陸統一などといった妄言を吐き、それを目指せる訳ですから贅沢はいえません。
……あら? しかしそもそも彼女がいなければこんな苦労をしなくて済んだのですよね……。
それを考えると腹が立ち、手や頭が疎かになりますので一旦頭の隅に追いやります。
そんな複雑な国家の成り立ちやその在り方についてはその責任の一端であるアンナに任せるとして、わたし自身でしっかりと覚えておかなければならないことが沢山あるのですから、余計なことは考えずに今は目の前の書類に集中。
特に注意をしなければならないのがその国民性でした。何をするにもキッチリ書面。口約束は嫌がります。
(ん〜昔はそうでもなかったはずじゃが……彼奴らがあぁもなったのは何時ごろからじゃったかのう?)
アンナが現役の頃はそうでもなかったそうで、むしろざっくばらん。互いに拳を交えた外交を度々行っていたそうです。野蛮ですね。その殆どがアンナの思い通りにことが進んでいたと威張っていますが、それが元で今の国民性になってしまったのではないですよね? 大丈夫ですか?
そんな彼女の皺寄せかも知れない結果が今目の前にあります。
「……それで、そこに分けて置いてある書類の束は何ですか……」
「陛下が両国に滞在する際の細かな予定表になります。くれぐれも勝手な行動はお控え下さいませ」
マダリンにジロリと睨まれました。
わたしがラャキ国で暴れた際、あの時は非常事態であったことを加味しても、ラャキ国と後処理が煩雑で多岐に渡りとても苦労したのだと遠い目をしています。
「少しでも契約外のことを起こしますと、その都度書類が増えて大変なことになってしまいます。重々留意なさって下さい」
きつく釘を刺されました。わたしが何かやらかさないかと、エルハルト達閣僚が今から戦々恐々としているそうです。
しかし両国へ外交に行くこと自体は閣僚達からも推奨されており、早く行けとまでいわれていましたが、今回それに合わせて各地で料理をしながら首都を目指し、更に料理人の派遣まで行うことは想定外だったらしく、現場では混乱を極めているそうです。
……勝手に決めてしまい、申し訳御座いません……。
心の中で謝りつつ書類を確認すると、実際の調理自体はこちらに一任されているものの、用意される食材の一覧等があり、滞在する場所に於いての細かな取り決め等も記載されていました。
(……うう……これは覚えきれません……。アリシア……は、無理ですよね?)
(うん! ゴメン!)
(ならイザベラさま、お願い出来ますか?)
(う、うん。頑張るわ!)
(アリシアは、わたしが寝落ちしたら代わりに身体を動かすのをお願いします)
(オッケー!)
執務室の机に書類を広げると、みんなで手分けして出発の日までの間、何日にも渡って夜遅くまで書類の束と格闘しました。
……これって、他の国の君主もみな同じ様なものなのですかね? しかし君主は民の奴隷とは良くいったものです。こんなことを続けると早死にしてしまいますよ……それでは意味がありません……。




